第24話 森の中へ

 そして二日が経ち、約束通りギルドの準備ができたようで、辺りが暗くなる頃にはそれぞれが持ち場についていた。


 開始時刻は、入国審査場門の閉門時間。その時刻ピッタリにギルドの力を結集させた結界が張られた。


「おお……すごい」


 国を覆うほどの大きな結界を作るのにはかなりの魔力や実力が必要だ。それをこの二日で準備できたということにフェリシアは驚いていた。確かに今はギルドの仕事が全て止まってしまっているので人は集めやすいだろうが……これはギルドマスターのリックに、大人数をまとめられるだけの力があるということを示している。


「リード、そろそろ行ける?」

「はい。行けます」


 二人は息を合わせて、王国の南側にある森に駆けていった。


 まずは二人の頭の中に入っているガルムの行動パターンや目撃情報などから割り出した、ガルムがいそうな場所というところに向かっていった。


 ガルムは死んだ人間の魂が通る場所を守る番犬と言われているが、それは伝記のためのストーリーであって事実であるかはわからない……いや、おそらく違う。真偽は置いておくとして、結局のところただ強くて魔法が使える犬だ。


 つまり、ガルムがいそうな場所は、野生の犬がいそうな場所ということになる。だからと言ってそれを知っているというわけではないが。


 まず目指す場所は、昨日雨が降ったということもあって、木が密集していて雨が防げる地域だ。フェリシアたちは、目撃情報から夜行性ではないと見て、この時間帯ならそういういい環境の場所にいると予測していた。


 その場所まで一直線に向かって行っていると、フェリシアは妙な気配を感じた。敵意だとかそういうものではなく、単純な危機感のような何か。


 直後、森の中央あたりの上空に時空が裂けたかのように魔法が展開され、そこから何かが出て落ちてくるのが見える。


「なんでしょう、あれ」

「なんだろう……えっ……?」


 フェリシアはその落ちてきた何かを見て、すぐにその何かの方向に飛んで行った。


「ちょっ……」


 リードは急なことに反応できず、フェリシアが飛んでいくのを見ているしかできなかった。


 飛び出していったフェリシアは、その落ちてくるものをキャッチして空中で止まった。


「大丈夫?」

「……あっ、ふぇっ、フェリシアさん……!」


 落ちてきたのは、ライアン王国の王女であるノア・ライアンだった。フェリシアはあの距離でそれがノアだと確信し、すぐに受け止めようと飛び立った。


「無事でよかった」

「ありがとう……ございます……!」


 ノアの頬は少し赤くなっていた。おそらくそれはフェリシアにいわゆるお姫様抱っこをされていることに気付いたからだろう。フェリシアもそれは気付いているが、今ここでそれをどうにかするのは難しいことだ。お互いにそれもわかっている。


「でも、何でここに? あの魔法、何? ライアン王国で何かあったの?」

「いや、そんな大きなことじゃ……その、ただ、失敗したんです。魔法……」

「そうなの?」

「お恥ずかしいですが」

「それならよかった……でも、何をやったらこんなところに飛ばされるんだか……」

「すみません……」

「いや、いいんだけど……とりあえず一旦下降りるか……」


 さすがに気まずくなってきたので、フェリシアはリードの近くまで戻って地面に降り立ち、ノアを降ろした。


「急に行かないでください。せめて一言言ってから……」

「ごめん。でも、命懸かってたから」

「まあ、何もなかったからいいですけど……」


 リードはノアの方を見る。それがノアだということはわかっているだろうが、やはりなぜここにいるのかというのには疑問が残るだろう。


「どんな魔法でこうなったかはあとで聞くとして、まずはこれからどうするかなんだけど……」

「そういえば、ここってどこなんですか……?」

「ノーム王国近郊の森」

「そうですか……じゃあ、簡単には戻れないですね……」


 ノアの言う通り、ライアン王国までは距離があるし、先ほどの魔法の失敗によって転移魔法もしばらくは使えないだろうし、すぐに帰れる距離ではない。


「それに、国は今閉鎖中で、安全な場所に避難するのは難しい」

「そうなんですか?」

「ちょうど今、アリアノール様から頼まれて、別の地域から逃げ出した魔物を追いかけてるところ。だから、ノーム王国にその魔物が入らないように結界が張られてて……避難する必要があるのにできる場所がない」

「なるほど……」

「もうしょうがないから、ついてきてもらうよ。最大限守るけど……保証はできない」

「……わかってます。大丈夫です」


 ノアは覚悟を決めてそう言う。


「いざというときは私が守りますので、ご安心ください」


 リードはさすがにそう自分の役割だと主張した。


「そうだね。リードはノアのこと頼んだ。ガルムはあたしがどうにかする」

「わかりました。では、私はノア様を連れて結界の方まで向かいます。終わったら合図してください」

「うん、そうだね。それがベストかな……」


 正直フェリシア一人でどうにかできるし、わざわざノアを危ない目に遭わせるわけにはいかない。リードとフェリシアの考えは一致していた。


「あ、あの……! 私、一緒に行っちゃ、ダメですか……?」

「えっ?」


 予想もしていなかったことで、フェリシアは思わず声が出てしまった。


「絶対足は引っ張りません! だから……」


 フェリシアとリードは顔を見合わせる。


 完全に自己責任で、安全の保証はしない。それはわかっているだろう。その上で言っているのなら、連れて行ってもいいかもしれない。そんな考えがよぎる。


「……死んでも知らないから。でもリード、一応守って」

「わかりました」


 転移魔法の特徴として、一度行ったことがないとその場所に転移することはできない。そのため、生まれてから国外に出たことがなかったフェリシアとリードではノアを国に帰すことはできない。つまり、何をするにも夜明けを待たないといけない。それなら一緒にいるということは手段としてある。


「ありがとうございます! フェリシアさん! リードさん!」


 ノアはとても嬉しそうだった。


「じゃあ、行くよ?」


 フェリシアのその合図で、三人は再度ガルムがいそうな場所に向かっていった。さすがにノアが普通に二人についていくことは難しいので、ノアのことはリードが背負って移動することになった。結局迷惑をかけていることにはなるが、これはしょうがないことだと怒ったりはしない。


 少ししてたどり着いた森の奥地にある木が密集している地域で、フェリシアはガルムと思われる生き物の気配をすぐに感じていた。


 ガルムがいるせいか他の生き物の気配は全く無く、辺りは静寂に包まれていた。


 一定の距離まで近づくと、フェリシアは一歩踏み込んで一気に距離を詰め、隠していた魔力を開放した。木の幹にできた大きな穴の中にいたガルムは、その魔力の大きさに危険だと瞬時に判断したのか、フェリシアから離れるように全力で逃げていく。


 だが、フェリシアは魔法を使って加速し、ガルムに少しずつ近づいて行った。


 そして魔法が確実に届く距離になると、紐状の魔法を伸ばしてガルムを捕まえようとする。


 確実に届くと言っても、強いと言われる部類の魔物であるガルムがそれを読めないはずはない。それほど単純ではない。フェリシアがそう予測していた通り、ガルムはその紐を上に跳んでかわした。


「さすがに避けられちゃうか……」


 そう呟いていると、ガルムは体をフェリシアの方に向け、何か魔法を発動させた。直後、ガルムの周りに四つの球体が現れ、その球体が勢いよくフェリシアに向かってくる。


 フェリシアはそれを難なく避け、その間に逃げ出そうとするガルムをさらに追った。だがその頃にはもうリードやノアとははぐれてしまっていた。

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