第30話 許婚

「本当にいいんですか? 一緒に連れていくなんて……」

「リードは嫌なの?」

「そういうわけじゃないですけど……安全の保障はできないですし、あらかじめそれを言っていたとしても、絶対に責任は問われますよ」

「わかってる。死なせたりはしないから」


 どこからその自信が来るのかわからないが、なんとなく説得力があった。


「その気があるなら、いいですけど」


 リードはそう言って、クラッチフィールド王国へ転移した。フェリシアもその後を追って転移する。


 そして二人は城の門の前に転移した。


 フェリシアは城の門を見上げながらため息をつき、着けていたマントを外す。


 すると、すぐに門番係の人が出てきてフェリシアに一礼する。


「おかえりなさいませ、フェリシア様」

「わざわざありがとう」

「いえ」


 正直、フェリシアは話すのが面倒くさかった。だから普通に門開けてくれるだけでよかったのに……などと思っていた。


 門番と話している間に門が開き、フェリシアたちは足早に門をくぐって城の中に入って行った。


 そこから二人は走って建物の方に向かう。


 どうせなら建物の前に転移すればよかったのだが、急に来られても困ると思うので門の前に転移するという手を取った。


 走るのは面倒だったが、二人の魔力をもってすれば一瞬で辿り着いてしまうため、思った頃には建物の前まで来ていた。


 息もそれほど上がらず、フェリシアは迷いなく数段の階段を登って扉を押し開けた。


「フェリシア様、おかえりなさいませ」

「ただいま」


 召使いに一言そう言い、フェリシアは城の中を迷わず進んでいく。


 その後ろから、リードと話しかけてきた召使いがついていく。


「父上は? 部屋にいる?」

「はい。おそらく」


 確認を取った上でフェリシアは王の部屋に向かった。ノアのためにも用は早く済ませてアリアノールの城に向かいたいところだが、どうなるかは父である王次第だ。


 足早に向かった王の部屋の前でフェリシアはふっと息を吐き、扉をノックした。


「フェリシアです。今戻りました」

「入れ」


 王に促されて、フェリシアは扉を開けて中に入る。


「父上、今戻りました」

「そうか。無事で何より」

「用件は何ですか?」

「何をそう急いでいる? もう少し安心感に浸らせてくれ」

「まだやることがあるので。それを中断してまで帰ってきたんです。早く話を」


 フェリシアはどうにか早く終わらせようとする。


「それは……またもう一件引き受けてきたということか?」

「そういうことになりますね」

「何をまた……」

「アリアノール様からの依頼ですので」


 王は黙ってしまった。アリアノールのネームバリューはとても大きかった。


「くれぐれも怪我しないようにな」

「私が怪我をするような仕事は他の人なら死ぬくらいなので問題ないかと」

「そうかもしれないが……」


 他の人が死ぬようなものなら一刻も早くアリアノール自身が対処しているだろう。


「それで、何の話ですか?」

「……ああ」


 王はため息のような声を吐き、踏み切る。


「今自分が何歳か、わかってるか?」

「今……十七ですけど」

「一般には十七は何をする歳かわかってるか?」

「就職?」

「王女に就職の話をしてどうする」

「そんなこと聞かれてもわかりません」

「はぁ……」


 今度は本格的にため息をついた。


「一般には、結婚を考え始める時期だ」

「一般には十七で結婚の話なんて……」

「ここでいう一般は、王族や公爵家の話だ」

「ならそう言ってください。それならわかってたのに……」

「本当にわかってたか?」

「実際どうなっていたかは知りませんけど」


 結婚などということを考えたことが無かったフェリシアに答えられていたかはわからない。でも、爵位を持つ家なら考えていてもおかしくない。そもそも、もっと幼い時に許婚だったりを決めていることも多い。


「それで、結婚が何ですか?」

「お前の許婚が誰か知っているか?」

「そんなもの決まってたんですか?」

「王女の結婚相手くらい決めていないとおかしいだろう。王位を継ぐ者ならなおさら」


 確かに考えてみれば逆に決まってない方がおかしいような……とフェリシアは思った。


「それで?」

「今すぐに結婚しろとは言わないが……少なくとも恋人くらいにはなっていてほしい」

「なるほど……」


 友達すらいないのに、恋人だなんて。フェリシアにはよくわからない世界だった。


「許婚の相手って……?」

「キャントレル公爵家の次男、ウィリアムだ」

「ウィルが許婚……」

「おそらく、ウィリアムの方は随分昔に許婚と言われていただろう」

「えっ?」


 フェリシアは今知ったところだというのに、ウィリアムはずっと知っていた。その上で学校ではああいう関わり方を……そう思うと複雑な気分になる。


 ウィリアムが気を遣って話しかけてくれるのはすごく嬉しかった。そういう人はいなかったから。でもそれが、親同士で決められたものによってやっている行動だと思うと、それが本心ではないように感じて、フェリシアは幻滅してしまった。


 まあ、人間なんてそんなものだよね。と持ち直したが。


 少し考えてみると、ウィリアムでよかったとも思えてくる。


「具体的に何をすればいいんですか? 私だってすぐに行かないといけないし……たった数日だけじゃぽくはならないし……」

「一緒に連れて行けばいい」

「えっ?」


 まさかそんなことを向こうから言い出すとは思っていなかった。危険だから王女を行かせたくないのではなかったのか……? フェリシアには疑問ばかりが浮かぶ。


「どうせ、これからも続くのだろう? アリアノール様からの依頼は。それなら、一緒に旅をしてくればいい。ウィリアムにとってもいい経験になると思うし、幸いウィリアムは魔法の成績がいい。どうだ?」

「安全の保障はできないですけど……公爵はどう思うのですか?」


 フェリシアはその部屋の後ろの方で静かに見ていた公爵家当主のセレスティン・キャントレルにそう聞いた。


 公爵として、王の手助けをする者として、そして父親として、どう思うのか。フェリシアはそれを聞きたかった。


「数日前、陛下は息子に判断を委ねました。そして息子は『フェリシア様と一緒に行く』と言いました。私は親として、息子の意思を尊重したいと思っています」


 それを聞いたフェリシアは、そっか、と呟いた。


 そんな話をしていたならそれを早く言ってほしかったと少し怒りが湧いた。それを沈めて治め、フェリシアは王の目をしっかりと見つめる。


「私は一緒に来てもらって構いません。ですが、身の安全は保障しません。それでもウィリアムが来たいと言うのなら、私は拒みません」


 フェリシアは王にそう宣言した。

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