第31話 いいお婿さん

 翌日、用を終えたフェリシアたちはアリアノールの城に向かうこととなった。


 昨日フェリシアからの許可が出たばかりだというのに、もうウィリアムの準備はできていたようで、そのおかげでこれほど早く用事を済ませることができた。


「よろしくね、ウィル。タメ口でいいから、どうせ結婚するみたいだし」

「わかった。……よろしく、フェリス」


 ウィリアムは思ったより適合が早かった。


「随分雰囲気違うんだね……こっちが本当のフェリスってこと?」

「まあ……一応、公の場での私しか知らないからね、ウィルは」

「確かにそうですね」


 一人称がまだ『私』なので、これはまだ本来のフェリシアではないが。


「そういえばさ、ずっと思ってたんだけど……」

「何?」

「その、フェリスって呼び方どうにかならないかなーって。学校でもそう呼んでたけど、あんまそう呼んでる人いないっていうか……特別にウィルだけはって思ってたんだけど」

「嫌だった?」

「そういうわけじゃない。でも、そう呼んでるのってウィルかエミリアくらいだし……違和感しかない。ね? リード」

「まあ、そうですね」

「そうなんだ……リードさんくらいは呼んでると思ってた」

「言いにくいんですよ、フェリス様って」

「あー、なるほどね」


 一般にもフェリシアと呼ばれているわけだし、ほとんどの人が呼んでいない呼び方をされると色々と混乱を起こす可能性がある。まあ、ほとんど名前は変わっていないので、そんなことは無いと思うが。


「じゃあ、何て呼んだらいい?」

「そうだな……普通にフェリシアでいいんだけど……」

「わかった」

「外でも呼び捨てでいいよ、いちいち面倒くさいし、それで差別化できるし」

「いいの?」

「いいって言ってるじゃん」


 ウィリアムは口にはしないがすごく喜んでいた。


「ただし、ちょっとは仕事してもらうからね?」

「もちろん。そのために行くんだから」

「期待してる」


 とりあえず機嫌を取っておいたが、フェリシアはウィリアムに期待はしていない。元々誰にも期待はしていない。ただ、危険な場所に行くという決意があるかを確認したかっただけだ。


「一応、今回の内容を教えておくけど、私たちがやるのは他の地域から逃げ出した魔物を捕まえて、元の場所に帰すこと。くれぐれも殺さないように、ね」

「わかった」


 おそらく何をしてもウィリアムが対象となる魔物を殺すことはないと思うが。


「その魔物ってどんな魔物なの?」

「えっと……鷹だって」

「鷹? 普通の動物じゃないの?」

「突然変異っていうか、体は数倍から数十倍の大きさだし、魔力も持っている。なのに体のつくりは普通の鷹と同じだから、鋭い爪も嘴も持ってる」

「それは確かに強そう……」


 ウィリアムもなんとなく自分にどうこうできるような内容じゃないと感じていた。


「とりあえず、もう一人と合流するためにまずアリアノール様のところまで行って、それからその鷹がいると思われる森に一番近いシャットルワース王国に向かう。いいね?」

「わかった」

「一応わかってるとは思うけど、許婿としてしっかりしてね、特に王族とかの前では」

「大丈夫。そんなこと、小さいころから教え込まれてる。無意識にでもできるさ」

「ならいいけど」


 ウィリアムならなんとなくちゃんとやってくれそうな安心感はあったが、フェリシアは一応そう伝えておいた。


「それじゃあ、行くよ?」


 フェリシアがそう声をかけ、ウィリアムとリードはそれぞれ頷く。


 そしてフェリシアは転移魔法を使い、三人同時にアリアノールの城まで転移させた。


「うおっ……すごい……」


 一瞬にして転移した魔法だけでなく目の前に広がった大きな城も相まって、ウィリアムは思わずそう呟いていた。


「お待ちしておりました、フェリシア様」


 そう言ってアーノルドが出迎えるのも、もう慣れたものだった。


「えっと、そちらは?」

「今回から同行させていただきます。ウィリアム・キャントレルと申します」

「そうですか。私はアリアノール様の補佐役をしているアーノルドです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 ウィリアムとアーノルドが挨拶を交わし、アーノルドは三人を城の中に案内した。まあ、ただ応接室に転移させただけだが。


「ノアは? どんな感じ?」

「ノア様はもういらしてますよ。上手くいったみたいです」

「そっか」


 フェリシアは上手く説得できてよかったと思う一方、どうやったらそれができるのかがすごく気になった。フェリシアはアリアノールの名前を使って解決したが、ノアは直接依頼を受けたわけでもないし、何をどうしたのか気になった。そしてあわよくばそれを使って自分の父親を説得しようとまで思っていた。


 まあ、現状そこまで反対されているような感じでもないので、説得の必要性はあまりないのだが。


 応接室で少し話していると、すぐにアリアノールとノアがどこかから転移魔法で応接室にやってきた。


「来たか。随分早かったな。もっとかかると思っていたよ」

「お気遣い感謝します」

「もう片付いたのか?」

「ええ」

「そんなにすぐ帰らなければならないような内容だったのか?」

「それは……人によりけりですかね。結婚についてでした」

「結婚か。それは確かに重要だな」


 同時に、アリアノールはそれほど早く終わる内容だったのかと疑問に思った。


「あ、それで、紹介します。同行者がもう一人増えまして……」

「ウィリアム・キャントレルと申します。よろしくお願いします」


 フェリシアの紹介に合わせて、ウィリアムはアリアノールに挨拶をした。


「よろしく頼む。しかしどういう経緯で危険なところに……ノアはフェリシアの魔法を見て学びたいとのことだったが……」

「私の許婿……なんですよ。でも今まで一緒に過ごすことって無くて。それで……」

「なるほど……」


 アリアノールはフェリシアが全てを言わずとも、事の詳細を理解したようだった。


「行動を共にするのはいいが、危険な場所に行く覚悟はあるのか?」

「はい」


 ウィリアムはアリアノールの問いに即答した。


「危険な場所に行くということは十分分かっています。ですが、いずれ人生を共にするフェリシア様のいる世界を見てみたい。フェリシア様を理解したい。そして支えたい。そう思っております」


 これはフェリシアも初耳だった。そんなことを考えていたとは思わなかったし、これがその場しのぎの言い訳でなく本心なら、フェリシアにとってそれはとても嬉しいことだった。


「いい婿を貰ったものだな、フェリシア」

「はい。そうですね」


 フェリシアは得意げにそう返した。


「今日中に出発するのか?」

「一応そのつもりで。まだ詳しいことは考えてないですけど」

「そうか。なら、出発するまであの部屋を使ってくれ。そこで今後の予定をしっかり決めてから出発すること。これは命令だ」

「はい。ありがとうございます」


 それから少しして、アリアノールは別の魔物を捕まえてくると行ってしまった。


 フェリシアたちは会議の時に控室として使われた部屋で、命令をしっかり守って計画を立てることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る