第19話 気に入った

「お兄ちゃんが……負けた……」


 静寂を破ったのは、そんなノアの呟きだった。でもそれは失望のような声ではなく、ノアはもう少し明るく捉えているようだった。


「……ありがとう、ジョージ」


 フェリシアはジョージに駆け寄り、そう言って手を差し出す。ジョージは一瞬迷ったが、すぐにフェリシアと握手を交わした。


「ありがとう、フェリシア。俺の実力、全然だった」


 ジョージは悔しそうにそう言う。


「そこまで落胆する必要は無いぞ、ジョージ」


 そんなジョージを励ますように、アリアノールはそう声をかける。


「アリアノール様……でも、実際傷一つ与えられなかった……」

「それはまあ、こいつが聖王級の実力を持っているからだろう」

「えっ?」「ん?」


 ジョージだけでなく、ただ聞いていたフェリシアも驚いたような声を上げる。


「アリアノール様、今何て?」

「君はいつか聖王になるだろう。俺はそう思っている」

「聖王に……」

「一国の王にしては規格外すぎるしな」


 聖王が聖王級だと言うならそうなのかもしれないが、急に言われても困ってしまう。それに聖王になれる人間が増えるのは、殺し合いによって代替わりする仕組みがあるので聖王としてはあまり良く思わないのでは……? とも思い、そこからまだ弱いうちに殺してしまおうなどと考えているのではないかとフェリシアは予測してしまった。


