第10話 3日目昼

「侍女から庭師、厩番まで、屋敷の使用人全ての部屋を捜索したところ、マイクの部屋から毒の小瓶が見つかりました。現在、懲罰房にて身柄を拘束しております」

  矢継ぎ早に報告は続く。

  マイク。聞いたことのある名前だ。毒味役、だったか。

  てか、懲罰房って、私が昨日連れてかれた地下の部屋か?

  7つの子どもを懲罰房に入れたのかよ、あのクソ女。

「お父様は?」

「すでに王城を出たようです。公爵閣下より、『夜会は予定通り行うこと』『毒味は、護衛騎士の中より選ぶこと』とのご指示です」

「……分かった」

  シャルルは安堵した表情を浮かべる。私も、つめていた息を吐いた。

  犯人は見つかった。事件は未然に防がれた。

良かった。

  シャルルと顔を見合わせる。ありがとう、と彼は笑う。

「レイリアスのおかげだよ」

「そんな……」

「ごく稀に、強い魔力と清い心根の持ち主に、神は加護を与え、声を届ける。おそらく、お嬢様は、神に愛されたお方なのでしょう」

  まさか。思わず、鼻で笑いたくなった。

  神に愛された人間が、突き飛ばされて死ぬか?  悪役令嬢に転生するか?

  前世にやましいことなどひとつもないが、聖人だったつもりも全くない。

  あ、いや、やっぱりコスプレ垢は見られたくないわ、やましいことあったわ。やましいって程じゃないけど、コスプレは家族に見られたくないよねえ!お姉ちゃん非オタだしさあ!

  よっちゃん(幼なじみ腐女子)と、『お互いになんかあったときのため』ってツイ垢のパスワード渡したけど、なんとかしてくれてると良いなあ!  信じてるぞ、よっちゃん!

「レイリアス、やっぱりまだ顔色が悪いね」

「いえ……、大丈夫ですわ……」

  うん、やめよう。今の私には、どうすることも出来ないことだしね、余計なことは考えないに限る。

「それより、お兄様。そろそろ支度をしないと。夜会のお支度は、時間がかかります」

  あまり夢の内容を突っ込まれても困るので、話題を変えることにした。変に褒められるのも、むず痒い。

「女性ほどかからないよ」

「でも、早い方がいいです」

  5分前行動は基本だからな。

  シャルルは、でも、と渋る様子を見せた。夜会自体、気乗りしないのだろう。危うく毒殺事件が起こるとこだったのだ。気持ちは分かる。

「レイリアスは……」

  私の心配だったか。

  アニメではクール系で、レイリアスともあまり仲良くないようだったけれど、本来は妹想いの優しい子なのね。

  それとも、成長とともに、変わっていたのか。

「恐れながら……。今日一日は安静に過ごされた方がよろしいかと。医師によれば、大事なしとのことですが、万が一もありますゆえ」

「私は大丈夫です。ソニアもいますわ。ね?」

  小首を傾げて見つめれば、シャルルは渋々頷いた。

「分かった。行ってくる。食欲があるようなら、後で同じ料理を運ばせるよ」

「ありがとうございます」

   名残惜しそうに、彼は部屋を出ていく。オリバーも引き続きマイクに事情聴取を行うため、出ていった。

  ひとり取り残された私は、ベッドに寝転がり、天井をぼんやり眺める。

  ひとまず、これでレイリアス処刑フラグ①回避&虐待問題解決かな。

  ずきずきと頭が痛む。私は、目を瞑る。まぶたの裏に、先程のシャルルの心配そうな顔が浮かぶ。次いで、ソニアの涙。

  ずっとレイリアスは孤独な少女だと思っていた。でも、彼女を心配し、泣いてくれる人がいた。陰ながらも、助けようとしてくれる人がいてくれた。

  アニメの、というかゲームでのレイリアスはどうだったのだろう。

  同じように、助けてくれる人はいたか。それに、気づいていたのだろうか。

  気づかなかったと思う。

  優しさには、余裕が必要なのだ。

  自分に余裕がないと、他人に親切には出来ない。

  そして、他人の親切を受け取ることも。

  他人にしてもらったこと、助けてもらったこと。それに気づき、感謝できるほどの余裕が、彼女にあったとは思えない。

  幼くして母を亡くし、義母から虐げられていたレイリアス。生い立ちだけなら、シンデレラのよう。

  シンデレラは王子と出会ったことで、報われた。

  彼女は、彼女の痛みが報われたことは、あったのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る