第21話 ぶどうジュース

「最後、クラッチフィールド王国」

「はい」


 会議も終盤に入り、最後にフェリシアの番が回ってきた。


「今回、父である国王イーノス・クラッチフィールドに代わりまして、私、第一王女フェリシア・クラッチフィールドが発言させていただきます」

「ああ、よろしく頼む」


 座ったままの発言だが、視線は明らかに強く集まっている。


「まず近況報告……と行きたいところですが、我が国において大きな変化は無く、おかげさまで平穏な日々を送っております」


 何も起きていないわけではないが、わざわざアリアノールに知らせるまでもないことばかりだ。それに、わざわざ自分の良くないところを報告する馬鹿もいないだろうし。


「そうか。さすがクラッチフィールドだな。イーノスは元気にしているか?」

「はい」


 そうは答えたものの、本当に元気かどうかはわからない。でも普通に仕事はできているし、元気と言ってもいいだろう。


「それはよかった。じゃあ、今回は何を持ってきてくれたんだ?」

「えっと……」


 フェリシアは素早く深呼吸して気合を入れ、持ってきた特産品を紹介する。


「今回持ってきたものは……まず見てもらった方が早いですね」


 そう言うと、フェリシアは自分の領域から物を取り出してそれぞれの代表の前に出現させた。


 現れたのはやや縦長のワイングラスと、ワインと思われる瓶だった。そしてフェリシアは魔法を使って、一斉に赤紫色の液体をそれぞれの瓶からグラスに注いだ。


「これは?」

「ワインのようにも見えるが……」

「ぶどうのジュースです」

「ジュース?」

「ええ」


 普通すぎるというか、別に他の地域でも作られているようなものだったためか、一部にどよめきが起こる。


「まあ聞こう。これを選んだ理由を」


 アリアノールがそう言うだけで、ざわめきが一気に静まる。


「……我が国には果物の生産が盛んな地域があり、毎年様々な果物やその加工品のコンテストが行われています。つい先日、その中でも優れたぶどうジュースを選ぶコンテストが行われました。このジュースはそのコンテストで最も高い評価をされたジュースになります。一度飲んでみてください。同行者の方々も、どうぞ」


