第2話 1日目朝食会

『奇跡の乙女と光の花園』

舞台は、魔法により発展を遂げた大国『ユグルス』

魔法学校に通う平民ヒロインがイケメン貴族とイチャイチャする、よくあるテンプレな乙女ゲームだ。

だが、作りこまれたキャラ設定やシリアスなストーリー展開のおかげで、なかなか評価は高い。漫画化、アニメ化もされており、ゲーム界では、かなりの人気作と言えるだろう。

  それはさておき。

  他のゲームと同様に、この作品にも、ヒロインの恋路を邪魔するキャラ……いわゆる、悪役令嬢が存在する。

悪役というか、黒幕というか。

  レイリアス・ミュゲ・トーズラント。

  第三王子の婚約者で、トーズラント公爵の愛娘。

その姿は、清廉で美しく、常に微笑みを絶やさない。どんな人間にも分け隔てなく接し、孤児院出身のヒロインのことも、優しく助けてくれる。ゲーム的には、ヒロインの親友ポジションにあたる子だ。

  非の打ち所のない、淑女の中の淑女。ユグルス王国で最も美しい花。それが、レイリアスである。

……なのは、あくまでも仮の姿。

  本来の性格は、冷酷非道。

  悪意を持って人を陥れ、ときに操り、謀略を張り巡らせ、しかし、決してしっぽは掴ませない。

  ヒロインを精神的に追い詰めていく、その手腕たるや、まさに悪魔の如くと語られた。

  ストーリー中のさまざまな事件、それらが彼女の犯行だと明かされたシーンは、ヒロインのみならず、プレイヤーの心もズタズタに引き裂いたという。

  それが、この銀髪碧眼の超絶美少女・レイリアス。

   今の私だ。

  ……なんで?

  異世界転生するにしても、なぜ彼女?なぜ私?

  少年漫画と共に青春を駆け抜けたこの私?

アニメは見ていたが、普段の私は乙女ゲーはやらないし、少女漫画も読まない。たまたま、親友に薦められたから、アニメを観ただけのニワカだぞ。

  そもそも私、男装コスプレイヤーですし。

  昔から、かっこいいヒーローに憧れた。私が、男装レイヤーになったのも、それが理由だ。

  少年漫画の主人公みたいな、強くて、仲間を守るかっこいい漢になりたかった。

  性別に違和があるわけではないし、性転換がしたいわけでもない。それでも、生まれ変わったら男になりたいなあ、とは思っていた。

で、実際に生まれ変わった結果が、冷酷で、したたかで、仲間を裏切る悪役令嬢。

  真逆じゃねーか!!

「レイリアス」

  呼びかけられ、はっとする。

  顔を上げると、顔のいいおじ様がこちらを見ていた。

「どうした?全然食べていないようだが」

「……なんでもありませんわ。お父様」

  ぎこちない笑みを浮かべで、私は食事を再開する。

  つい考え込んでしまったけど、今は家族団らん朝食会の真っ最中だった。忘れていた。

まさに金持ちって感じのテーブルには、朝食にしては豪勢な料理が並んでいる。どう見たって食べ切れる量じゃないけど、どうするんだろう。残すのかな。

フードロスって言葉、知ってるか?

その無駄に大きなテーブルの向こうに座っているのが、レイリアスの父・トーズラント公爵。その隣には、第一夫人のマリーが座っている。

  公爵もといお父様は、なお心配そうに眉をひそめた。

「食欲が無いのか、それとも口に合わなかったか。……ジェイ、マーカスをここに」

「いいえ、お父様。少しぼーとしていただけですの。今日のお料理も、とても美味しいですわ」

  お父様が料理人を呼ぼうとするのを、慌てて止める。シェフを呼ぶのは、褒めるときだけにしてさしあげろ。

  丸いパンをちぎって、口に入れる。美味しいとは言ったものの、全く味がしない。

  ぶっちゃけ、食事どころじゃないんだよなあ。死んでんだからなあ。私なあ。今朝まで包帯巻いたんだぞ。病み上がりで、この量を食べろというのが無理では。お粥よこせや。

  もそもそとパンを食べる私を、マリー夫人は睨む。

「食事中に、ぼんやりするのはおよしなさい。はしたない」

「……ごめんなさい、お義母様」

「マリー」

「旦那様。たとえ厳しくとも、マナーは正しく教えなければなりませんわ。恥をかくのは、この子なのですよ」

「それは分かっている」

剣呑としたお父様の声に、厳しい態度を崩さないお義母様。

  凍りつきそうな空気に、ますます味が分からなくなった。

  私の隣では黙々と、2つ上の兄が食事をしている。

  息の詰まりそうな空気、剣呑とした食卓。仲の悪い夫婦、無関心の兄。

  冷酷非道な悪役令嬢が生まれた要因は、ここにあるんじゃないかしらと、思わずにはいられない。

  勘弁してくれよ。

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