第4話 貴族の息子

 授業が終わってフェリシアが講義室を出ようとすると、扉の外側がやけに騒がしいことに気が付いた。


 何かあるといけないので先に教師が扉を開けて外に出ると、扉の外には生徒たちの人だかりができていた。


「こんなに集まってどうしたんだ?」


 教師がそう聞くと、集まっていて生徒たちは口々にフェリシアが来ていると聞いて少し見に来たといったことを言っていた。


 こんな王女でも意外と人気あるんだなーなんて思いながらフェリシアが外に出ると、ざわめきが歓声のようなものに変わる。


 フェリシアは人ごみに飲み込まれ、身動きができなくなってしまっていた。これは王女の身体保護の観点からしても良くない状況だ。かといって教師がどうこうできる人数でもなく、なかなか助けることもできない。


「……あの、道を開けていただいてもよろしいでしょうか」


 その時、そうフェリシアの声が廊下に響き渡ると、場は一気に静まって、フェリシアの前には道ができた。


「ありがとうございます」


 そう言いながら校舎の外に向けて歩き出すと、背後から人ごみの大半とは違う思いがこもった視線を感じた。危険が迫っている可能性もあると思って振り返ると、そこにいたのは一人の男子生徒だった。


 感じ取れる魔力量は平均以上。だがフェリシアほどではない。当たり前だが。


 それ以上に、どこか自身有り気な表情をしていることに妙な違和感を覚える。


「すみません殿下」

「なんでしょう?」


 何を言われるのか、不安と好奇心が入り乱れた感情が駆け巡る。


「私とお手合わせ願えませんでしょうか?」

「決闘……ということですか?」

「はい」


 フェリシアが最初に思ったのは、『こいつは馬鹿なのか』だった。


 だってフェリシアは王族で、少なくとも身分は上。そして魔力量もフェリシアが上。多すぎるがゆえに魔力はほとんど隠している状態だが、さすがに今漏れている僅かな魔力が本当の魔力量だと思って挑戦してきているわけがない。天才や神童と呼ばれる人間だぞ?


 仮に魔力が僅かだとしても、それで勝ったところで王族に泥を塗った人物として名を刻まれる。どう取っても利益なんて無いため、フェリシアはとても疑問に思った。


「なぜですか? 理由を伺っても?」

「それは……ただ自分の実力を知りたいからです」


 ますます意味がわからない。それならわざわざフェリシアでなくてもいい。


 でも、このよくわからない奴を叩きのめしてみたいという謎の好奇心もあった。


「わかりました。では、ギブアップ又は教師の仲裁があるまでというルールの決闘はいかがでしょう?」


 フェリシアがそう言うと、周りからどよめきが巻き起こる。


「殿下、一撃決着が学院では主流で……」


 どよめきの正体は、決闘が行われることよりもそのルールに驚いたものだったようだ。


「あなたはそれで実力が試せるとでも思っているのですか? たった一撃で」

「それは……そうですね。私から申し込んだ決闘ですし、殿下のルールに従います」


 納得したんだか権力に屈したのかわからないが、とにかく自分がやりたいルールでやれることになったことで、フェリシアはやる気が出てきていた。


「そういえば、名前を伺っていませんでしたね」

「えっ、あっ……そうでした。すみません」


 まさか本人も気付いていなかったようだ。


「フレデリック・オールドリッチと申します」

「オールドリッチ……侯爵家ですか」

「はい」

「よろしくお願いします。フレデリック」

「お願いいたします! 殿下」


 侯爵家は二番目に身分が高い貴族家。最上位の公爵家が一つのみということを考えると、身分は超がつくほど上位である。


 とは言っても王家には及ばないが。


「それでは、午後の講義が終わってからはいかがでしょう」

「本日は午前日課なのです、殿下」

「そうでしたか……ですが、私は午後からもありますので、それからがいいのですが。嫌なら止めていただいて構いません」

「いえ。午後まで待たせていただきます」

「そうですか」


 せっかく断られるかと思ったのに。などと内心思っていたが、せめてやるなら実技補習の後がいいという意見が通ったのでまだいいか、と最善の道まで持っていけたことで満足することにした。


