第4話 1日目昼

お昼頃、私は庭を散策していた。

お父様は仕事に行った。マリー夫人もいない。お茶会とやらがあって、夕方まで出かけている。なんの集まりかは知らん。ママ友会とかじゃない?

使用人は、私が外にいても何も言わない。庭に出たいと言ったとき、戸惑いながら準備はしてくれた。

やはり、マリー夫人が恐ろしいのだろう。居ないときの彼らは、わりと協力的だ。 屋敷を仕切るのは、女主人の役目。つまり、使用人の雇用を決めてるのは、マリー夫人だ。彼女に逆らうことは、クビを意味する。

上司の理不尽にも耐えなきゃならない彼らの気持ち、社会人としては痛いほど分かるよ。 見て見ぬふりも同罪と言うけれど、責める気にもなれない。というのが、正直な感想だ。同罪だとは思うけどな。

「お嬢様、お身体はよろしいのですか?」

後ろをくっついて歩くのは、メイドのソニア。お下げが可愛い13歳だ。

  比較的歳が近いためか他の使用人より、レイリアスのことを気にかけてくれるようだ。近いと言っても、倍くらい年は離れてるから、お姉さんみたいな感じかな。

身体は今のところ、異常はない。目に見える異常は。

数日安静にした方がいいのは分かっている。でも、ことは一刻を争うのだ。マリー夫人がいないうちにしか、動けないのだから。

「いいの。それより、シャル……お兄さまのとこにいきたいの。どこにいる……いらっしゃるかしら?」

「お坊ちゃまに?

シャルル・リス・トーズラント。

  レイリアスの兄にして、攻略対象のひとりだ。冷静で合理主義。常に険しい表情を浮かべ、笑顔を誰も見たことがないという。要するに、クールキャラ担当である。

「何かご用事が?」

「いいえ、お兄さまとあそびたいだけ」

「あそぶ……?」

ソニアが首を傾げる。明らかに、不思議がってる顔。

  まあ、無理もない。

  朝の様子で、仲良し兄妹じゃないのは分かっている。アニメでも、二人には距離を感じた。どこか他人行儀で、兄妹の距離感ではなかったのは確か。妹の処刑も止めませんでしたし。仕方ないけど。

それでも、レイリアスの味方に出来そうなのが、彼しかいない。

  屋敷からの脱出は無理、児相も無理、父親は家にいない。使用人はあてに出来ない。他に頼れる人間は、兄のシャルルだけ。彼を味方にする。それが、今の私に出来ることだ。現状を大きく変えることは出来ないけど、人間出来ることをやるしかない。

「今は剣術のお時間ですので、稽古場にいらっしゃいますが……。遊ぶのは後に致しましょう? お稽古の邪魔になってしまいますよ」

「そっか。なら、終わるのをまつ。とにかく、わたしは、お兄さまと話したい……、お話をしたいのですわ。おけいこばは、どこかしら?」

「お嬢様!お待ちください!」

  私は、ずんずん庭を進む。

やがて、何かがぶつかるような音が聞こえてくる。音の聞こえるほうへ、私はそーっと近づいていく。木の陰に隠れ、様子を伺う。

9、10歳くらいの男の子が、剣の打ち合いをしている。彼が、シャルルお兄様か。

レイリアスよりも鮮やかな金の髪、海のように深い青の瞳。

  子どもながら、冴え冴えとした美形だ。 どことなく、18歳の姿の面影を感じる。改めて、アニメ(ゲーム)のキャラクターが、目の前に存在するって信じられないよな。初めて、コスプレ見たときの衝撃を思い出す。

「お嬢様……、今はやめましょうよ……。ガルシア様もいますし……」

ソニアが、囁く。若干、声が震えている。

「ガルシア?」

「オリバー・ガルシア様!トーズラント家の護衛騎士です!隊長です!」

私は、シャルルの相手を見た。40代くらいのガタイのいい男性が、木刀を振るっている。明るいベージュの髪を、オールバックにしている。

なるほどなるほど。これは、良いイケおじ。騎士団を持ってるとか、さすが公爵家ですね。よく知らんけど。

「若い頃は、王国の騎士団にいて、そのせいかすっごく厳しくて!怒ると怖いんですよ!」

「しかられたことがあるの?」

ソニアが怯えたように、ぶるぶると震えてる。過去に、何があったんだよ。

「おこらせなければこわくないでしょ? 」

「そういう問題じゃなくて……」

話しているうちに、剣の打ち合う音が止まった。

  見ると、お互いに礼をしている。どうやら、終わった様だ。

「ソニアはそこにいていいよ。お兄さまと話してくる」

「お嬢様!」

私は、思い切り木陰から飛び出す。2人が同時に、こちらを見た。

「……レイリアス」

「ごきげんよう、おにいさま。オリバー……さんもごきげんよう」

  2人に向かって、私はお辞儀する。もちろん、ワンピースの裾をちょっと持ち上げて。まるでお嬢様みたい。お嬢様だったわ。

 オリバーは、すぐに礼を返してくれたが、シャルルは無言で、じっと見てるだけ。

 さすが氷の貴公子、子どものときからクールだな。

あまりにも無言なので、代わりにオリバーが聞いてきた。

「……お嬢様。このような場所で、どうされましたか」

「お兄さまのおけいこが終わるのをまってたの。ねえ、お兄さま?レイリアスとあそんでください」

いいでしょう?と、私は上目遣いでシャルルを見つめる。

私が、生涯することは絶対にないと思っていた精一杯のぶりっ子ポーズ。正直、精神年齢27歳でこれはキツい。いや!今の私は、銀髪碧眼美少女!この上目遣いに勝てる人間なんていない!

「無理だ」

部屋に戻れ。お兄様は、そう言って去った。

  私のメンタルは死んだ。

  

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