第1話 1日目朝


私の『前』の名前は、七仲菜々花(なななかななか)。

『な』の使用率が異様に高い名前以外は、ごく平凡なコスプレイヤーである。

思春期を少年漫画と共に過ごし、職場ではそれを隠して一般人に擬態する、どこにでもいるオタクだった。

  異世界に転生する心当たりなんて、あるわけない。

  まあ、口論の末、突き飛ばされた記憶があるので、多分そのときでしょうね。打ちどころが悪かったのね。

2時間サスペンスかな?

   かなりドラマチックな死に方、もとい転生方法だ。そこはトラックだろ。それとも、もうトラックは流行ってないのか。

  本当に、突き飛ばされて死ぬ人いるのね。

  今頃、警察が来て、私の遺体に手を合わせているのだろう。そして、変わり者の刑事が遺留品に目をつけたり、警視庁の窓際部署が出張ったり、科捜研が新しい証拠を見つけたり、最終的に人情派の副署長が犯人を口説いたりするんだろうな。ちょっと見てみたいわ、そのドラマ。

   ここが「異世界」という根拠は、まあ簡単だ。内装からして、私のいた現代日本じゃないことは確か。ベッドのでかさとフカフカ加減から見るに、金持ちだと思う。なんとなく、ルネサンスを感じる。

    過去の、まだ貴族制が残る時代のヨーロッパのどこかに、タイムスリップした可能性もある。それは、あとから分かるだろう。いくら歴史に弱くとも、実在した国かどうかくらいは分かる。

  起き上がり、部屋を見渡しながら、情報を整理する。自分でも、驚くほど冷静だ。死んだのにな。

  どうしても、他人事のように考えてしまう。前世の記憶を取り戻したばかりで、一度死んだ実感がないというか、なんというか。

  『今』も私は生きているから、だろうか。

  自分の胸に手を当てる。手のひらから感じる鼓動に、僅かな安堵と戸惑いの気持ちが湧き上がる。

   前世の記憶持ちって設定、漫画アニメではよくあったし、前世を覚えてる人がTVに出てきたこともある。

   そのときは、信じられなかった。実際なってみて、今はこう思うよ。

   やっぱ信じられない。

  私はベッドから降りて、大きな鏡の前に立った。

  さらっさらな白銀の髪、透き通る空色の瞳、ゆで卵のようにツルツルな白い肌。

頭に巻かれた包帯をのぞけば、 実に可愛らしい、銀髪碧眼色白美幼女だ。

とうてい、黒髪黒目地黒地味OLには見えない。同じなのは、身体の性別だけ。

  私の知ってる私の身体じゃない。こうして実際に見て、否が応でも、現実を叩きつけられる。

  私は確かに生きている。でも、それは『今』の私だ。『前』の私は、もう死んだ。

  ああ。そうか。死んだのか。

  夏コミ、行きたかったな。

  今となっては、遠い夢。茫然と、私は鏡を見つめるしかない。

  現実逃避に、私は、鏡の私を観察する。我ながらというか、すごい美少女だ。クリッとした目に、幼いながらツンとした鼻筋。いまでも充分だが、大きくなったらさぞ美人になるだろう。

   トイレで鏡をガン見してる人がいるけど、その気持ち分かる気がする。こんな顔に生まれたら、誰だって鏡を凝視する。

でも、どうしてかな。既視感があるのよね。

前の世界で、この子(わたし)にそっくりな女の子を、どこかで目にしたような。

そりゃ27年も生きてれば、それなりに知り合いはできるけど、仕事の人やリア友に外国籍はいないし。そもそもこんな綺麗な銀色の髪、2次元かコスプレでしか見ないし。

   まさか。

  不意に、トントンと、扉を叩く音がした。

  失礼します。声と同時に、若いメイド服を着た女性が部屋に入ってきた。ロング丈の黒ワンピースに、真っ白なエプロン。フリルは控えめ。クラシカルなメイドさんだ。

「お嬢様……。おはようございます」

「あ……。おはよう……ございます」

思わず挨拶を返すと、メイドさんは怪訝そうにこちらを見た。なんだ、使用人に挨拶するのはおかしいのか。貴族的に。

「お目覚めになったのですね……。お身体の具合は、如何ですか」

   言いながら、メイドさんは私の頭の包帯を外した。

「傷はないようで、良かったですわ」

「……わたし、けがをしたの?」

「いえ……。ただ、少々頭を打ってしまわれて……」

    大怪我じゃねーか。

    包帯の謎が解けたよ。頭を打った衝撃で、前世の記憶も取り戻したのかな。

   なんで頭を打ったのかについては、メイドさんはあまり話したくないみたい。明らかに、話したくありませんオーラが出ている。

「お目覚めになったばかりで、記憶が混乱しているのかもしれません。お嬢様のお名前は、お分かりですか」

「……ええ」

   明らかなごまかし。でも、ちょうど良い。ここでハッキリ、私の素性を確認しよう。

   私は、ゆっくりと息を吐く。心臓の鼓動が痛い。指先が、冷たい。

「わたしは、レイリアス。レイリアス・ミュゲ・トーズラント」

「はい。その通りでございます。レイリアスお嬢様」

  ほっとしたような彼女の様子に、私の予想が的中してしまったことを悟る。

  そうだ。よく考えれば分かることだ。

  最近の異世界転生といえば、悪役令嬢に決まってる。

  ああ、夢なら覚めてくれ。

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