白いカラス

 アルビノのカラスはキューハチと呼ばれるようになった。ナンバー1984と名のったからだ。キューハチは冗談こそつうじないが人の言葉をほぼ完璧に理解した。日本語以外にも英語、ロシア語、中国語をある程度まで理解する。音声を聴き、文字入力でかえす。イエスかノーのような簡単な返事のときには不器用に首を縦に振ったり横に振ったりもした。

 1984番は国防軍が開発した生物兵器。カラスの利口さに着目した国防軍が遺伝子操作によりさらにたかい知能をもたせた。シマエナガに似ているのは警戒心をもたれないようにするため。意図的に可愛らしい姿にされたのだ。その際に利用されたのがまさにシマエナガの遺伝子だった。19番目の親から生まれた8番目の卵のカテゴリー4。カテゴリー1は斥候。2はミサイル。3はその他の用途。4は様子を見て軍事利用できないと判断された時点で殺処分。1984番が殺処分されたのは他の兄弟たちと比べて知能がたかすぎたせいである。研究機関から危険個体と判断されたのだ。利口すぎる奴は排除という方針は人間だけに当てはまるものではなかったらしい。そして1984番が殺処分された日がクリスマスイブだった。聞けば復活して1カ月だという。キューハチは毎日欠かさずパークタワーに飛来した。一度アトリウムの中に入るかと聞いてみたが外のほうが好ましいと答えたので好きにさせた。毎日餌を与えてやったのはどちらかというと農作物を荒らされたくなかったからだが、それを察したのか、ただの気紛れなのか、いつしか彼女は中央公園の警備員を買って出るようになっていた。


「海に行かないか」

 男の誘いにキューハチは首を振ってタブレットをくちばしでつついた。

 テリトリーハナレル キョウフ フクロウ トンビ タカ モット オオキイ

「そうか」

 

 波はおだやかだったものの その日はまだ1匹も釣れていなかった。こんな日もあるさ。また釣竿をたれたまま物思いにふける。ずっと独りの世界で暮らしていたかった。しかし願いは絶たれた。キューハチとの出会いで。”連中”は予定どおり復活計画を開始した。いつかは人間も。前回この海で見たあの生物だって魚類ではなく。そう考えていたら例のあの影が水中からジャンプした。まちがいない。イルカだ。こんどは鳥類ではなく正真正銘 哺乳類の復活。3頭いる。イルカたちはあきらかに海岸の人間を意識してジャンプしている。男のほうもはっきりと認識していると判断すると3頭は奇妙な動きを始めた。適当に泳いでいるのではなく秩序だった動きで沖から海岸へと近づいてきていた。よく見るとイルカの手前のほうが細かく波打っている。意図が読めてきた。イルカは追い込み漁をしている。人間に捕まえさせようとしているのだ。


 クーラーボックスにおさまりきらない魚。その魚をイルカの鼻先にむけて放る作業がしばらくつづいた。満足するとかれらは挨拶らしき仕草をして沖へと去っていった。養蜂ロボットに知能の高い鳥、そして利口なイルカ。わるくない世界。


 キューハチに話を聴かせてやるとおなじ研究機関でイルカの実験もしていたと彼女は語った。一度横浜の基地に遠征して共同実験をしたという。イルカの軍事利用目的は主にスパイ活動と生きた魚雷。海で出会ったのはキューハチの仲間だったのだろうか。キューハチが生まれた施設ではそのほかにもドローンや大型爬虫類の開発も進められていた。爬虫類は犬と同等かそれ以上の知能があり、よくカラスたちを襲って遊んでいたそうだ。またどういった目的化はわからないが、敷地内に時々人間の子供が連れられてきたのを彼女は目撃していた。

 その晩、山梨へ電話を掛けてみた。関東以外でも電気はまだ供給されているらしくコール音がなった。30コールでおとなしく切った。気乗りしないが明日は恵比寿だ。

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