第8話 古代型キツネズミ
フェリシアはものすごい速さで学院に向けて飛んでいき、通常の何十分の一ほどの早さで学院上空までたどり着いた。
その身一つで飛ぶ飛行魔法はとても高度な術式で、使えるのはほんの一部のみ。そんな術式を使って学院上空にたどり着いたわけだが……
「あれは……」
フェリシアの目に映っていたのは、決闘と呼べるのかわからないあの決闘を先ほどやった広場で、巨大なもふもふの生物が大きな牙を剥き出しにして唸っている姿だった。
「キツネズミ……しかも、古代型……?」
そのもふもふの名前はキツネズミ。本来は明るくて茶色い毛並みの小動物で、持つ魔力量も少なく危険なんかではない魔物なのだが、背中にひし形の模様がある個体だけは違っていた。
その個体は古代型と呼ばれていて、古代に恐れられていたキツネズミが進化の過程で弱体化せずに残った種だ。古代型は現代型に比べて圧倒的に魔力量があって、強さも桁違い。見た目は現代型と変わらないのに、可愛いと言っていざ触ろうとすると急に巨大化して狂暴になり、これまでに何人の人が殺されてきたか。
そして、そのキツネズミから逃げるように生徒たちが校舎の方に向かっていく。その時間を稼ごうとしているのがフォードとフレデリックとウィリアム。
この学院にいる人物の中で、総合的に考えて一番キツネズミと戦えるのはフォード。フレデリックは確か朝遭遇した杖飛行レースのクラブでリーダーをしているから、それほどの実力はある。最後にウィリアムは何でいるのか正直わからないが、勉強熱心だから図書館にでもいたのだろう。
フェリシアは冷静に状況を把握し、次の行動を決める。
「……よし」
少し気合いを入れた後、フェリシアは右手を上に掲げる。そして力をそこに集め、キツネズミに向けて振り下ろした。
それと同時にフェリシア自身もキツネズミの前に着地する。
そのおかげで、フェリシアがキツネズミに向けて放った電撃を纏って降りてきたように見えている。
「逃げろ」
「えっ?」
「邪魔だから逃げて。あんたはあたしの邪魔をするつもり? S級のあたしに」
フェリシアはフェリシアだとバレていないまま、フォードに色々と指示した。
S級が本当かどうかというのは着ているマントに刻まれた紋章を見ればわかる。フェリシアが着ているマントの紋章は、本当にS級のものだった。
それを見て、フォードや他の二人も校舎の方に避難して行った。
「校舎に逃げちゃうか……そんなに建物って安全じゃないんだけどな……」
そう呟きながら、フェリシアは広場に結界を張る。何らかの理由で校舎が崩れるのを防ぐためだ。
「さて……ここからはあたしが相手だよ。キツネズミ」
「ただの小娘に何ができるってんだ!」
キツネズミは雄でも雌でもありそうな中性的な声をしていた。それはフェリシアの脳内に直接話しかけているものであり、発する波動の影響を受けない人物からすればフェリシアが独り言を言っているように見える。
「話ができるならまず話をしよう。そう簡単に戦いたくはない」
「こっちだって戦いたくはない。だが、先に仕掛けてきたのはお前らだ」
「詳しく聞かせてもらってもいいか? あと、目的も。人間の肉は不味いって言ってただろ」
フェリシアの問いかけに、キツネズミは警戒した状態のまま話し始める。
「そう……だ。主は、そう言っていた。魔力のない人間の肉は不味いと」
「だったら何で……」
「ここに主の気配があったからだ。だが、ここに来た時にはもう……」
「主って……こいつのことか?」
フェリシアはそう言うと、隠していた魔力を全て解き放った。その強い威圧感のある気配は結界を隔てた外にいた生徒たちも強く感じ、目の前にいるわけでもないのに恐怖を覚えるほどだった。
そんな気配を放つフェリシアの背中には、古代型キツネズミと同じような黒いひし形の模様が浮かび上がる。
「なぜお前が……そうか、お前が主を……!」
「落ち着け、落ち着けよ」
襲い掛かろうとするキツネズミをフェリシアはどうにか落ち着けようとする。
でも、それも無理はないことだ。
