第16話 出発

 そして出発の日となった。


 辺りは暗く、見送る人などいない。ただ夜の静寂に包まれていた。


 フェリシアは普段着にS級を示すマントを装備し、アルマと戦った時と同じ服装をしていた。


「お待たせしました」


 リードがそう言って、遅れてフェリシアのいる庭に入ってくる。


「遅いよリード……って、それ……」


 フェリシアが見たリードは、フェリシアと同じS級を示すマントに身を包んでいた。デザインはリードの方が首回りにも布があって、マフラーのようになっているようだった。その代わりにフードはない。


「ライセンス、取り直したの?」

「はい。陛下に相談したら、ライセンスを取り直してからの方がいいと言われましたので」

「なるほど……」


 確かに、飛行魔法を使うほどの人間だということを示す明確なものを持っていた方がいいだろう。


「あと、なんか雰囲気もいつもと違うね」

「まあ……ちょっとそれらしくしてみました。いつもの服だと術式が使いにくかったりもするので」

「そっか。確かに動きにくそうだよね、あれ」


 リードは普段のシャツとジャケットの姿とは違って、薄そうでラフな服を着ていた。下は細い足を目立たせるような細いズボンで、フェリシアと同じように全体的に黒めの色でまとめている。


「似合ってるよ、冒険者っぽくて」

「ありがとう……ございます」


 リードは珍しく照れていた。


「じゃあ、行こっか。話は飛びながらでいい?」

「はい。行きましょう」


 そして二人は一斉に飛び上がり、会議の会場となっている聖王アリアノールの城に向かった。


「速度はリードに合わせるよ、もっと行けそう?」

「問題ないです」


 二人は一気に速度を上げ、車より早い速度で空を飛んで行った。


「それで、聞かせてもらっていい?」

「はい。私の持つソウルの話ですが……私の持つソウルは、インキュバスとヴァンパイアです」

「やっぱりか……」

「知ってたんですか?」

「いや、夜がいいって言ったからなんとなく予想できてただけ。二つっていうのは予想外だったけど」


 フェリシアが考えていた候補というのが、このインキュバス(サキュバス)かヴァンパイアだった。これらのソウルは、通常効果としての魔力量上昇もあるが、それに加えて夜の時間帯だけ大幅に魔力量が上昇するという効果もある。その分他の効果は無いが、十分すぎる効果だ。


「でも、何でその魔人系二種類なの? 結構珍しいよね」

「まあ……昔色々あって、インキュバスを殺したんです。その時に、そいつがヴァンパイアのソウルも持っていたっぽいんですよね。なので、ヴァンパイアはハーフソウルです」

「なるほどね」


 ハーフソウルというのは、殺した魔物が持っていたソウルをそのまま引き継いだ時のソウルのことを指している。そしてそのハーフソウルは次に引き継がれることがない。ただし、効果は普通のソウルと同じで、おそらく永遠にソウルを受け継いでいくということができないようにできているルールのようなものだろう。このルールには聖王でさえも縛られる。神が定めたもの……とでも言うべき、絶対的なものだ。


 それにしても、なぜリードがその二つを持つことになったのか、特になぜサキュバスじゃなくてインキュバスなのかなどとフェリシアには気になる事が色々あったが、言わないということは言いたくないか話せないということだと思うので、それ以上聞くことはしなかった。


「なので、申し訳ありませんが、飛んでいきたい際には夜中ということになります」

「わかった。まあ正直、何があってもあたしならどうにでもできる。あんま心配しなくていいよ」

「ありがとうございます」


 飛んでいきたいと言ったのはフェリシアの方なのだから、それくらいは考えてあるし、覚悟もできている。


「……ちょっと、」


 フェリシアはそう呟いて一旦空中で止まる。


 ちょうどリードの話を聞き終えたところだったが、そこで何か妙な気配を感じた。


 そしてその直後、二人の背後にその気配の主たちが現れる。


 二人は反射的に距離を取ったが、向こうは何も攻撃らしきことをしてこなかった。


「誰だ?」


 フェリシアは冒険者の時に着けているマスクを急遽装着し、そう問いかける。


「名乗るほどのことでもないし、用があるのはお前じゃない」


 現れた二人のうち、片方はフェリシアに向かってそう言った。


 元々怪しいというか、警戒はしていたが、それがまさか本当になるとは思っていなかった。今二人は刺客と思われる人物に襲われている。全く襲われている感は無いが。


 場所はもうかなり国から離れたところで、大きな森林の上空だった。人気など全く無く、ここにいるのは四人だけ。お互いに援軍などは望めないだろうから、戦うなら四人だけで決着をつけることになる。