 さすがに自分が治める地域の王位継承者をいきなり殺したりはしないだろうが、フェリシアはアリアノールに対して一層警戒を強めようとこの一瞬で決めた。


「ジョージだって、ここから強くなれる。頑張れ」

「……はい。頑張ります!」


 ジョージはフェリシアが規格外の強さだと知って吹っ切れたのか、向上心に満ちた輝く目をしていた。


 フェリシアには眩しすぎて、思わず顔を逸らしてしまいそうになるくらいだった。


「会議の時刻までまだ時間がある。全員部屋で休んでいるといい」


 アリアノールはそう言って辺りを見回すが、そこにアーノルドの姿はなかった。いつの間にかどこかに行ってしまったようだった。


「フェリシアの同行人のキミ」

「リードです」

「すまない」

「大丈夫です」

「リード、ジョージとノアを部屋まで頼めるか? 隣の部屋だから」

「わかりました」


 リードはそう答えたが、その後「何で私が」と小さな声で呟いた。


 指示されれば仕方ないが、なぜ自分の担当しているわけでもない初めて会った人を……という気持ちもなくはなかった。


 アリアノールはその呟きを聞き逃さず、リードに近付いて耳元で何かを呟く。


「俺は少しフェリシアと話したいことがある。ジョージは見てわかるように残り魔力が少ない。ノアはジョージまで一緒に移動させられる魔力がない」

「なるほど……あれで魔力は全てですか、向こうの同行者は」


 リードは、ノアは魔力を隠しているから少なく感じるのかと思っていた。兄のジョージが平均以上なので、妹も多いのかと考えるのが一般的だ。


「まあ、遠い国でもないし、命を狙ってもメリットがあるとは思えないし、自分で自分を守れるくらいの実力はあるからさ」

「見たところ、役割は護衛じゃなさそうですしね」

「だから頼むよ、リード」


 魔力量なんて年齢で変わるものだから、ノアの魔力が少ないのも納得できる話だった。


 そもそも別にリードは、拒否するつもりもない。ただ、もう一つ心配なことがあった。


「ですが……うちの王女に何かあっては……」


 リードの心配事とは、聖王級と言われたフェリシアがアリアノールによって潰されてしまうことだ。


「フェリシアの心配なら大丈夫だ。ただ話をするだけ。傷一つ与えない」

「……わかりました」


 アリアノールのことを信じて、リードは今度こそ引き受ける。


 そしてリードは、ジョージとノアを連れて部屋まで転移魔法で移動していった。


「話って何ですか?」


 二人きりになり、フェリシアは早く話を片付けたいと早々に切り出す。


「ああ、さっきの術式……光線を防いだものだが、あれは術式を吸収したのか?」

「はい」

「でも、それだけか?」

「えっ?」

「いや、それだけではない気がしてな。少し気になった」

「えっと……術式を吸収して、一時的に自分の魔力とするもの……です」

「自分の魔力に?」

「はい」


 アリアノールにとっては驚きだろう。フェリシアの魔力は膨大すぎるほどあるのに、そんなその場をしのぐための魔法など必要ないはずだ。


「その魔法が必要な意味があるのか? 魔力がそれほどにもあるというのに」

「それは……ちょっと、色々あって」

「何だ? よければ話してみろ」


 たとえ聖王であったとしても、いや聖王であるからこそ、あまりその内容は言いたくないが……何かヒントが貰える可能性もあると考え、フェリシアは一か八か話そうと決めた。


「何かあった時に、ソウルを抑え込めなくなる可能性があるからです」

「抑え込めなくなる?」

「その種の長とも言える強さのソウルが二つ。魔力上昇効果はあるものの、主な効果はそれじゃない。だから、大きな魔法を連発でもすればソウルに身体を乗っ取られる」

「なるほど」


 キツネズミのソウルの主な効果は魔力を分割保存することだ。それによってより精密に魔力を隠すことができる。キツネズミのソウルは古代型キツネズミの特徴に倣って、自分を偽る効果がある。具体的には、自分を弱く見せて近付いて来たところを襲うキツネズミと同じように、表と裏のように見せる面を使い分けることができる。


 その効果が主要な効果となっているため、魔力が大幅に上昇してもいないのにソウルに使われる魔力が増えてしまった。そんな中でフェリシアは現状唯一の解決法であった魔力増強剤が手に入らなくなり、困っていた。


 この魔法は足りなくなった魔力をどうにか回復させるために、ついこの前作った魔法だ。フェリシアは相手が攻撃する前に終わらせてしまったり、敵を仕留める最後の一撃に大量の魔力を使うので、戦闘中に相手を利用して回復する魔法が使えるかはわからないが、一応今ジョージの魔法を回復に利用できたので、魔法としては完成したと言っていいだろう。


「でも、それじゃあほとんど解決できないのではないか? フェリシアの実力ならば、ほとんどの相手に対して圧倒してしまうだろう」

「根本的な解決法はありませんから。前は魔力増強剤で繋いでたんですけど、こんな魔力を持ってるのにって言われたら終わりですし、ソウルを持った挙句に制御不能の可能性があるなんて知られたら、王位継承者として……」


 なんでこんなことを、初対面の聖王に話してるんだろう……


 フェリシアは今更そう思った。知られたくないから、この魔法を作ったのに。


「思いは受け取った。このことは内密にしておく。必ず」

「お願いします」


 どこかアリアノールのことは信じられる気がしていた。明確な根拠は何もない。


「俺も少し考えてみよう。君のような実力者がそんなことで悩むなんてもったいないからな」

「ありがとうございます」


 聖王が考えてくれるなんて、こんなにいいことはない。というか、思い通りになった。


「元々考えている案はあるのか?」

「私が考えた中だと、ドラゴンのソウルが一番いいと思ってましたけど……」

「いいじゃないか」

「でも、聖王になるんじゃないかって言われかねない」

「嫌われたもんだな、聖王も」

「嫌われてるわけじゃないと思いますけど」

「王位継承者がいないんだろ? 聞いてるよ」

「そうですか」

「それでも俺は、ドラゴンがいいと思う。まず、君は聖王になるべき人物だと思ってるしね」


 フェリシアは世界的に見ても相当な実力者だ。アリアノールがそう言うのも無理はない。


「一応、捨てずに考えておきます」

「ああ」


 実際のところ、完全に捨てたわけでは無かった。


「話は私の魔法のことだけですか?」

「え、あ、ああ……」


 フェリシアとしては使い時があるかわからなくても、解消法ができたので今はもうそれでいいと思っている。諦めにも近いが、これで全てが上手くいくなら諦めても仕方がないとも思い始めていた。


「ありがとな、フェリシア」

「えっ?」

「ジョージの相手、してくれて。しかも、思った通りに」

「何となく、ああしろって言われている気がしたので」


 フェリシアが最初攻撃せず、わざと弱いふりまでしたのは、どこかから飛んできたアリアノールの圧力だった。ソウルの影響なのか、弱いふりをして実は……という流れに快感を覚え始めているというのもあったが、ジョージ相手にその行動をしたのはアリアノールの圧力が原因だと間違いなく言える。


「感じてくれると思ってたよ」

「そりゃどうも」

「俺は気に入ったぞ、フェリシアのこと」

「ありがとうございます……えっ……?」


 なんとなく、妙なことになっているとフェリシアは咄嗟に感じ取った。

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