第7話 ライセンス

 フェリシアはリードと城に帰ると、流れるように自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。


「いやぁ……久しぶりに決闘したなぁ……」

「あんなの、決闘に入るんですか?」

「どうだろうねー。ただ術式ぶつけただけって感じかも」


 思い返せば、力の差がありすぎて本来の決闘にはなっていなかった。


「まあ、いい暇つぶしにはなった……かな」

「でも、もう簡単に決闘なんてやらないでくださいよ? 一応王女なんですから。怪我とかの問題じゃないですし」

「わかってる。っていうか、あたしだってやりたくてやってるわけじゃないんだから」

「結構ノリノリでしたけど」

「あれはそういうふりをしていただけ。断った方が印象悪いし、不満そうに引き受けられるのもあれでしょ?」

「それもそうですね」


 もう少し強いと思っていた、というのが本音だったりもする。


 魔法を扱う者のうち魔物相手でも戦える魔法が使える人が持つ冒険者ライセンスのA級を持っているということもあって、その分魔力を隠していると思っていた。でもそれは間違いで、魔力は見えているものだけで全てだった。


 隠しているかどうか見破れるかと言われれば、それはお互いの熟練度次第。だから間違っていてもおかしくないことだが、フェリシアは自分が間違えていたことに少し落胆していた。


「じゃあ、そろそろ着替えましょう。ずっと制服っていうのもあれでしょう?」

「そうだね」


 リードに促されてフェリシアがベッドから立ち上がると、リードはフェリシアの部屋から出て、代わりにエミリアが入ってきた。


「制服は一度お洗濯いたしますのでこちらへ」

「うん」


 クローゼットの目の前にパーテンションを広げ、その中でフェリシアは普段着に着替えていく。一分もしないうちに制服全てがパーテンションの上から外に落とされ、フェリシアはパーテンションの中から

 出てくる。


「また魔法で着替えたのですか?」

「それ以外に何があるっていうの?」

「自分でちゃんと着た方がいいと思いますけどね」

「面倒なことをどうにかするために魔法はあるんでしょ? じゃあいいじゃん」


 フェリシアは魔法で自分の領域に色々としまい込んでいるのだが、それを利用して一瞬で自分に服を着せることが可能だった。高度な術式にはなるが、フェリシアはこれをよく使っている。


「まあ、お好きにしてください。それでは」


 エミリアはそう言って、制服を持って部屋を出て行った。


 それと入れ替わってリードが再度部屋の中に入ってくる。


「やっぱりその方がしっくり来ますね」

「あたしもそう思う」


 フェリシアの普段着は黒いワンピースで、ドレスっぽく白いフリルがついているものの裾が短いためドレスらしくはない。足元は同じく黒のニーハイソックスと黒いローファーで、フェリシアは全身真っ黒なのだが、服の間から見える白い肌と珍しい白銀髪のおかげで暗い印象はあまり受けない。


「あとこれ、ギルドから届いてました」


 リードがそう言って手渡したのは、長方形の黒い封筒だった。宛先はフェリシアで、送り主は書いていない。だが、この封筒はギルドの内密郵便の封筒だった。


 フェリシアは疑うこともなくその封筒を開けて、中の手紙を取り出す。


 その手紙は、フェリシアへの依頼状だった。


 フェリシアは一応S級のライセンスを持っているが、それは明るみになっていない。王でさえも知らないし、そもそも偽名まで使って取ったものだった。


 そんなことをしてまでライセンスを取りたかったのには色々と理由があるが、その代わり中央ギルドにあった依頼の中で十日間以上引き受ける冒険者がいなかった案件を全てフェリシアが引き受けるということで、ギルドマスターと交渉を締結させた。


 この依頼状の送り主はおそらくそのギルドマスター。この国に一つしかない中央ギルドのリーダーで、他の都市にあるギルドもまとめる、全ギルドのギルドマスターだ。


「さて、今回は何なんだい……?」


 フェリシアは楽しそうにそう言いながら手紙を読む。その内容は、巨大ガエルの卵を三つ納品するといった依頼だった。使用用途は食用となっているが、依頼主が魔法騎士団となっていることから頭数調整と思われる。


