第6話 実技補習……?

「来ましたか」

「ええ。時間通りだと思いますが」


 広場の真ん中にいた男性教師とフェリシアは少し話をする。


「そちらは?」

「フェリシア様の護衛をしております、リードと申します。学院内でもほとんど共におりましたが……」

「そうでしたか。最近学院に来たもので、存じずすみません」

「いえ」


 さすがに半年に一回しか来ない王女の召使いなんて何年もいる教師でも覚えていないだろう。


「今から実技の補習を行いますが……危険なので見学は校舎内からお願いできますか?」

「それには及びません。自分の身くらい自分で守れなければフェリシア様の護衛など務まりません」

「そう……ですか」


 リードは見学なんかじゃないんだけどなぁ……などと思いながらも、適切な表現が見当たらずにいたフェリシアだったが、そのフェリシアが介入するまでもなくリードは教師を上手く言いくるめた。


「あと、生徒たちが殿下の術式を見たいと校舎の方から見ているのですが……よろしいでしょうか?」

「私はかまいませんが」


 さっきからやけに視線を感じると思えば、そういうことだったのか。とフェリシアは納得していた。


「それでは、始めましょう。実技の補習を」

「ええ」

「実力を測るものなので、全力でお願いします」

「全力なんてやったら死んでしまいますよ?」

「またまた。そんなはずないでしょう? 私だって元々魔法で仕事してたんですから」


 この会話を聞いた生徒全員が教師は馬鹿だと思うだろう。この国に住んでいればどんな人でもフェリシアの噂は知っているだろうし、そのおかげで王位継承権第一位になっていることも有名な話。ここまで信じていない人間も珍しい。


「それならまあ、あなたに合わせて、あなたの全力に合わせましょうかね」

「いくら王女でも、教師に向けてそれはどうかと思いますけど」

「ああそうですか。じゃあ、大人しく始めますね」


 フェリシアも段々面倒くさくなってきていた。


「そうですね。どうぞ」


 そしてフェリシアは十メートルほど距離を取って教師の正面に立ち、教師に向かって右手を伸ばす。


 そのフェリシアの右手から炎が噴出し、ものすごい速さで教師に向かっていく。


 教師はギリギリのところで横に飛んで避けたが、ただ横を通過しただけなのにその威力の凄まじさに圧倒されていた。


 教師が避けた後、その炎は広場を取り囲む森の中に突っ込んでいくかと思いきや、その寸前で炎が壁にぶつかったように止まり、森が火事になることはなかった。


「何だ……これは……」

「どっちのこと聞いてるんですか?」

「どっちって……?」

「私の噂、聞いたことがないとは言わせませんよ? でも、聞いたことがあるのなら本気で、なんて口が裂けても言わないと思いますが」

「確かにすごいとは思ったが、しょせんただの噂で変なものが付いただけだと……噂みたいな人間がこの世界にいるとは思えない」


 そう思ってしまうのも無理はないが……それでも流れているフェリシアの噂は本来のフェリシアの強さには及ばないほどになっている。実際の方が強いとかっていう珍しいタイプだ。もちろんそれを見せていないのはフェリシア自身で、知るわけがないのだから疑われることもしょうがないと思っている。しかし、見くびられることにはさすがに腹が立った。


 だからというわけではないが、フェリシアは元々考えていた威力以上の力を出してしまっていた。一応広場を覆うように結界を張っておいたからよかったものの、普通に避けられてしまっては森一帯が火事になりかねない。


 そういえば、炎にしなきゃよかったな……とフェリシアは術式を発動し終えた頃に気付いた。


「どうして、いると思えないと?」

「元冒険者なんです。それで世界を見て回って、そんな人に会ったことがなかった」

「お前、本当に冒険者か? しかも世界規模の。なのに……あ」


 思わず素が出てしまっていた。でも、この世界にはまだフェリシアより強い人間は多くいる。それはこの国から出たことがないフェリシアでも知っているというのに、世界を旅していてそれを知らないだなんておかしい。何か嘘をついているような……とフェリシアは予想した。


