第9話 3日目 朝②

  しばらくして、オリバーは部屋にやって来た。

最初に会った頃と同じように、黙して一礼する。シャルルが呼ぶと、やはり黙したまま、ベッドのそばに寄った。

「……お呼びでしょうか」

  見た目通り渋い声。急な呼び出しに、動揺している様子もない。さすがだぜ、オジサマ。

「正確には……、お兄様に、信用できる人を呼んでもらいました」

  少しだけ、オリバーが眉をひそめた。シャルルが続ける。

「急に呼んですまない。この子から、大切な話がある。一緒に聞いてほしい」

  彼が、私を見る。目は灰色なんだな、と関係ないことを思う。

「あなたは、『公爵家』ではなく、『お父様』に忠誠を誓っていると聞きました。あなたは、絶対にお父様を裏切らない。そして、お父様から任されたお兄様のことも、裏切らない」

「神とアスラ王に誓って」

「あなたの騎士道を信じ、お話したいことがあります」

  私は大きく息を吸い込んだ。

「何者かが、夜会の料理に毒を入れようとしています」

  シャルルが、息を飲んだのが分かった。オリバーは、努めて落ち着いた声で、聞いた。

「理由を、お聞かせ願います」

「夢です」

  言い切る。

「夢の中で、声を聞きました。夜会の料理を食べてはいけない。毒が入っていると」

「……」

  話は、伝え方が大事だ。

『実は転生者で、この世界はゲームの世界で、私には未来が分かるの!』といって、誰が信じるのだ。私だって、まだ信じきれてないのに。

荒唐無稽な私の話を、全部受け入れられるとは思わない。

  でも、一部『未来が分かる』この部分なら、信じてもらえるはず。

  この世界は現代と違って、魔法があって、精霊がいて、神への信仰が人々の心に残ってる。

  つまりは、神のお告げ大作戦である。

  信仰心どころか、この世界の神話もあやふやな私が、お告げを騙るのは気が引ける。後でバチが当たりそうだから、やりたくはなかった作戦だ。が、もう仕方ない。

「……かつて、ひとりの娘が流行病の夢を見た。それからしばらくして、本当に、町で病が流行した。そして今度、娘は流行病の薬を作る夢を見た。起きてからその薬を作り、病を治めた」

  オリバーが、低い声で語る。

「とある少女の話です。彼女は、神からのお告げを、夢として見たのだと言われています」

「なら……、レイリアスの夢も……」

  シャルルは、口元に手を当て考えこむ。しかし、すぐに、顔を上げた。

「お父様は?」

「王城に」

「今すぐお父様に報告と、調査をお願い」

「はい」

  オリバーはまた一礼し、出ていった。

  私は大きく息を吐く。一気に肩の力が抜けて、ついベッドに倒れてしまった。

  ぼふっと、でかい枕に埋もれる。頭がずきりと痛んだ。

「レイリアス。大丈夫? 辛いことを、よく話してくれたね」

「いえ……お兄様」

  シャルルが、私の額に手を当てる。ひんやりして気持ちいい。

「お兄様は……大丈夫ですか」

「大丈夫だよ」

「怖くは、ないですか」

「……怖くないよ。毒なんて、よくあることだから。お父様の12歳の誕生日のときも、食事に毒が盛られた。トーズラントを、よく思わない貴族は多いんだよ」

  9歳とは思えない、落ち着きだった。

  怖くないわけないのに。手なんてこんなに冷たいのに。

  それでも、妹を怖がらせないよう笑ってる。

  分かっている。私が思っているほど、この子は子どもじゃない。私が9歳の頃と比べたら、全然大人だ。

  貴族の教育は、それこそ生まれたときから始まる。幼い頃から知識を、マナーを叩き込まれ、17歳には社交デビュー。20歳の前に結婚、令嬢なら出産も経験する。10歳すぎたらもう大人、そういう社会だ。

  その上、いつ爆発するかも分からないヒステリックな母親と、ほぼ家にいない父親。

  守ってくれる人間がいない環境で、彼は大人にならざるえなかったのだろう。

  オリバーという信用できる大人がいたのは良かったけれど、彼だって四六時中一緒にいるわけじゃない。

  初めてレイリアスと会った日、庭を案内したと言っていた。

  仲良くなろうと思った。もしかして、彼も私と同じく、『味方』が欲しかったんじゃないか。

「お兄様。少しだけ……、手を握ってくれる?」

「うん。もちろん、レイリアス」

  妹である『レイリアス』は、シャルルを子ども扱いできない。でもせめて、そばにいよう。

  孤独を埋める『味方』として。

  12時。オリバーが戻ってきた。険しい顔がさらに険しく、緊迫した様子で彼は告げた。

「犯人が見つかりました」

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