 魔法騎士団は主に国の護衛や入国管理などを行っているのだが、周辺の森林に危険生物が増えてしまうことを恐れている。そのため度々こういった頭数調整の依頼が中央ギルドに入るのだが、危険生物と言われている生物になど誰も関わろうとはしない。当たり前だ。


 しかもギルドに所属する冒険者たちは魔法騎士団と仲が悪い。騎士団の方が実力は下なのに威張ってきて腹が立ったり、そのくせこういう危険な仕事は丸投げしてくるし、騎士団を落ちてギルドに入った者も多いし、色々なところで仲が悪くなりつつある。


 そうして誰もやろうとしなかった仕事がフェリシアに回ってくるわけだ。


「それにしても、騎士団の報酬はいいねー」

「もったいないですね、ギルドの冒険者たちも。気持ちはわかりますけど」


 仲が悪いくせに、報酬だけはなぜかものすごくいい。それでも引き受けたら他の冒険者たちに変な目を向けられそうだとか、周りを気にしてみんな引き受けない。そもそも、ライセンスが足りていないということもある。


 ライセンスは冒険者でなくても取得できる万国共通の魔法能力証明書のようなものだ。SからFまである級の中で、ギルドに入れるのがB級以上でそれは人口の約二十五パーセント。ちなみに騎士団もB級以上だが、A級はいない。そしてS級は人外と呼ばれるくらい圧倒的で、Aとでは天と地ほどの差がある。


 と言っても、巨大ガエルくらいならBが同等くらいでAなら安全圏。やはり損しているような複雑な気分にさせられるだろう。


「引き受けますか?」

「もちろん」

「ではそのように連絡しておきます」

「よろしくね、リード」

「はい」


 そう言ってフェリシアが手紙をリードに任せたその時、フェリシアは妙な気配をどこかに感じた。場所は城から遠い位置。そんな位置でも感じられるということは、その気配の正体は何らかの魔物。しかもそこら辺にいるようなものではないし、危険生物扱いされている巨大ガエルよりも強い魔物だ。


「リード」

「はい。私も微かに感じます」


 これをこの距離で感じるのは、かなりの魔力を保持して扱える実力者のみ。具体的にはA級の上位以上。この国でもほんの一部の人間しかわからない。


「これって……学院だよね?」

「おそらく」

「あたし、行ってくる」

「お待ちください!」


 部屋の窓の方に駆け出そうとするフェリシアを、リードは寸前で腕を掴んで止める。


「確かに学院です。この距離で気配を感じるということは、確実に強い魔物です。ですが、それはもう詠唱状態に入った証拠。今から間に合うはずがありません」


 この気配と呼んでいるものは、術式に魔力を流し込んだ時に漏れ出す魔力によって発せられるもの。つまりもう術式は発動寸前で、今から行っても間に合うはずがない。


「間に合わなくても、誰かが止めないと。被害は最小限に抑えたい」

「ですが! あなたは王女です。仮に魔物を倒したとして、今度はあなたが魔王呼ばわりされて、恐れられる。私はそんなことになってほしくありません」

「他の人が気付いているかわからない。誰かが向かう保証は無い。それに……」


 フェリシアはリードの腕を優しく振り解く。


「学院は、未来のこの国を造る人間が沢山いる。ここで終わらせるわけにはいかない」


 おそらく今は、クラブ活動の最中。生徒たちは多くいるはず。気配の強さなどからして、魔物の強さはA級保持者でも厳しいほど。となればSを保持する者だけが今確実に勝てると言える状況だが、今この国にいるS級保持者はフェリシアのみ。


「もう、あたしがやるしかないんだ。……ね?」


 これでも、フェリシアからすれば確実に勝てる相手。恐れることは何も無かった。


「……わかりました。ですが、怪我だけはしないでください」

「うん。ありがとう、リード」


 そしてフェリシアは部屋の窓を大きく開け放ち、それと同時に黒いフード付きのマントに身を包んで口元を黒いマスクで覆い、縁に足を掛けて宙に飛び出して国立高等魔法学院に向かった。

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