「今のは忘れてください。でも、何かおかしくないですか?」

「冒険者って言っても、ただの観光客みたいなもんだったからな……」

「勘違いさせないで」


 ただの観光客なら知らなくても無理はない。でも、それはそれでどんな経歴なのかがフェリシアは気になっていた。まあ、知ったところで何も起こらないが。


「それで、どうします? まだやります?」

「ここからは決闘ってことでどうですか? これでも一応A級冒険者だし」

「じゃあ何で観光客やってたんですか?」

「色々あるんだよ、大人には」


 なぜか二人は王女と教師ではなく、魔法を扱う者同士として話が進んでいっていた。こうなったらもうリードでもどうにもできない。一応結界には防音効果があるので他の生徒たちにはこの王女らしくない会話は聞かれていないことが不幸中の幸いだった。


「じゃあ決闘しましょう。ちょっとやる気出てきたので。いいよね? リード」

「はぁ……もう勝手にしてください」

「ありがとうリード」


 フェリシアが対人戦をやるのは久しぶりのことだったため、少し気合が入っていた。


「言っておくけど、私S級ライセンス持ってるからね、一応」

「格上だってことはわかってる」


 教師も勝てると思ってやっていないだろう。


「そういえば、名前は?」

「フォード」

「よろしく、A級冒険者フォード」

「よろしくお願いします。王女フェリシア」


 二人はそう言い合った後、お互いに術式を発動した。


 フェリシアは先ほどと同じ炎、フォードは電撃をお互いに向けて放ち、ちょうど中間あたりでそれがぶつかって爆発した。


 二人は互いに無詠唱で比較的高出力の術式を発動していて、どちらも高度なことをやってのけている。


 暴風が吹き荒れる中、二人は再度同じ術式を発動させる。


 先ほどは消えた術式だったが、今度はぶつかり合ったまま消えず、威力だけで押し合うことになった。この状態では魔力量で勝るフェリシアが確実に有利だ。


 フォードはこの状態を避けたかったのだが、今はフェリシアの勢いを遮ることに精一杯になってしまい、避けることが出来なかった。


 そしてフェリシアが少し出力を上げると、ついにフォードは耐えられなくなって、電撃は消え去ってしまった。


「あ……」


 死を覚悟したフォードだったが、フェリシアの炎はフォードに達する寸前で消え散り、炎の欠片が舞い散って光り輝いていた。


「何だ……これ……」

「綺麗でしょ。これだから魔法は止められない」

「確かに、綺麗ですね」


 決闘は終わり、この瞬間二人の関係は王女と教師に戻った。


「ありがとうございました、殿下」

「いえ。とりあえず、この決闘であったことは内密に」

「はい。せめてものお礼です」

「ありがとう」


 あの素のフェリシアが少しでもバレたら大変なことになるということは本人もわかっていた。フォード側もそれが利益のない決闘を受けさせた決闘料だと思えば軽いものだった。


「では、これで実技の補習を終わります。必要無かったと思いますけど、お付き合いいただきありがとうございました」

「補習だし、一応やっておかないといけないですから」

「そうですね」


 こうしてフェリシアは、無事に全ての補習を終えた。


「フェリシア様、お怪我は?」

「大丈夫」


 リードは心配そうに駆け寄ってきたが、実際のところそれは演技だ。人前で王女の護衛として付く嘘。


 そして破れた結界を抜けて生徒たちが校舎から顔を出す。その中に、例のフレデリックもいた。


「殿下、すごい……ですね」

「これくらい、当然です」

「これが……当然……」

「ええ。もちろん本気などではありませんし」

「これで……本気じゃない……!?」


 フレデリックはとても驚いていた。


 噂を知っていれば驚くことは無いかもしれないが、この様子ではどうやら知らないようだった。その噂というのは、フェリシアが本気を出せば王都を吹っ飛ばせるだとかいうものだ。


 そんなことやったことないので本人は否定も肯定もできないが、もしかしたらできるかも程度には思っている。


 それが本気だと仮定すると、ただの冒険者が、ただの生徒が勝てるはずもなかった。


「どうしますか? やりますか? 決闘」

「い、いや……やめておきます。殿下もお疲れでしょうし」

「じゃあ、そうしましょう」


 別に疲れてはいなかったが、決闘を断るいい文言になった。


 こうして用が無くなった学院を、フェリシアは後にした。もう半年は来ないだろう。多分。

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