第25話 ガルム
はぐれたことなど気にせず、フェリシアはガルムの後を追いかけ続けた。
最初はすぐに追いつけると思っていたが、フェリシアの魔力や体力が消耗してきていて、力をセーブせざるを得なくなった。そのためここまでかなり追いかけているが、距離はあまり詰まらずに追いかけっこの状態が続いていた。
視界から消えても、お互いにお互いの魔力を感じるため逃げ切ることも振り切られることもない。お互いに魔力の自然回復速度が平均値以上なので魔力はほとんど尽きることがなく、さらに魔力が尽きるまで走り続けることができる。
そんな永遠とも思える追いかけっこを続けている中、森の中に小さな小屋があるのが見えた。そして感じられる魔力から、その中に誰か人間がいることがわかる。
「まずい……!」
ガルムはすごく賢い魔物なので、その人間が自分より弱いのをいいことに、人質に取ろうなどと考えているだろう。
フェリシアの予想は当たっていて、ガルムはその小屋の中に突撃し、中にいる人間に嚙みついて引きずり出した。
「痛っ……」
そう呟いたその人間は、フェリシアも知っている人物だった。
「ブランディン・ノーム……? 何でここに……」
「お前……フェリシア・クラッチフィールド……? 何で……」
「聞きたいのはこっちのほう」
なぜ第一王子ともあろう人が、夜中に城にいないどころか国外に出ているだなんて、フェリシアからしてもあり得ないことだった。まあ、フェリシアの場合はとても国が大きくて簡単に外に出られない上に国力もあって、いないと分かった瞬間に捜索されてすぐに捕まってしまうだろう。
「っていうか、こいつ何……?」
ブランディンが呑気にそう言っていると、ガルムはブランディンに黙れと言わんばかりに嚙みついた。
「うっ……」
痛みに顔をしかめるブランディンを前に、フェリシアはそれ以上近づくことができない。ガルムはフェリシアが襲ってきたならばブランディンを嚙み殺してしまうだろう。
リードたちはまだ遠くにいるから、助けを求めて数的有利を作り出すことは難しい。数的有利が無くともブランディンからガルムを引き剥がすことは可能だと思うが、殺してはいけないとなるとその加減ができるかわからないので、策としては難しくなる。
となれば、有効かどうかは別として、魔法を使わずに解決するその方法を試してみるのもアリだろう。
フェリシアはそう考えて、万が一のことも考えた上で魔力増強剤をいくつか口に放り込んだ後にその場にしゃがみ込んだ。
その様子に、ガルムも少し驚いていた。
「君が譲らないなら、あたしが君の気持ちを変える」
フェリシアはガルムの目を真っ直ぐ見てそう言った。
「あたしは別に、君を殺そうだなんて考えてない。あたしは君に、本当の居場所に帰ってほしいだけ」
そう、フェリシアが考えた策というのは、対話だった。聞く耳を持たなければそこまでだが、魔物に人間の言葉が伝わらないなんてことはない。ナーちゃんやアルマがそのいい例だ。話せないかもしれないが、聞こえてはいるだろう。
「君がこの森にいると、森にいる子たちが怖がって逃げ出してしまう。君に怖がる子たちが逃げ出すと、その子たちを食べていた子たちも後を追って逃げていく。または死んでいく。そうやってこの森から魔物がいなくなると、木々が入れ替わることなく成長し、どんどん植物の数が増えていく。植物が増えていくと、限られた養分を取り合うことになり、その結果植物も死んでしまう」
弱肉強食や生態系の話だ。
フェリシアは言わなかったが、逃げ出した魔物たちが別の森に入れば、そこでも資源の取り合いになって同じことが起こる。
それほど大きなことにはならないかもしれないが、可能性としては十分にあり得る。
「確かにここが無くなることなんて君には知ったことじゃないかもしれない。でも、植物が死んでしまえば、君にとってここは安全な場所じゃなくなるでしょ?」
