第35話 物々しい入国審査
翌日、一同は列車に乗ってザノーヴァ人民共和国に向かっていた。
まずザノーヴァ人民共和国に繋がる列車の始発地点となる駅までの列車に乗る。指定席ではあったが普通に席は空いていて、車内もそれほど混んでいなかった。
国民は他国の王の子息たちのことなど知るわけもないので、フェリシアたちが気付かれることもなかった。
そしてその始発駅に着く頃にはもうお昼時になっていて、このまま行くと向こうに着くのはまた夜になってしまう予想だった。
とりあえずフェリシアとウィリアムで列車のチケットを押さえに行き、リードとノアで昼ご飯を買いに行くことにして別れた。
「四名様、承りました」
こちらも無事にチケットは押さえることはできた。
「それにしても、結構空いてるもんだね」
「まあ……国が国だからね。ヴィーガスのギルドから、もうすぐシャットルワースの方の魔物問題が解決するって情報が出てたから、急な用事じゃなければザノーヴァ経由でわざわざ行かないだろうし。そもそもザノーヴァに行く人は多くないし」
「そうかもね」
ザノーヴァ人民共和国は他の国とは別の体制を取っていて、それが実質独裁なので独裁国家とも呼ばれ、異端で怖がられている国だった。正直、誰も行きたがらない。
フェリシアたちも、長く滞在するつもりは当然ない。
そして先ほどチケットを買った時に、チケットカウンターの担当者から忠告があった。
あの国では絶対に問題を起こさないでくれ、と。
具体的には、政権批判や国の情報を得るようなもの、ギルドの戦力などもそれに含まれるとのこと。下手に動き回らない方がいいし、観光したいなら観光案内所でガイドを雇った方がいいとも言われた。
これはフェリシアたちに限らず、ザノーヴァに住んでいない人でこれからザノーヴァに入る人には全員に言っていることらしい。
まあそんなことはわかっていたことなのだが、こんな一般人しかいないようなところでもそのような忠告がなされるほど恐れられているのだとわかる。
戦力や国としての立ち位置としてはそれほど恐れるような国ではないのだが、国として下手に相手の地雷を踏んで捕らえられてした時に抗議しないわけにはいかないので、そうなった時にかかる人経費や時間などを考えると、そんな厄介なことに巻き込まれないように自衛した方がいいと判断している。
それはどの国でもほとんど同じ見解を示しているので、こうしてヴィーガスからザノーヴァに入るところで全体に周知しているのだった。
「まあ正直、何かあってもあたしなら力ずくでどうにかできるんだけどね。下手に関係悪くしたくないし」
フェリシアはそう最後に付け加えて、忠告をリードとノアにも伝えた。
現在クラッチフィールド王国とザノーヴァ人民共和国の関係は可もなく不可もないような、当たり障りのない関係をしている。
特に貿易をするわけでもなく、交流はほとんどない。出入国は自由にできるが、それは同じアリアノール領だからという理由なだけで、仲がいいわけではない。
よく考えてみると、ほとんど関係がないのだとわかる。
だがそれが悪いわけでもなく、むしろその方がいいというか、領地が接しているわけでもなくアリアノール城を挟んだ向かい側にある国ということもあって関わらなくてもお互いに国をやっていける。クラッチフィールド王国としては下手に関わりたくない。
なので今回行くとしても、絶対に王女だと悟られないようにやり過ごし、政府幹部らに挨拶をしに行かないといけないなんてことは何としてでも回避したいところだった。
クラッチフィールド王国だけでなく、ライアン王国も思うことは同じなので、これはフェリシアだけの要望ではない。
そういう打ち合わせをした後、四人はザノーヴァ人民共和国への列車に乗った。
リードたちが買ったサンドウィッチを食べながら列車に揺られ、約一時間ほどすると国境に差し掛かる。
国境の真上くらいにちょっとした駅のような施設があり、列車はそこに停車した。
停車するや否や、その駅から十数人の同じ見た目をした人間たちが乗り込んできて、乗客たちの身元を確認し始めた。
国境を越える時にはどこの国でもやっているようなことなのだが、なぜか物々しい雰囲気が漂っていた。
少しするとフェリシアたちのところにも黒い服の男たちがやってきて、確認をしていく。
「チケットと身分証を」
指示通りにチケットと身分証を提出する。
男は慣れた手つきでフェリシアが提出したチケットを確認し、身分証に目を移した。
やはり誰が見ても驚きを隠せない表情をする。同時に、男は本当に王女なのかと疑いの目を向けた。
そんな視線に気付いたフェリシアは、口元に指を当てて上目遣いで黒い服の男のことを見る。いや、睨んでいる。
表情は優しそうで、見かけはただ見逃してくれとでも言っているように見える。だが実際には、二頭のキツネズミのソウルが発現したのか、とてつもない圧力のようなものを周囲に振りまいていた。
背後に狂暴化した時のキツネズミが見える見える……
男は耐えきれなくなって、それ以上疑うのを諦めた。
フェリシアの膨大な魔力に触れた男は、なんとなくコイツが国を侵そうと思っているのならわざわざ国の内部に潜入しなくてもいいと思うし、仮に潜入するとしてもわざわざアリアノール城を挟んだ向かい側のほとんど関係がない国の王女になりすます必要はない。国同士で何かをさせたいのなら、なりすますべきは少なくとも距離的に一番遠いクラッチフィールド王国ではない。
そんな調子でフェリシア以外の三人も無事に入国審査を抜けられ、胸を撫で下ろした。
そして列車内全員の入国審査が終わったところで、黒い服の男たちが列車を降り、列車はザノーヴァに向けて再度走り始めた。
森を抜けると田畑が広がり、その奥の方に農村が見える。フェリシアからすれば一昔前の農村といった印象を受けてしまうほど、それぞれの家は小さく古かった。
そしてこの国境を越える列車の終点駅となる駅に到着するが、駅の周りはとても栄えているとは言えなかった。いや、この国の基準ではこれが栄えているのだろうが、なんとな景色がくすんで見える。
無理して建てた高い建物に、昔からあるような低くて小さくてボロい建物、色々な建物が入り交じり、統一感の欠片もない。それがこの街なのだろうが、やはり違和感でしかなかった。
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