この世界の仕組みとして、殺した魔物の魂――ソウルが殺した者に宿るというものがある。ソウルを宿すとその魔物の種類や強さによって細かい効果は異なるが、主な効果は基礎魔力の上昇が上げられる。
もちろん制約はあり、そのソウルを抑え込める魔力が無いと体を乗っ取られてしまうだとか、その魔物と勘違いされて群れに襲われるだとか、色々困ることもある。だがそれがあっても、強い魔物のソウルを手に入れるメリットがある。
ちなみに魂の核に魔力を宿す生物なら殺した時にそのソウルを宿せるが、人間は核に魔力がないので殺した人間のソウルを持つということはない。人間は持つことができても持たれないという都合のいい生物だった。といっても、殺した生物が持っていた魔物のソウルは追加で手に入るので、ソウルを手に入れてそれを狙われて殺されるなんてこともしばしば見られる。
人間は、そんなリスクがどれだけあっても強くなりたいと考えてしまうものだ。
そしてフェリシアもそのソウルを持っている。今目の前にいるキツネズミが主と呼ぶキツネズミのものだ。フェリシア自身は元から強かったが、王都を吹っ飛ばすと言われるほどまでさらに強くしたのはこのソウルだ。だが、キツネズミのソウルをフェリシアが持っていることは誰も知らない。
「落ち着いていられるとでも思うか? 命を懸けてでも守りたいと思ってお仕えした主を殺した人物が目の前にいるなんて……」
「まだ話は終わってない。ここに来た時のことだ。こっちが先に仕掛けたと言ったな? それを聞いてからでないと、戦いは始められない」
フェリシアが持つ強大な魔力の威圧感に負けて、キツネズミはそれ以上襲い掛かろうとはできなかった。
「それでいい。話してほしい」
「……主はいなかった。そこに何人か子供が近付いて来た。殺意などは全く感じられず、むしろ愛のような温もりを感じた。感じたはずだった……のに……大人は術式を放った。
「それで、その古代型特有の姿になったのか」
「ああ。そして、戦うしか無くなってしまった」
「ただ、主を探しに来ただけだというのに」
「そうだ」
確かに古代型キツネズミは可愛い見かけをして急に襲うと恐れられている。だが、必ずそうとは限らない。キツネズミからしたら、そうと決めつけられて、殺されかけて、たまったもんじゃない。
それに、最初に攻撃したのは状況からしてフォードだろう。なんとなく、フォードならやりそうな気がする。
「それは申し訳なかった」
「え……?」
「君の事情も知らずに、こっちが勝手に」
「いや……やったのはお前じゃないし……」
フェリシア自身は、キツネズミを恐れるものだと思ったことはない。だからこうも簡単に、そういう感情が湧いてくる。
「それに、主のことを許すつもりは更々ない」
「その時は色々あった。君の主のソウルを誰が取るか、そんな揉め事が起こるほどに」
「人間では普通のことなのだろう?」
「それで権力を得る。その道具にされてもいいのか? そんな愛する主のソウルを」
「それは……」
「あたしも、それは嫌だった。初めてちゃんとできた友達だったから。初めてあたしのことを、ちゃんと一人の人間として見てくれた。だから、しょうがなかった。二人で決めた。こうしようって」
キツネズミは、フェリシアの言葉を聞いて少し考えた後、小さいもふもふの姿に戻った。
「わかった。なら、一つ頼みを聞いてほしい」
「頼み?」
「せめて、主のソウルと共にいさせてほしい」
「それって……わかってんのか?」
「はい。もう、主がいなくなって、群れは解散しました。主がいなくなって、どれだけ頼ってきたかがわかって、自分の身は自分で守れるようにしようって。もう、守るものはない」
フェリシアはキツネズミの覚悟を聞いて、それを受け入れようと決めた。
そして小さなキツネズミに近寄り、抱き上げる。
「名前は?」
「名前……アルマ……と主は」
「そっか……アルマ、ありがとう。そして、ごめんなさい」
フェリシアはそう言うと、細い糸のような何かでアルマの頭を貫いた。
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