第3話 1日目朝食後

  レイリアスは、公爵の『第二夫人』の子である。

王国では、一夫多妻が認められている。高位貴族となれば、2人の妻を迎えるのは珍しくない。妻は1人でも、愛人は複数いる場合も多い。

  彼女の実母は、ある友好国の商家の生まれだった。国一番の商会を束ねるお家らしいが、爵位はない。それが、お義母さま(第一夫人)は気に食わないようだった。

  レイリアスと母は、公爵が持つ領地の、端の端の端のような田舎で暮らしていた。世間から隠されるように、小さいお屋敷で過ごした。

  それでも、彼女は幸せだった。

  小さくとも、領地は豊かだったし、領民との関係も良好だった。使用人に、周りの領民達、なにより優しく聡明な母に愛されて、彼女は育つ。

  しかし、幸せな日々は突然終わりを告げる。

レイリアスが6歳のときに、母が亡くなった。それを機に、彼女は本邸に引き取られる。今からちょうど、1年前のことだ。


  地獄のような朝食会を終えてすぐ、部屋へと戻された私は、改めて鏡を見る。

  何度見ても、そこにいるのは、27歳OL七仲菜々花ではなく、7歳の次期黒幕令嬢レイリアスだ。

  作中では、まるで天使のようだと言われるが、その通りと言うしかない。それほどの愛らしさだ。

  しかし、痩せすぎている。

  骨と皮、とまではいかないが、その一歩手前ではある。枯れ枝のような腕と足は、今にもぽっきり折れてしまいそう。

  私は、そっと鏡に触れる。体の輪郭をふちどるように、指先を滑らせる。

  恐らく、彼女は、虐待を受けている。

  この痩せ方、まともな食事は与えられていない。農家の子どもの方が、まだ健康だ。いや、周りに農家の子いなかったから、分からないけど。

一日一食。死なない程度に与えられてはいるか。

  今朝は、父親がいたから同席したが、普段はこの部屋に隔離されているのだと思う。

  おもむろに服を脱ぐ。フリルたっぷりの可愛らしいワンピースから現れる、痩せた体。真新しい青あざ。背中にも、紐状のあざがある。痛々しい。

部屋は『外』に鍵があり、自由に出られない。部屋は部屋でも、監禁部屋だ。

  主犯は、第一夫人のマリーか。理由は、考えずとも分かる。

  朝の様子から、 父親は娘を気にかけてはいるが、虐待の事実は知らないと思う。不在の間に行われているのだろう。公爵である父は、多忙な人だ。あまり屋敷にはいない。隠すのは容易のはず。

 どう見たって異常な痩せ方をしているのに、気づかないのもどうなんだ。ゆったりした長袖のドレスを着てると、分かりにくいのか。

  日常的な暴力に、監禁。これは、なかなか辛い。まさか第2の人生でも、親ガチャに失敗するとはな。一回くらい成功しろよ。

  とりあえず、もう一度服を着る。痣だらけの子どもの裸なんて、痛々しくて見ていられない。自分の体なら、なおのこと。

  せめてもの救いは、私には、その虐待の『記憶』がないことだな。

  前世を思い出した反動なのか、『七仲菜々花』の記憶はあるが、『レイリアス』の記憶は曖昧だ。曖昧どころか全くない。そうでもなければ、こんなに冷静でいられないよ。

  今までの考察は、レイリアス推しフォロワーから教えてもらった知識を元にしてる。ありがとう。『生まれ変わったらレイ様の椅子になりたい』と切望していたチキン丸さん(ドM)。あなたより先に生まれ変わってしまいました、座る方に。

  毒親の元に転生してしまったのは、仕方ない。よくあることだ。過ぎたことを悩むのは、無駄というもの。オタクは切り替えが早いのだ。

  私は、机に紙を広げ、羽根ペンをとる。

  この監禁部屋、机やクローゼットなどの家具は揃っている。素人目で見ても、高級品だとすぐ分かる。父親が用意したのだろうか。なら、父の留守中に、マリー夫人が鍵をつけさせたのね。

