第23話 ノーム王国のギルド

「こちらがマスターの部屋です。中にいらっしゃいますので、お入りください」


 男はそう言って、また転移魔法で消えていった。


 担当者に連れて来られた場所は、本部棟のどこかにある人気のない廊下だった。その廊下にあるのは大きな扉だけで、その先がギルドマスターのいる部屋だ。


「行くよ?」

「はい」


 フェリシアはリードとそう言葉を交わし、扉をノックした。


「はい」

「約束していた、フェリシア・クラッチフィールドです」

「入ってください」

「失礼します」


 ギルドマスターと思われる人物の声を受けて、フェリシアは扉を開けて中に入った。


 部屋はギルドマスターの部屋とは言っても豪華ではなく、とても質素で普通の部屋だった。仕事をする机と、接待用の机とソファだけというスッキリとした部屋でもあった。


「初めまして、フェリシア・クラッチフィールドと申します。ライセンスの登録名はレイ……ですけど」

「S級のレイ……まさか王女様だとは。ああ、申し遅れました。私はノーム王国ギルドマスターのリック・スピアーズといいます。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 二人は簡単に挨拶を交わす。


「えっと、そちらは?」

「フェリシア様の護衛をさせていただいております、リードと申します。今回は私も同行し、協力させていただきますので、よろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼む。君もS級なのだろう? これは心強い」

「フェリシア様の方がお強いですから。私はそれほどでも」

「そう遠慮するな。十分強いぞ、君も」

「ありがとうございます」


 続いてリードも挨拶を済ませ、早速今回の話に入る。


「早速だが、今回確認された魔物はガルムだ」

「ガルムか……」


 ガルムというのは、一言で言えば世界一強い犬のことだ。何もしなければ怖くはないが、いざ怒らせた時はとても獰猛で、かなり強い。


 今回は飼っていたところから放たれて、ストレスも怒りも爆発していると思われているので、獰猛さは最上級だ。


「我々は最大限協力します。ですが、このギルドに所属する者の誰が出てもガルムは手に負えない。捕まえるとなればなおさら……」


 殺してもいいなら全員で魔法を発動させればどうにかなるかもしれないが、殺さないようにという調整を入れないといけないとなると、ただでさえ高い難易度は格段に上がる。


「わかりました。では、ガルムは私とリードで捕まえます」

「ありがとうございます。目撃情報など手がかりになるものは提供させていただきますが、他に何か協力できることはありますか?」

「そうですね……国の周りに結界を張っておいていただけると嬉しいです。どんな生物も侵入できないように」

「なるほど。ですが、それだと国の出入りができなくなるということになってしまいますね……」

「大丈夫です。私たちは夜にガルムを捕まえるので」

「夜?」


 夜に行うというのはリックも驚きだっただろう。


「ええ。それならば、入国審査が閉じられているので、人間の出入りはないと思いますので……それなら影響はないでしょう」

「なるほど……しかし、夜は昼より危険が多いのでは……?」

「今さら何を言うのですか。ガルム相手で十分危険ですし、それほど変わりませんよ」


 フェリシアたちの戦力はリードのソウルの効果で夜の方が上がる。暗闇というマイナスがあっても、リードのお陰でそれはイーブンになる。普通なら危険度は増すが、フェリシアたちならば変わらないと言えるだろう。


「あと、もし国の外に重要施設があったらそこも結界お願いします」

「わかりました。私たちはどうにか国を守れるような結界を作ります。どうか、お気をつけください。王女なのですから」

「心配しなくて大丈夫ですよ。できるという確信が無いとこんな仕事受けませんから」

「そう……ですか」


 ガルムは聖獣である古代型キツネズミより弱く、その古代型キツネズミを抵抗していなかったとはいえ一撃で倒し切ったフェリシアが、リックが心配しているような事態――王女の死などという状況になることはないだろう。


 一応殺しても、最悪発見時には死んでいたなどと嘘をつけばどうにかなる。


 心配なことといえば、夜のうちに発見できないことや捕まえられないことだろう。


 そうならないように最大限の努力はするし、策もある。準備に抜かりはない。心配することなんて何もなかった。


「決行日はいつにしますか? さすがに今日というのは準備が間に合わないのですが……」

「私たちはいつでも大丈夫です」

「じゃあ、明後日の夜……でどうでしょう? それまでに必ず準備します」

「わかりました。よろしくお願いします」


 日付が決まり、いよいよ最初の仕事が始まる。フェリシアはそんなワクワクした気持ちを抱えていた。


「明後日……か。それまでどうしようか」

「特にしておくべきことはないですし、魔力は温存しておくべきですし……強いて言うなら、街の視察ですかね」

「とは言ってもね……」


 ノーム王国よりクラッチフィールド王国の方が大きくて発展もしているので、何か見たところで学ぶものはあまりないだろう。


 他にフェリシアができることと言えばギルドの仕事くらいだが、それでガルムに鉢合わせでもしたら面倒なことになるし、魔力を大量に消費することとなっては困る。そもそも今はガルムの危険があるので、ギルドの仕事は一時的に中止されているところだった。


「明後日まで時間がありますし、まだ決まっていないのなら、この敷地内にある宿舎の予約をしておきますが……」

「できるのならありがたいです」


 この国には外国からの来賓が宿泊するためにできたような施設はない。あるところもあるが、クラッチフィールド王国もそれはない。


「提案しておいてあれなんですけど、王族の方が泊まるような施設ではないので、その……」


 庶民的で、普通の宿舎。リックはそう言いたいのだろう。


 冒険者のために作られたので貧相ではないが、王族から見れば泊まるなんて有り得ないといった施設。だが、この国には民営であってもそういう施設がないので、どこに泊まるにしてもそれが最大限なまである。


 安全面で見れば、ギルドの敷地内にある施設なので一番安全だと言えるだろう。


「大丈夫です。泊まれるところがあるだけで安心なので」

「そうですか……では、宿舎の二部屋取っておきますね」

「ありがとうございます」


 なんだかんだ、流れで泊まる場所を確保することができた。これほどスムーズに行くものなのかと、フェリシアも内心驚いていた。


「それでは、準備の方よろしくお願いします」

「はい。準備ができ次第ご連絡いたします」

「わかりました」


 話がひと段落ついたところで、フェリシアとリードはリックの部屋を後にしようとする。そこでフェリシアは足を止め、リードに目で何かを合図した。


「あ、あの」


 フェリシアと共に足を止めたリードは、振り返ってリックに話を切り出す。


「魔法道具屋とかって、ありますか?」

「魔法に関する店ならギルド前の通りに並んでますよ。その中におそらくあると思います」

「そうですか。ありがとうございます」


 リードがそれを確認すると、フェリシアは今度こそ「失礼します」と言って部屋を後にした。


 二人は部屋を出た後、単位魔法で本部棟の受付前まで飛び、すぐに本部棟を出た。


「リード、一応アレ、頼んでいい?」

「わかりました。明後日までに用意しておきます」

「ありがとう」


 本部棟を出たところで、二人はそんな会話を交わした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る