第7話 2日目?? 地下にて

突然だけど、叱ると怒るの違いはなんだろうか。

  あくまで私の主観的な意見だが、『叱る』は規律やその場のマナーに則って意見すること。『怒る』は、自分の中のルールや感情を相手にぶつけてるような、叱るよりもっと感情的なものだと思ってる。

  そう考えると、私は今まで『叱られる』より『怒られる』方が多かったなあ。

  なんでそんなこと考えてるかというと、今マリー夫人にめちゃくちゃ怒られてるからである。

  棚をひっくり返したあと、なんやかんやあって、この狭い部屋に連れてかれた。豪華絢爛リゾートホテル級お屋敷の中で、かなり異質な部屋だ。窓はなく、とても薄暗い。しかも、床は石畳むき出しで冷たいし。地下室まであるとは、本当に広いお屋敷ですね。

  マリー夫人の後ろで、キャサリンが控えている。ときおり、申し訳なさそうにこちらを伺っている。彼女の立場上、報告せざる得ないのは理解出来る。責める気はない。だから、そんな顔をしないで。

  中途半端な同情ならいらない。

  目が合ったら、キャサリンから目をそらされた。あら、嫌われたのかしら。

「聞いているの!」

  マリー夫人が、叫ぶ。淑女とは、大声で話さず、鈴を転がすような声音で話すもんだと思っていたが、どうやら違うようだな。

  ぶっちゃけ、聞いてない。

  私には、『あ、これ聞かなくていいやつ』と思う、理不尽な言葉や余計なご意見なんかは、聞こえなくなる高度なスルースキルが搭載されてるのだ。あんまり良くないスキルだが、社会で生きていくには役立つぜ。

  でも、聞いてないと思われると面倒だから、少しスルースキルを切ろうかな。

「売女の娘のくせに!お前のような人間は本来ここにいるべきじゃないのよ!置いてやってる慈悲も分からないなんて!本当に卑しいわね!公爵家の恥だと自覚がないの!?」

  聞かなくていいやつだったわ。

  怒りすぎて、何言ってんだが、よく分からんことになってる。棚にぶつかったことを叱られてるわけじゃないのは、分かる。

  いやー、でもね? 言わないけど、私が外を歩いていたのは、マリー夫人あんたの為なんですよ。明日あんたが殺されてしまう運命を変えるために、動いていたのであって、こんな怒られるのは理不尽だと思いませんかね?

  こちとら、7歳(精神年齢27歳)だぞ。もっと耳障りのいい言葉を使え。汚ぇ罵詈雑言を聞かすな。

「聞きなさい!」

  パシンと言う音。続いて、頬の衝撃。じわじわとくる痛みを感じて、ようやく頬を叩かれたのだと理解した。

「まともに話も聞けないなんて、本当に無能だこと!さすがは魔力もない下賎な女の娘だわ!人を苛立たせる才能だけはあるのね!あぁ!本当に、家の中にお前がいると思うだけで不愉快だわ!下賎な売女の娘、醜い容姿、無能な頭!少しは公爵家の役に立とうとも思わないのね、厚かましい!そんな恥を晒して、生きていられるなんて!死んだ方がマシじゃなくって?」

  ビンタされるのも、久しぶりだ。私は、頬をさする。

  何度受けても、この痛みには慣れないよな。痛さのレベルなら、紙で指を切る方が痛いけど。なんて言うのかな、心にくる衝撃ってのがある。痛いよな。こんな可愛い顔を傷つけるとか、信じられんわ。

「お前なんか!生まれなければよかったのに!」

  その言葉で、痛みは消えた。

「……今、なんつった?」

  マリー夫人の声が、ピタリと止まった。キャサリンが、息を飲む。思わぬ反論に、呆気にとられているのか。それとも、子どもとは思えないほど、ドスの効いた声に驚いているのか。こんな幼女の喉でこんな声出せるとは、私も自分で驚いてる。

「わたくしにそのような口を聞いて……どういうつもり!そんなことが許されると……」

「それ、本気で言ってます?」

  私は真っ直ぐ、マリー夫人を見た。

「天は人の上に人を造らず。生まれながら、上の人間なんていない。そうあろうとする努力と品格が、人の上に立つ資格になる」

  私の、大好きなゲームの受け売りだ。乙女ゲームじゃない。本格ファンタジーRPGの名作である。私はこの作品が、大好きで大好きで。初めてコスプレした、思い出のゲームでもある。

  やっぱり、大切なことは、ゲームと漫画とアニメが教えてくれる。

「あなたには、その資格がありますか」

  さっきの言葉が、頭の中で反響する。

「感情のまま喚き、口汚く罵るあなたに、公爵夫人としての資格がありますか」

『生まれなければよかった』

  親だろうが、継母だろうが関係ない。

  それは、大人が子どもに、一番言っちゃいけねえ言葉だろうが。

「人のことをどうこう言う前に、てめぇを鏡で見てみろ!クソババア!!」

  マリー夫人の顔が、見るまに鬼の形相に変わる。

  私、死んだな。

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