第6話 2日目朝

転生生活、2日目。

  起きても、やはり子どものまま。それでも、初日よりは慣れてきた。人の適応力とは凄いものだ。

  今朝、ソニアはなかなか部屋に来なかった。というか、部屋の外がなんだか騒がしい。昨日も騒がしかったが、より忙しないというか、ばたばたしている気がする。何かあるんだろうか。

  結局、ソニアが食事を持ってきてくれたのは、昼を過ぎてからだった。

「ごめんなさい……お嬢様……」

  今にも泣きそうな顔で、ソニアは部屋にやって来た。どうやら、彼女はよく泣く子のようだ。主に、私のせいだが。

  手にしたお盆の上には、パンとスープとゆで卵。昨日より質素になっているが、文句は言うまい。

  夫人に怒られるリスクを負って、運んでくれる。それだけで、充分だ。13歳の子どもに、これ以上は求められない。

  私がお礼を言うと、やはり泣きそうな顔のまま彼女は俯いた。

「明日の晩餐会の準備で……、なかなか時間がとれなくて……」

「きにしないで、だいじょうぶよ」

  そう言っても、彼女の顔は晴れない。参ったな。

「そうだ、あしたは、ばんさんかいがあるのね。なんで?」

「あ、明日は……」

  話題を変えようと思って質問したら、更に困らせてしまったようだ。

  準備してるってことは、会場はウチなんだよね。どうせ私は参加させられないだろうし、関係ないか。

「ソニア?」

「明日は……、奥様のお誕生日なので、そのお祝いです」

  なるほど、お誕生日会ね。

  一瞬、折り紙の輪飾りと、歳の数だけロウソクの刺さったケーキを思い浮かべるが、きっとパーティーにはそんなものないのだろう。

  まあ、庶民の我が家もやったことないけど。誕生日プレゼントは貰えたが、欲しいものは貰えなかった。貰えるだけありがたいと思おう。

  貴族のお誕生日会ともなれば、準備もそうとうだ。きっとソニアも、ここで私と話す暇などないはず。

  私は再度お礼を言って、ソニアを見送った。

同時に、猛烈な空腹感に襲われる。朝からずっと食べていない。さすがに限界だ。

  食べよ。

「マリー夫人の誕生日……か。そういや、なんかあった気がするな」

  固いパンをちぎりながら、ふと考える。

「てか、マリー夫人って、アニメではもう亡くなってたよな?」

シャルルは、『幼い頃に母を亡くした』と発言していた。幼い頃というと、ちょうど今くらいか。

「OK、Google!夫人がいつ亡くなったか、教えて」

  脳内を必死に検索し、アニメの記憶のファイルを開く。

  確かあれは、アニメ2話くらいのとき。学園の交流パーティーで、ヒロインはシャルルと初めて出会う。

  彼の態度は冷たく、ヒロインが料理の取り皿を渡そうとするも、それを無視し、別のところへ行ってしまう。

フォローするようにレイリアスが言う。

『お兄様は、パーティーでは何も召し上がりませんの』

『え……、なんでですか?』

『お義母さまは、ご自身の誕生日に……お亡くなりになりました。パーティーのお料理を、召し上がったそのときに……』

  ちょっと待て。

  食べていたパンが手から滑り落ち、スープの中に落下する。盛大に跳ねたが、そんなことはどうでも良い。

  パーティーのお料理?つまり、マリー夫人は明日の晩餐会で、亡くなる?

  なんかあった、どころじゃない。大事件だろ。

いやいやいや。一緒に思い出したぞ。レイリアスの罪状のひとつに、殺人罪もあったよな。自身の義母を殺した疑いがあると。

「よし、一旦落ち着け。整理しよう」

  私は胸に手を当て、深呼吸を繰り返す。

「シナリオでは、マリー夫人は明日の誕生日に死ぬ。それはレイリアスの仕業。10年後、彼女はその罪に問われ、処刑される」

  例え、義母であろうと、親殺しは大罪だ。死刑になってもおかしくない。

  つまり、明日マリー夫人が亡くなってしまったら、今後どれだけ闇の神復活を阻止しようと、王子との婚約を回避しようとどうしようと、処刑フラグは消えない。

  うん、詰んだ。



  たとえ何度詰もうとも、そう簡単に終わらない人生だ。

  終われないとも言う。

  詰んだゲームはリセットできるが、人生にリセットはないのだから。

  と、なんかいい感じのJ-POPにありそうなことを思いながら、私は物陰に隠れている。

  人の命がかかっているのに、呑気に部屋でじっとしてられない。ソニアが今日も鍵をかけ忘れてくれて、助かった。とにかく、時間が無い。

  正直、マリー夫人を助ける義理は全然無いと思う。マジで無い。ほんと。

  けれど、レイリアスの今後に関わる以上は、なんとかしないといけないのだ。私の気持ちは抜きにしてな。

  記憶を取り戻して2日。私はもちろん、殺す気は無い。いくら、毒親だとしてもない。しかし、2日より前から殺人計画と準備をし、今すでに完了している状態なのだとしたら。阻止できるのは、今しかない。

  屋敷は、お誕生日会の準備で大騒ぎだ。明日の主役はもっと忙しいだろう。今なら、きっと気づかれない。

  人がいなくなったタイミングで、私は廊下をかける。

  一応、目星はある。

  マリー夫人の死因は、毒殺だ。

  アニメにはっきりした描写は無いものの、料理を食べてなくなったという台詞、シャルルの食事への警戒心の高さからいって、間違いない。毒なら体格は関係ないし、事前に仕込むことも出来る。