 フェリシアはさらにグラスを取り出し、それぞれの同行人にもジュースを配った。それにはまず毒見をしてもらうといった意味も込められている。


 そしてその意図がわかっている王国の召使いたちは、真っ先にグラスを口に運んでジュースを飲み干した。


「えっ、おっ、おいしい……」


 先に飲んだ召使いたちは口々にそう呟き始める。


 毒見は舌に触れた時点で魔法が自動発動されて大体わかるので、この反応を見るに問題ないと判断されたのだろう。


 召使いたちの反応を見て、各国の代表たちも次々とグラスを口に運ぶ。


「うん。おいしい」

「甘いだけじゃないし、とてもいい」


 代表たちでさえも、そう呟いた。


「さすがクラッチフィールドの果物。とても美味しい」

「皆様、ありがとうございます」


 フェリシアはそう言って王女らしく振る舞う。


「これ、輸入できるかな?」


 そう聞いて来たのは、ルフン王国の王太子ケールだった。


「はい。可能です」


 加工品なら輸出もできる。というか、それが狙いでこれを選んだという部分もある。ジュースにしたのは酒だと自分がおいしさをわからないからというのもあるが。


「ちょっと検討させてもらう。商人たちも関心を持ってくれるはずだ」

「ありがとうございます」


 フェリシアの狙い通りになった。


「本日は皆様に数箱ずつお渡しいたしますので、リーダーの方々や商人の方々などに紹介していただけたら幸いです。ありがとうございました」


 最後にそう言い、フェリシアは最後を締めくくった。


 フェリシアの番が終わると、各国からの発言も終わり、集まりも幕を閉じた。


 それから各国の代表たちは国によっては会談をしたりなどをするようだったが、フェリシアにはそんな予定が無かった。


 とりあえず部屋に戻って、これからの計画をリードと話し合おうとしていると、アーノルドが転移魔法でどこかから飛んできた。


「失礼します。アリアノール様がお呼びです」

「ん……? まあ、わかった。リードも一緒でいい?」

「はい。大丈夫です」


 二人きりで何か話があるわけではないようだった。でもそれなら何の話なのか……


「じゃあ……」

「いや、私はこれからの予定を立てておきますので、一人で行ってきてください」


 リードはフェリシアにそう言った。確かに計画は立てないといけないが、今までどこにでもついてきたリードが来ないなんて珍しすぎて、フェリシアは少し動揺してしまった。だが、もうリードに色々してもらわなくても自分でできるとも思うので、すぐに気を取り戻した。


「……わかった。よろしく、リード」

「はい」


 そしてフェリシアはリードと別れて、アーノルドと共にアリアノールの元に向かった。


 アーノルドの転移魔法で到着したのは、城のどこかにある応接室だった。その部屋には低い机とそれを囲うように置かれたソファがあった。


「フェリシア、呼び出してすまない」

「アリアノール様。何か御用でしょうか?」

「ああ。少し話がしたくてな」

「そう……ですか」


 これ以上何を話すのかわからなかったが、フェリシアはアリアノールに促されるまま、ソファに座った。アリアノールはその向かい側のソファに腰を下ろし、アーノルドはすぐにどこかへ行ってしまった。


「それで、話って?」

「フェリシア、今日が王族として初めての仕事なんだってな、国外では」

「……まあ、そうですね」


 そんなところまで知っているとは思わなかった。でも、自分の地域にいる王族のことくらい知っていてもおかしくはない。


「どうだった?」

「どうということは何も。普通にこなせたと思ってますし……」

「そうか、それはよかった」


 意外と心配してくれているようで、フェリシアは少し嬉しかった。


「これから、どうするつもりだ?」

「今ちょうど、リードがそれを考えていて……父からは色々な国を見てきていいと言われていますので」

「そうなのか。それならよかった」

「え……?」

「いや、初めて国外に出たと聞いたから、せっかくなら見ていけばと思っていたのだが……それには及ばなかったようだな」

「そうですか。ご思案頂き、ありがとうございます」

「いいんだよ。俺はお前のことが気に入ったからな、それくらい目をかけて当然だ」


 心配だけではなくそんなことまで考えてくれているとは……でも、その気に入ったという言葉がどういう意味なのかフェリシアは気になって仕方なかった。嫌われるよりはいいのだろうが、それによってどのようなことに巻き込まれるのかという不安がないとは言えない。


「そこで少し頼みたいことがある」

「何でしょう?」

「ついこの前、他の地域で飼育されていた魔物たちが逃げ出してしまうといったことがあってだな……その中には、討伐ならS級に任せられるような魔物もいるんだ」

「それは大変ですね」

「ああ。それで、その一部がこの地域に流れ込んでいる」

「なるほど……」

「フェリシアには、それを捕獲して元の地域に帰すのを手伝ってほしいんだ」


 途中から予想はできていたが、これは協力せざるを得ないだろう。


「一応、目撃情報は各地のギルドから集めてるし、ギルドでどうにかできそうなものはギルドでやってもらうことにしてる。でも、やっぱり難しいものもあるから……」

「そういう、普通の人じゃ歯が立たないような、危険だと思われる魔物は私の担当ってことですよね?」

「ああ。俺とアーノルドだけじゃ、どうしても人手が足りないんだ」

「そうですか……」


 結局、やってることは前と同じだ。ギルドじゃどうにもできない魔物を回されるだけ。捕獲なだけまだいい方なまである。


「わかりました。協力します」

「本当か!? ありがとう、フェリシア!」


 どうせ断ることなんてできないわけだし、引き受けるしかなかっただろう。



 こうしてフェリシアはアリアノールから魔物捕獲を頼まれ、各地を回ることになった。

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