第33話 奥の手

「やばい。死にそう」


 数時間歩いたところで、ウィリアムは地面にへたり込んでそう声を上げた。


「私も……もう限界……」


 ウィリアムが言葉にしたことによって、ノアも限界を感じたようだった。


「さっきも休憩したけど……うん。やっぱ奥の手を使うしかないか……」


 二人の姿を見て、フェリシアはそう呟く。


「奥の手?」

「うん。奥の手」

「それってどういう……?」


 そう聞いたのはリードだった。ウィリアムもノアも疲れ切っていて、今まともに話ができるのはリードだけだった。


「リードなら言わなくてもわかると思うけどなぁ……」

「……なるほど。なんとなくわかった」

「なんだと思う?」

「飛行魔法と転移魔法を合わせるんだろ?」

「そうそう。やっぱリードだね」

「そりゃどうも」


 雰囲気は変わっても、リードの安心感はあった。フェリシアはそれにホッとしている部分もあった。


「何するの? フェリシア」

「まあ見てて」


 フェリシアは不安そうにしているウィリアムにそう言うと、地面を蹴って一瞬にして飛び立って消えていった。


「えっ……」


 ウィリアムは放心状態だった。


 急に何をしようとしているのか理解できない。そもそもフェリシアにどんなことができるのかわからないのだから、理解できなくてもおかしくはないが。


「大丈夫かな……」


 そんな心配をよそに、フェリシアは数分間飛び続けた。


「あの辺なら行けるかな……」


 そう呟いたフェリシアは、その視線の先にあった少し広いスペースに降り立った。


 多少の道を作ろうとしたのか、ちょうどこの真ん中にあった木を抜いたようで、それによってここだけポッカリと穴が空いたようになっていた。


 フェリシアは辺りを見回し、人や魔物の気配がないことを確認する。


「……よし」


 そしてフェリシアは、転移魔法でどこかに消えてしまった。



  ◇  ◇  ◇



「どこ行ったんだろう……大丈夫かな……」


 ノアがそう呟いたのは、フェリシアが飛び立ってからもうすぐで十分が経つ頃だった。


「まあ……フェリシアのことだから、大丈夫だとは思うけど……」


 ウィリアムはノアを安心させようとそう言うが、正直自分も不安だった。フェリシアの魔法の実力をもってすれば、聖王が直接襲ってこない限り無事でいるだろう。それはわかっているのだが、それでも心配だった。


「大丈夫。俺が保証する」


 リードの言葉には説得力があって、二人を一瞬にして安心させることができた。


 その直後、三人の目の前に、フェリシアが転移魔法で現れた。


「フェリシア、」

「お待たせ。準備できたよ」

「準備?」

「そう。この方法なら、休んでても前に進めるから」


 フェリシアはウィリアムに向かって得意げにそう言った。


「説明してから行動して、フェリシア」

「ごめんね、ノア」


 ノアは心配して損したと言わんばかりに少し怒っていた。


「まず、あたしができる限り遠くまで飛んで、ちょっと広い場所を探す。それで、そこからみんながいる場所まで転移して、今度はその場所に全員を転移させる。それが、リソースを最大限生かして最速でシャットルワース王国に着く方法」


 フェリシアはそう説明した。


「それじゃあ、フェリシアは休憩できないし……」

「だから奥の手にしておいたんだよ?」


 ウィリアムは自分の無力さを突き付けられたようで、罪悪感に苛まれていた。


「まあでも、これはリードもできる。あたしだけが頑張るわけじゃない」


 フェリシアはウィリアムの気持ちを察して、そうフォローした。


 飛行魔法が使えるのはフェリシアとリードだけだし、そう簡単に習得できるものでもないし、力を持つものがそれを仲間のために使うのは当然とも言える行為だ。ウィリアムが罪悪感を感じる必要はない。


 ウィリアムの役割は、フェリシアの両親を安心させること。そのために一緒にいて、一緒にいるだけで役割を果たせている。これ以上求めるものはない。


「さ、移動しよう。そこはちょっと広くなってたから、そこでご飯にしよう」


 フェリシアはそう言い、返答を待たずに転移魔法を使った。


 転移したのは、先ほどフェリシアが見つけたスペース。そこだけぽっかりと穴が開いたように木々が無くなっていて、休憩するには十分なスペースだった。


「なかなかいい場所でしょ。一応結構ヴィーガス王国までは近付いたんだよ。今日中に着くかも」

「本当に?」

「噓つく必要ある?」

「まあ、そっか」


 それでもウィリアムは驚いていた。


 ウィリアムも馬鹿ではないので、アリアノールの城からヴィーガス王国までどれくらいの距離かは知っている。そして歩いた時にどれくらいかかるのかも理解し、野宿も覚悟していた。


 だが、フェリシアの魔法は想像以上のものだった。


「ヴィーガス王国まで行けたら、そこからは列車があるから楽になると思う」


 アリアノールの城の周りだけは、城を守るように広い森が広がっている。それを超えると、昔からある王国があり、そのさらに奥に行くと王国から独立した国々がある。王国と独立した国々の間には貿易のために交通網がしっかりと整備されていて、それを利用すれば楽に向かえる。別に全てを歩いていく必要は無かった。


 ちなみにもう一つの遠回りだったルートというのは、クラッチフィールド王国に転移することによってアリアノール城を囲う森を通らずに抜け、クラッチフィールド王国から森に沿って回って行く方法だ。


 クラッチフィールド王国からすればシャットルワース王国はアリアノール城を挟んだ向かい側にある国なので、どうしても時間はかかってしまう。


「あと少しだから、これ食べてまた頑張ろう」


 リードがそう言って二人を励ましながらサンドイッチを渡した。


「あ、ありがとう」

「ありがとう」


 二人はリードからサンドイッチを受け取り、一気に頬張った。


「魔力は大丈夫そう?」

「全然平気」

「ならよかった」


 リードはフェリシアにもサンドイッチを渡しながらそう話をした。


「リードは大丈夫?」

「フェリシアに比べれば全然」

「無理しないでね」

「うん」


 これはフェリシアが常に思っていたことでもあった。でも王女と護衛という関係では、そんなこと言えなかった。フェリシアはそれを言えて満足しているところがあった。


「いつもありがと、リード」


 フェリシアはそう言って、リードが返答する間も与えずにウィリアムとノアがいる方に行ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る