  何より、この国ならば、毒の調達は容易いだろう。

  紫陽花。水仙。キョウチクトウ。

  トリカブトはさすがにないだろうが、園芸に使われる花にも、有毒植物はある。というか、植物にはみな、多かれ少なかれ毒を持っている。その毒性を減らし、人間の食用に変えてしまったのが『野菜』だ。

  そして、この国は、魔法と『花』の国。自然豊か、多種多様の植物に恵まれ、その植物を使った魔法薬や薬の精製も盛んだ。

「まあ、くすりにしなくても、そのまま食べさせることも出来そうだけど……」

  私は庭に出て、屋敷の裏手に向かう。

  向かう先は、使用人用の裏口。の、そばにある食料庫である。昨日、裏口から入ったときに、見かけたのだ。

  一戸建てくらいの建物があって、そこを使用人が行き来していた。あとからソニアに聞いたら、そこが食料庫だと。普段の料理に使う食材や、いざと言うときの備蓄があるらしい。使用人なら、誰でも入れる。

  周りに人がいないことを確認し、私は食料庫へ足を踏み入れる。

  中は結構広い。暗く、涼しく、小学校の頃見学した、古い蔵みたいだ。

  数ある棚には、いろいろな瓶やら紙袋やらが並び、床には麻袋が積まれている。収穫した小麦だろうか。

  姿勢を低くして、棚の間を歩き回る。

  視界に、鮮やかな色がうつり、私はそちらに歩を進める。

  それは、木製の桶に生けられた花だった。10個以上の桶に、色とりどりの花が咲く様子は、花畑のようだ。

  これが、王国の特産品のひとつ、エディブルフラワー。食用花だ。

  この国は、花を愛し、花を育て、花を食べる文化がある。

  元の世界にも、バラのジャムやスミレの砂糖漬けとかあった。日本なら、菊や桜かな。

  木を隠すなら森の中。採取した花をここに隠せるし、既に精製したなら瓶を棚に隠せばいい。瓶詰めやハーブ、茶葉の瓶もたくさんある。

「しかし、けっこうあるわね……」

  エディブルフラワー用に育てた庭の花を、明日の料理に使うために摘んできたのだろう。桶ごとに同じ種類がまとまっているので、確認はしやすい。

  ひとつひとつ見てみる。

「こうしてみると、あかい花がおおいかな」

  バラ、スイートピー、バーベナ。マリー夫人は赤が好きなんだろうか。

  彼岸花は、なさそうだ。

「いま、たぶん春っぽいもんな。そもそもこの国にひがんばなってある……」

  ふと、人の話し声が聞こえた。

  私は咄嗟にしゃがみこむ。

「……はここにあるから……これを使って……」

「……ってどうしたら……」

  若い男の声が2人。1人は、男の子と言ってもいいほどだ。察するに、先輩が新入りに食料庫を案内してるのだろう。

気づかれないよう、私は2人に近づいて、聞く耳を立てる。

「……気をつけろよ。奥様は偏食で、味の好みも細かいからな」

「はい」

「芋、卵……香りの強い香草もあまりお好きじゃない。あ、キノコは好きだ。……でも、1番嫌いなものは、海のものだな」

「海のもの?」

「魚や貝や海老、とにかく、海からとれたものは全部だ。食うどころか、見るのも触るのも嫌なんだと」

「奥様って、ラメルノアの生まれですよね。あそこといえば、海なのに。もったいないすね」

「シンプリー家の屋敷では、気に入らない料理人を片っ端から辞めさせたとか……」

  会話から察するに、ラメルノアは地名。シンプリーは、マリー夫人の旧姓か? なるほど、彼女は港町出身だったか。

「2、3年前によ、良いホタテを手に入れたとか言って、スープにホタテを入れた奴がいてな。大変だったんだよ。毒味のときに、マイクが気づいたからな、それはよかったんだけど、またスープを作り直して……」

「そのホタテ入れた人は、どうなったんすか?」

「いつの間にか辞めてたよ。深く考えんな」

「はあ……」

「なんかあったら、キャサリンさんに相談しろ。料理長もそうしてる」

  そうか、毒味の問題があった。貴族の食事は、毒味がはいるのだ。

  だとすると、話は変わってくる。料理以外の場面で、毒を飲んだ? しかし、アニメでの台詞から考察するに、料理が原因なのは確かと思ったんだけどな。

  棚と棚の間でしゃがみこみ、私は考える。なんとか過去を思い出そうとして、目を瞑り、頭を抱える。

  だから、足音に気づかなかった。

「お嬢様?」

  突然の声に、私は驚き、勢いよく振り向きすぎて、後ろにひっくり返った。

  背中から棚にぶつかり、並べてあった小瓶が落ちて、音と茶葉を撒き散らす。

「お嬢様!ご無事ですか!」

  目の前の大惨事に悲鳴を上げ、後ろにいた彼女は私を助け起こそうとする。30代くらいの、ヘーゼル色の髪をした女性だ。その顔を見たとき、彼女が侍女長のキャサリンだと直感した。

  やはり、レイリアスの記憶を思い出せないとはいえ、完全に忘れたわけではないんだな。なるほどなるほど。

  やっちゃったぜ。

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