ガルムの反応は微妙だった。あまり刺さってはいない。生態系など興味はないといったところだ。
「だから、君にはここから元の場所に帰ってもらいたい。もう一度言うけど、あたしは君を殺そうだなんて思ってない。でも、それは君が大人しく帰ってくれるなら、の話。君がこの森を破壊しようと言わんばかりに暴れるなら、あたしは君を殺す。……わかるよね? 君はあたしに勝てないってことくらい」
最後は脅しの意味も込めた。お互いにこの力関係はわかっている。だからガルムは逃げたし、フェリシアはそれを追いかけた。
フェリシアの思いが通じたのか、ガルムはブランディンから少し離れ、毛を逆立てて唸り声と共に威嚇していた様子も無くなっていた。
「さあ、来い」
一歩前に出て片膝をつき、フェリシアはガルムに向かってそう言いながら片手を伸ばした。
ガルムは一瞬躊躇したが、前足を一歩前に出した。
その時、フェリシアとガルムは同時にどこかから危険を感じた。
「……!?」
ガルムが危険を察知して反応したがそれは半歩遅く、不意打ちで放たれたブランディンの魔法はガルムの体を掠めた。
何とか避けられていて怪我もしていない様子だったからまだよかったものの、この状況でまさかブランディンが攻撃するだなんて予想していなかった。というか、何でブランディンが妨害とも思える行動を取った理由が全くわからない。さっきの感じだと、絶対あの後成功していた雰囲気だっただろうに。
「おい、何を……!」
フェリシアがそう言って、さらに攻撃をしようとするブランディンを止めようとする。だがガルムが一気に怒りを露わにして、質力の高い魔法をブランディンに放った。
もうこうなったら、このガルムは止められない。
ガルムはブランディンに勝てるだけの力を持っている。だから殺すつもりで向かって行っている。このガルムはブランディンじゃ止められない。フェリシアなら止められるが、それは殺すということに等しい。
フェリシアが助けに入れないまま、ブランディンはガルムの魔法を受ける。どうにかシールドを張って耐えているが、かなり苦しそうだった。
「なかなかやるじゃねぇか。犬のくせに」
苦しそうだった割には、まだそんなことを言う余裕があったようだ。
そしてブランディンは反撃に出る。
勝てるなんて誰が見ても思わないのに、反撃する理由がわからない。勝負することがまずおかしい。フェリシアはブランディンに対して疑問しか沸いてこなかった。
その間にブランディンは体の前に大きな光の球体を作り出し、すぐにそこから太い光線を放った。
威力としては、当たれば消し飛んでしまうだろう。だが、ガルムほどの魔物が避けも防ぎもできないなんてことがあるはずがない。
でも、今のガルムはここまでの追いかけっこで魔力を大量に消費しているため、万が一……なんてこともあり得ない話ではない。
そんなフェリシアの予想は当たっていて、シールドで防ごうとしていたガルムだったが、やはり魔力が足りていなくて十分な耐久力が無かった。そのため少しするとシールドは崩れ、光線はガルムの体を包み込もうとする。
「っ……!」
フェリシアは瞬間的に体が動いてガルムの前に立った。そして片手で光線を防ぎ、もう片方の手でガルムに見えない魔法の鎖を繋いだ。
「な……何すんだよ!」
「ちょっと黙って」
ブランディンを一瞬で黙らせると、フェリシアは振り返ってガルムの前にしゃがむ。距離は先ほどよりもかなり近いが、フェリシアに不安などはなかった。
「ごめんね。怖かったよね。でも、元の場所に戻れたら、安心できるはずだから」
フェリシアがそう言うと、ガルムは「くぅーん……」と先ほどまでは考えられなかったような声を上げてフェリシアに首を擦り付けてきた。
これは魔法の鎖の効果などではなく、ガルム自身の思いからなされた行動だった。
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