ハニービター

 養蜂ロボットの動きがやっと滑らかになった。己の蛮行に青ざめるほど分解しつくしたあと奇跡的にロボットは復元された。交換が必要な部品のうち純正の物が見つからなければ東急ハンズやホームセンターを漁った。どうしてもわからなくて秋葉原までさがしたネジもあった。蜂蜜や手垢でべとついたボディも交換できる物はすべて交換し、代用品がないものは丁寧に磨かれた。漣はロボットにハニービターという名前をつけた。ハニービターは洋菓子店の屋上で充分にその役割を果たしてくれたが話し相手としては物足りなかった。なにせハニービターは自分のメンテナンスと蜂蜜の収集と精製以外にほかに言葉をインプットされていなかった。


 男は養蜂ロボットの復活に自信をつけたので、さほど利口ではなさそうな車のリブートの挑戦をはじめた。試行錯誤のすえにちょっとしたコツを見いだすことに成功した。AIの基盤を1度外して再度入れなおすとまれに起動するのだ。確立としてはだいたい100分の1くらい。一か八かのギャンブルだ。知能が低くなればなるほど確率はあがる。建設現場や土木工事で活躍するものや、スポーツカーのようにあえてAIにたよらない運転モードが選べる車だとさらに確率があがる。それが新車ならもっと確率があがる。貴重な車だと失敗した時のショックがおおきい。それでも試してみなければ始まらない。こうして新宿パークタワーには1台また1台と車両が増えていった。輸送用トラック、ユンボ、ショベルカー、農業用トラクター、タンクローリーはガソリンを積んでいるにもかかわらず電気で動いた。

 大型車両のいくつかは天井がつかえて一般の駐車場に入れることができなかった。しかたないので搬入用の裏駐車場やイベントホールにならべた。人類が絶滅したあともリムジンは表に、作業車は裏口になんて悲しい話だ。


 なぜ生物は身体ごと消えてAIは物理的に消滅しなかったのか。この謎については男は次のように解釈することにした。人間の場合は脳とそれ以外の身体が簡単に切り離せないほど密接に繋がっている。思考や感情は単に脳だけで発生するのではない。神経、臓器、さらにはDNA、RNAに至るまで密接に関係している。そのために脳だけとか思考だけとかいったものを単純に切り取ることができなかった。一方 人工知能はチップにおさめられたプログラミングのみ。そのアルゴリズムこそが知性だ。物質は必要ない。哺乳類は人間と遺伝子が近かった為に同種族として同じフォルダに入れられていたのだろう。こうしてロボットや自動運転車は物質的には残り、哺乳類は例外なく消滅してしまった。〝連中〟は神ではない。やっていることは男の書庫とまったくおなじだ。重要と思われる情報のみファイリングしていく。人と哺乳類とAIのプログラミングだけがおなじファイルに入っていた。だから一緒に消失した。

 ところで男は大型の自動車の運転免許証を所持していない。だが警察に呼び止められる不安もないのでいつも堂々と大型の車を走らせている。車内で流す音楽はたいていロックだ。

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