第5話 昼休み
そして校舎を出てフェリシアが向かったのはリードが待つラウンジだった。
学院を取り囲む森の中に抜け道ができていて、フェリシアはそこを抜けてラウンジの建物に向かった。
建物はリードが言った通り迎賓館のような豪華な造りをしていて、大きさもかなり大きかった。
でもフェリシアはどれほど驚かなかった。それもそうだろう。この国で一番大きな建造物に住んでいるのだから。
驚きも躊躇もせずに建物の中に入っていくと、まずエントランスホールが見える。その中央に受付があり、受付のカウンターに二人のスタッフが立っていた。
「あの……リードってどこに……?」
「今ここにお呼びしますね。少々お待ちください」
「お願いします」
スタッフの一人が戻ってくるのを待っていると、一分もしないうちにリードがスタッフよりも早くラウンジから飛び出してきた。
「そんなに焦らなくてもいいのに」
「急に呼び出されたらそりゃ焦るでしょ」
「急にって。お腹すいたから来ただけ」
「確かにそんな時間でしたね……」
リードはフェリシアに何かあったんじゃないかと焦っていたようだったが、何事も無くて安心していた。
「今日は何?」
「サンドイッチです」
「おお……」
「とにかく、移動しましょう」
フェリシアの王女らしい雰囲気が壊れそうなのを感じて、リードはフェリシアをそう促す。
それに合わせてスタッフも奥にある王族専用の部屋に二人を案内した。
「それでは、ごゆっくり」
そう言ってスタッフが去っていくと、部屋は二人だけになった。
王族専用だというその部屋はその名にふさわしい豪華さで、金や赤といった派手な色の絨毯や壁の装飾が施され、天井には大きなシャンデリアがぶら下がっていた。
「眩しすぎ……何でこんな部屋なの?」
「我慢してください。しょうがないんですから」
「そうだけど……」
普段暗い部屋にしかいないフェリシアにとっては、シャンデリアのお日様より明るい光が眩しすぎた。
「とにかく食べましょう。どうぞ」
リードはカバンからケースを取り出してフェリシアの前に差し出した。
「ありがとう、リード」
フェリシアはそう言ってケースの中のサンドイッチを取り出して頬張った。
「おいひい」
「よかったです。今日お腹に何も入れてないですもんね」
「そうだね」
朝食は食べ損ねたし、何時間も頭を使ったおかげで極限の空腹状態だった。そのおかげか、何も変わらないごく普通のサンドイッチも美味しく感じる。
「……リードは違うんだね」
「まあ。同じものなわけもないですから」
フェリシアが言っているのは、リードの昼食のことだった。リードが持っているケースに入っていたのは昨日の夕飯で出た野菜の炒め物の残りだった。
なんとなく、人に残り物を食べさせるのは少し気が引ける。自分の残り物でないにせよ、自分だけいいものを食べているという罪悪感のようなものだ。王女が召使いにそんなこと思ってどうすると言われてしまいそうだが、フェリシアにとってリードは特別なのでどうしてもそう思ってしまうのだった。
「気にしないでください。捨てるのがもったいなくて貰っただけなので」
「それならいいんだけど……」
リードが自分でそれを選んだのなら止める権利は無いが、それを選んだ気持ちに召使いだからというのが含まれていないとは思えない。フォローされても少し罪悪感は残る。
でも腹は減っているので、フェリシアはたまごサンドイッチをすごい勢いで頬張った。
「喉詰まらせないでくださいね」
「わかってる」
そして十分もしないうちに五つもあったサンドイッチを全て平らげた。
「ふぅ……」
「腹は満たされました?」
「うん。まんぷく~」
「よかったです」
いつの間にかリードも食べ終えていて、入れ物を片付けていた。
「そういえばさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「侯爵家のさ、フレデリック・オールドリッチ……? だっけ。どんな人なの?」
「オールドリッチ侯爵の長男ですかね。確か同級生ですよ」
「そうだったんだ……」
フェリシアは、てっきり何も知らない新入生か何かだと思っていた。
「それがどうしたんです? 急に」
「えっと……さっきさ、決闘を申し込まれて……」
「決闘!?」
「もちろん本気でなんてやらないけどさ、ルールもあえて一撃決着にしなかったし」
「ギブアップ式に?」
「そう。わざと変なところに飛ばして、その威力でビビらせてやろうと思って」
王女に決闘を挑んでくる奴なんて、一回絞めておかないと。なんて少し怖いことも考えていた。
「それで、何が聞きたいんですか?」
「止めないんだ」
「今止めて何になるんですか。どうせもうやることは決めてきたんでしょう?」
「そうだけど」
リードはもう諦めてフェリシアに協力することにした。
「聞きたいことは、実力かな」
「実力ですか。あまり詳しくは知らないんですけど、噂では学院で二番目だとか」
「一位は?」
「ウィリアム様です」
「あー、ウィルは確実に強いもんね」
学院に年二回しか顔を出さないフェリシアは数えられてすらないようだった。ちゃんと数えられていれば確実に圧倒的大差で一位だっただろう。
「午後は実技の補習で、その後に決闘やる予定だから。もしかしたら補習の術式見て怖気づくかもね」
「だといいんですけど」
「やっぱり決闘は、ダメ?」
「当たり前じゃないですか。あなたも決闘なんてやりたくないでしょう?」
「そうだけど……しょうがないじゃん」
怪我でもされたら困るし、その時は自分の責任になるからやってほしくないというリードの気持ちも理解できる。断ったらちょっと印象が悪くなるだけで受けた時の利益なんてないのに、フェリシアは自分でも何で引き受けてしまったのかわからなかった。
「じゃあ、私も立ち会います」
「え?」
「あなたを守るのが仕事ですから。私はただの召使いじゃないんですよ?」
「護衛……ね。あたしはそんなに弱くないし自分で自分の身くらい守れるのに。過保護なんだから、ほんと」
「愛されてる証拠じゃないですか」
「縛り付けておきたいだけ。愛とは違う」
「そうですか」
フェリシアは王である父と関係がいいとは言えない。自分のやりたいことはやらせてもらえないし、全て王の言う通りにしなければならないだなんて、王である前に父親じゃないのかと言ってやりたいくらいだったが、王にそんなことできるはずもなく結局微妙な関係になってしまっていた。
「あたしは王になんてなりたくないって言ってるのにさ、全く聞いてくれないし。やりたいことは全部ダメって言って。話くらい聞いてくれてもいいのに、娘にも権力使うかーって」
「それはあなたにも少しは非があると思いますけど」
「わかってるよ? 王女らしくしなさいっていうのも。でも、そんな人生楽しくないじゃん」
「それがあなたのいいところでもありますかね」
本来はリードが説得する立場だが、もうそれは無意味だと知っているのでもう受け入れることにしていた。
「……わかった。リードも来て」
「わかりました」
そして少し腹休めの休憩を挟んだ後、時間になったので二人は学院の校舎を抜けた先にある広場に向かった。
その広場は街にある広場みたいなものではなく、ただの広い草原と言ってもいいスペースだった。
ここでは実技科目の全授業が行われていて、今はところどころ草が無くなっているところもあった。おそらく午前の授業でできたものだろう。これくらいはすぐに魔法で直してしまうのだが、これからフェリシアの凄まじい威力の術式で全て消し去られるかもしれないので直していないのだろう。多分。
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