第11話 十年くらい前の話

 あれは、今から十年くらい前の話。


 あたしは、まだ七歳の子供だった。


 その頃から、あたしは人より多い魔力を持っていて、魔法を使うのも上手くて、天才だとか神童だとかと呼ばれていた。


 弟のアーサーは五歳で、生まれた時から魔力が無かった。


 王は男であるべきという考えから、両親は弟が生まれることを望んでいたが、これは予想外だった。もう一人という考えもあったが、母上の身体のことを考えてそれは無くなった。あたしが今後生まれる子供の分全ての魔力を持って生まれたなどとも言われ、アーサーがなるはずだった皇太子の椅子は急にあたしに回ってきた。一応、魔力増強剤を使って魔法を扱えるようにならないかと模索しているが、諦めている部分もある。


 この時のあたしはまだ、王になってもいいという気持ちがあった。というか、それ以外の選択肢が無かった。


 でもある日、その出来事でその気持ちが揺らぐこととなる。


 それは暖かい晴れた日で、あたしは普段から出かけていた別荘近くの森に入って遊んでいた。


 王家の別荘がある場所ということで、この森は何度も安全確認がされていた。そのため、この森には危険と言われる魔物はいない。そう思われていたので、幼いあたしでも一人で森に入ってよかった。いざとなれば自分で魔法も使えるし、と。


 そして森の中を進んでいくと、黄色い光を放つ球体が浮かぶエリアがあった。森には何度も来ていたが、こんな場所は初めてだった。


「うわぁ……すごい……」


 あたしは幻想的な景色に心を奪われ、さらにその奥に進んでいった。


 少し進むと、球体の数はさらに増えていた。そして一つの球体が触れられる場所にやって来たので、あたしはその球体に触ろうと手を伸ばした。


「止めろ!」


 その瞬間、誰もいなかったはずなのにそんな声が聞こえて、あたしは手を引いて辺りを見回す。


 そしてすぐ近くの木の根元に、小さなふわふわした魔物がいるのが見えた。


「いまのは……きみ?」

「そうだ。聞こえるんだな、幼いのに」

「ん?」


 その時は、何のことかわからなかった。でも、今はわかる。魔物の話す声というのは、相手に話しかけるという気持ちと受け取る側の魔力で聞こえている。受け取る側の魔力が、魔物に少し干渉された程度で負けるようなものなら聞こえることはない。幼いうちは魔力が少ないので、なおさらだった。


「まあいい。それには触らないでもらいたい」


 小さな魔物はそう言いながら、あたしの方に歩いてくる。


「わかった。でも、なんなの? これ」

「この森の力だ。森の木が枯れないのは、これのおかげ」

「そうなんだ……」


 言うなれば、森の命だ。触らない方がいいということはこの時のあたしでもわかった。


「そういえば、きみはだれなの?」

「キツネズミの長だ」

「おさ……?」

「リーダー、王様と言えばわかるか?」

「おうさま……ちちうえとおんなじ……」

「お前は王女なのか?」

「うん」


 キツネズミという魔物のことは知っていた。その長が古代型だということも、理解していた。でも、魔法のルールで、相手が敵意を持っていないなら攻撃をしないというものがあり、幼いあたしはそれを守って攻撃しなかった。


「でもなんで、おうさまがここに?」

「何でだろうな……人間がな、俺たちを分断したんだ。追われた俺たちの方は全滅しちまった」

「にんげんが……? そう……なんだ……ごめんね、にんげんが」

「なぜ謝る?」

「だってあたし、にんげんだから……」

「お前がやってもいないのに、謝る必要はない」

「そう……なのかな」

「ああ」


 それでもあたしには、申し訳ないという気持ちがあった。この時は悲しさだと思っていた。


「いい奴もいるんだな、人間には」

「そんなことないよ。みんな、いやなひと」

「嫌な人?」

「うん。まほうがつかえないからって、アーサーのこと、おとうとのこと、みくだすし……つかえるあたしは、てんさいだとかいってきゅうにたいどかえるし」

「そうか……大変なんだな、王女は」


 あたしにとって、こんなことを話せる人はいなかった。聞いてくれる人も、わかってくれる人も。


「おうさまはたいへんじゃないの?」

「俺はみんなに助けられたからな」

「そうなんだ……」


 魔物には魔物のコミュニティがあって、それぞれ助け合って暮らしている。そんな群れの仕組みを、この時初めて理解した気がしていた。魔物もそうやって暮らしている、と。魔物には魔物の生活がある、と。


「なまえは? なんていうの?」

「ナノ、だ」

「ナノ……ナーちゃん」

「ナーちゃん、か。そう呼ばれるのは初めてだが、悪くない」

「やった。あたしはフェリシアっていうの。よろしくね、ナーちゃん」

「……よろしく、王女様」



 それからというもの、あたしは森に入ってはナーちゃんと遊んでいた。その時間だけは楽しかったし、嫌なことも忘れられた。


 そんな時間も、崩れ去っていく日が来る。



 ある日のこと。あたしが森に入ると、ナーちゃんの敵意がこもった魔力を感じた。あたしは今まで一度もそんな気配を感じたことが無かったから、きっと誰かに襲われたんだと思ってナーちゃんの元に走った。


 そしてその予想は当たっていて、ナーちゃんは何人かの大人に囲まれていて、逃げることができなかった。ふわふわだった毛は乱れていて、ところどころ黒く焦げているところもあった。


 早く、助けないと……!


 あたしはその一心で、その大人たちの中に飛び込んで行った。


「やめて!」


 そう叫び、あたしはナーちゃんを守るように抱きかかえた。


「フェリシア様……? 危ないですよ、早く離れて……」

「あぶなくなんてない! このこは……このこは、あぶなくない」

「何を言っているのですか? その魔物は危険魔物と呼ばれていて……」

「しらないもん! そんなのしらないもん! にんげんがかってにきめただけで、このこはいいこだもん!」


 あたしは首をぶんぶん振ってどうにか対抗する。


「守りたいのはわかりました。ですが、なぜそこまでするのですか? たかが魔物でしょう」

「たかが……まもの……」


 言いたいことはわからなくない。少し前なら、このまま離してしまったかもしれない。


「たかが……たかがまものじゃない……! このこは……このこは……あたしのこ! まもってなにがわるい!」


 あたしは、大人たちに向けてそう言い放った。


「おい王女、何言ってんだ……」

「だまってて」

「俺はこれでいい。弱肉強食、しょうがないんだ」

「そんなの……あたしがゆるさない」


 あたしは大人だけでなくナーちゃんも黙らせ、その場から逃げた。ナーちゃんも一緒に。


 そして、その場でナーちゃんを手放せばすぐあの大人たちに殺されてしまうと思い、あたしはナーちゃんを城まで連れて帰った。


「どうせ未来は見えてるぞ? 王女」

「どんなみらい?」

「俺が殺されるだけ。俺を生かしておくのは王女だけだぞ」

「でも……」

「どの道死んでる。先に言っとく。俺が死んでもお前のせいじゃない」

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