  とりあえず、覚えている限り、ゲームとレイリアスの情報を書いていこう。この世界に生まれた以上は、生きていくしかないのだから。

  ところで、大切なお知らせがある。

  私はゲーム未履修だ。アニメしか見ていない。

  なんせポチったゲームが届く前に、死んだから。

  こんなことになるなら、もっと早くポチるべきだった。いつかいつか、と先延ばしにするとこうなるんだね。いい勉強になったよ、もう意味ないけど。

「さてと。まずは、覚えてることを整理しよう」

アニメは基本、レイリアスの婚約者である第三王子ルートで進んでいた。

本来なら、ゲームの攻略対象は、5名。それぞれに、邪魔をしてくる悪役令嬢が存在する。アニメしか見てない私は、他攻略対象の悪役令嬢のことは、ほとんど知らない。

  フォロワーのココナッティさん(メカクレ推し)によると、どのルートも、大まかなストーリーは変わらないようだ。

  ストーリーは、第1部と第2部に分けられる。第1部では学園で魔法を学びながら、レベルと攻略対象の好感度を上げる。ついでに、学園内のトラブルを解決していく。

  そして、第1部の終盤、レイリアスの悪事が暴かれ、同時に「闇の神」なる存在が復活してしまう。

  闇の魔法に対抗できるのは、光の魔法だけ。第2部では、その「闇の神」を倒すため、光の魔法使いとなったヒロインと攻略対象が奔走する。

  レイリアスはというと、ゲームの最期、ヒロイン暗殺未遂の首謀として処刑されます。どのルートでも。

  ……詰んだな。

  前世では27歳で、今世では17歳の若さで死ねと。そう仰るのね、神様?

  いやいや、諦めるのは早すぎる。なんせ、今の彼女はまだ7歳なのだ。時間はある。

  まず、入学したとして、ヒロインをいじめなければいい。ヒロインと関わらないのが一番いいのかもしれないが、それは難しいかもしれない。

物語の世界に転生したあるある、『シナリオの強制力問題』だ。

  シナリオに反抗をしようとしても、なんやかんやシナリオどおりに進んでしまうことを言う。運命、と言い換えても可。

  この世界が、本当に『奇跡の乙女と光の花園』の中なのか、そっくりなだけの異世界なのか。で、だいぶ対処法が変わる気がする。

  その判断には、情報が少なすぎるか。保留だな。

  とりあえず、ヒロインとは、最低限の付き合いだけに留めておこう。社会人の処世術だ。

  そも、レイリアス処刑の理由は、『ヒロイン暗殺』と『闇の神復活に関わった』だったと思う。

  たとえヒロインと仲良くしてもしなくとも、闇の神とやらが復活したら、処刑される可能性はある。

  でも、なぜ復活させたのか、どうやったのか、動機と方法が分からない。アニメでその辺が明かされた記憶もない。カットされたか、私が忘れたのかな。

  とりあえずこれも保留にして、やるべきこと考えよう。

  今の私に、必要なこと。

  よし、児相に通報だな。思い切り110番してやろう。

  でも、ゲームの世界は、19世紀頃のヨーロッパをモデルにしていた。まだ子どもの人権どころか、基本的人権の概念すら存在しないだろう。

  残念だが、他の方法を考えるしかあるまい。旧文明どもが。

  とにかく。一番の問題は、虐待をどう止めるかだ。

  さすがに殺されはしないだろうが、暴力を伴う以上その危険は消えない。

  なにより、心が殺される。自分より大きな存在から与えられた傷は、ずっと消えないものだ。本当なら、今すぐここから逃げたいし、逃げなきゃいけない。しかし、体力のない子どもの体では、屋敷からの脱出は難しい。ましてや、この痩せた体では途中で倒れてしまう。

  実母の実家に、助けを求めようか。いや、住所が分からない。

  だとしたら、やることは1つだ。

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