「では、また」


 自分でも何でこうなったのかわからないが、とりあえず決闘は受けることにしたフェリシアは、校舎の外に向けてまた廊下を歩き始める。


 何事も無く校舎の出入り口にたどり着いたと思えば、今度は背後から声をかけられる。


「フェリス様」


 今度も男子生徒だ。でも、こっちはまだ知り合いの生徒。


「何ですか? ウィリアム・キャントレル」

「ウィルでいいって言ってますでしょう? フェリス様」

「……やっぱり気持ち悪いですね。この呼び方」

「でしょう?」


 その男子生徒はウィリアム・キャントレル。公爵家の次男で、フェリシアとは幼い頃からの知り合いだった。


 ウィリアムは魔法の才能があって、顔も良くて、勉強もできて、とにかく人気者だった。魔法以外はフェリシアとは真逆と言っていい。


 そんなウィリアムがフェリシアに話しかけている状況を見ていた周囲の生徒たちは、複雑な心境がよくわかる怪訝な顔をしていた。


「あの、ちょっと」

「ん?」


 フェリシアはウィリアムに距離を詰めるようにジェスチャーで示し、人が多い方向に背を向けて小声で話し始める。


「わかってやってるの? それ」

「それって?」

「はぁ……」


 ウィリアムは周囲の感情に気付いていないようだった。


「あなたは人気者。身分の差で言わないだけで、好意を寄せる子も多い。私だって、一応こんな王女でも人気あったし……」

「なになに?」

「つまり……嫉妬されてるから! 人の嫉妬って怖いから。身分なんて関係なくなるっていうか、そういう感情は理性を忘れさせる」

「何が悪いんだよ。実際、王女に話しかけられるのは俺だけだろ?」

「そうだけど……嫉妬心を生まないことも大事っていうか……」


 みんなが憧れる王女と公爵令息。お似合いだと言う人もいれば、どこか腑に落ちないと思う人もいる。これもフェリシアが覚えてしまった全員のことを考える行動。


「俺が誰と話そうと俺の勝手だろ。俺が話したいのはフェリスで、俺が好きなのはフェリスだから」

「は……!? 公衆の面前で何を……」

「フェリスが俺と話したくないっていうならそう言えばいい」

「私はあんたのことを考えて……!」

「じゃあ無用だ。俺は公爵家の次男で、フェリスは王位継承権第一位の王女。力でねじ伏せればいい」


 文句なんて言わせない。人気だろうが知ったことじゃない。自分の気持ちのままに生きる権力が、二人にはある。ウィリアムは、そう言いたいのだろう。


「……ちょっと会わない間にそんなこと考えるようになったんだ」

「生きていくには大事なことだ」


 力でねじ伏せるだなんてウィリアムの口から聞いたのは初めてだったため、フェリシアは少し驚いていた。だが、ウィリアムももう子供ではない。それくらい普通なのかもしれないと納得もしていた。


「まあ、対人関係で誰がどう思おうが関係ないっていうのはわからなくもないし、王女と公爵家の次男が話していてもおかしくない。嫉妬なんてする方がおかしい。……まあ、そうだね」


 そもそもそんなに嫉妬する現実を受け入れない人のことを気にしている方が馬鹿馬鹿しくなった。


「一応俺、彼女いないから」

「あれだけ女の子に囲まれてて?」

「今まで生きてきて告白されたことないから、俺」


 公爵家の次男なのに、それとも公爵家の次男だからなのか、理由はどうでもいいが、フェリシアにとっては少し意外だった。


「わかった。……いつも話しかけてくれてありがと」

「どういたしまして」


 そして二人は何事もなかったかのように別れた。


 フェリシアが誰にも気付かれずに弱い結界を張ったおかげで唯一付けた効果の防音が発動しておそらく内容は外に漏れていない。


 ちなみに結界は基礎魔法の一つである。

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