「お前じゃないってどういうことだ?」

「そのままだ。俺が用があるのはそっちの男だ」


 どうやら、二人はリードに用があるようだった。


「まあ、そんなことはどうでもいい。相手はあたしがする。こっちに用があるなら、あたしを倒してからにしろ」

「やめてください。私だって……」

「いいの。この方が丸く収まる」

「ですが……わかりました」


 リードに用があるなんていうのは関係ない。理由も今は関係ない。まずリードが戦うということは、リードのソウルがバレてしまうことになる。これまでどう見ても隠していただろうし、それは防ぐべきだろう。フェリシアはそう考えていて、リードもそれを理解して受け入れた。


「いいぜ、やってやろうじゃねぇか」


 男はやる気満々で、隠していた魔力を一気に解き放ち、フェリシアにプレッシャーをかける。


「来い」


 フェリシアがさらに煽り、男は術式を発動しかける。


「落ち着け」


 もう一人の男がそう呟き、発動しかけた術式を止める。


「お互い落ち着きましょう。別に戦う気なんて無いんですから」

「じゃあ何の用だ?」


 命を狙いに来たわけじゃないのなら、何をしにきたのか……フェリシアには全く予想ができなかった。


「ただ挨拶しに来ただけですよ、やっと国を出てきてくれたんだから。リードくん」


 リードの名前を知っている。ということは、知り合いか何かか……? だとしても、少なくとも好意的なものではないだろう。フェリシアの予想できないような関係。まだ知らないリードの秘密に関わることだと思う。


「まだ諦めてないですからね、こっちは」


 そして二人は「じゃあ、」と言ってどこかへ消えてしまった。


「何なの……リードに用があるって言ってたけど、挨拶だけにしては好戦的だったし……」

「おそらく、あの魔力を目の前にした時の反応を見て引き下がったのでしょう」

「そっか……確かに魔力量は多かったけど、あたしに比べればそうでもない……はず」


 本当は戦いに来たかもしれないという可能性はある。ただの挨拶という可能性もあるが。


「それで、知り合いか何か?」

「面識は無いです。ですが、どういう人物なのかはなんとなく」

「詳しく」

「おそらく、私が過去に殺したインキュバスの仲間かと。ただ、彼らがインキュバスでない可能性もあります」

「なるほどね。っていうか、諦めてないって言ってたけど、結構……あれだったの? 殺した時」

「まあ……確かに惨い殺し方はしたかもしれません。でも、向こうもそれは同じですから」

「……そっか」


 避けていたところに触れてしまった気がして、フェリシアは少し気まずくなった。


「すみません、巻き込んでしまって」

「大丈夫。元はあたしがリードを巻き込んでるんだし、お互い様」

「そう……ですか」


 リードは少し思いつめたような顔をする。確かにフェリシアはただ巻き込まれただけだし、危険に晒されたかもしれない。でも、普段はフェリシアがリードを巻き込んで危険に晒すこととなったりしている。そうはいかないと言うかもしれないが、正直どうでもいいまである。


 もしかしたら、それ以外のことを考えているのかもしれないが。例えば、その殺したインキュバスのことだとか。フェリシアにしてみれば、その方がむしろいいまである。


 フェリシアは、リードが召使いだからと遠慮しすぎているのがものすごく気になっていた。王女なのだからそれくらい当たり前なのかもしれないが、それが気に食わないと思うのがフェリシアだ。


 今は我慢しないと……


 自分にそう言い聞かせ、フェリシアは気持ちを切り替えて目的地に向かった。

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