第10話 Toy Soldiers

「ま、真っ暗だね、マッティ……」


 さすがは日本最大手の家電量販店チェーンだ。

 フロアは広々としていて通路にも余裕があってとてもいい。


 ただその分、店内照明を一切落としてしまうと相当薄気味悪く感じてしまうのも事実だった。


「マ――マッティ? な、なんとか言ってよ……」

「ふむ」


 ようやくくまのぬいぐるみのマッティが口を開いた。先陣を切るように突き出されたあたしの右手の先から振り返って、四つんいになってわずかに震えているあたしを見つめた。


「ここにならあるはず、そう言ったな、アオイ?」

「正確には口に出す前だったけどね」


 会話を続けていないとなんだか怖いので、どうでもいいこたえを返してしまう。


「でも、どうして同じことを考えていると思ったの、マッティ?」

「アオイは優秀だ。だからだ」

「なんだかはぐらかされた気がするんですけど……ま、いいか」


 はぁ、とかすかなため息をつくと、マッティが、それで? と続きをうながすように首をかしげた。


「電気屋さんだもん。ビデオカメラがあるなあ、って。それも、最新式の!」

「ああ。それを使えば、彼らの動きが監視可能だとマッティは同意する」


 幸い、ビデオカメラが陳列ちんれつしてあるコーナーは従業員入口からさほど遠くない位置にあった。


 ただ、ひとつ問題がある。


「ねえ、マッティ? 聞いてもいい?」

「もちろん」

「あたしがパパから聞いた話だと『あの日』に『スフィアの巣』から発信された信号? のせいで、通信機器や電気機器は使えなくなったんだって。もしその話が本当なのだったら――」

「電磁パルスを用いた電子制圧だ、とマッティはこたえる」

「もしかして、EMPとかって言う奴のこと? でもあれって、フィクションの話じゃないの?」

「ノー」


 神様(?)っぽい人にも会って、条件付きの仮の姿でよみがえったマッティと行動を共にしていてもなおあたしには、まだ目の前の出来事すべてが夢物語か作り物のように思えていたのだった。


 でも、かい君は『奴ら』にさらわれた。

 これは現実。まぎれもなく。


「いいか、アオイ?」


 マッティはしばし悩んでいたが、要点だけに絞って話すことにしたようだ。


「あの電磁パルス攻撃によって、すべての電子機器が壊れた訳ではない。効果範囲には限界がある。また、ショートしていない機器は使える可能性が高い。なにごとも保証はできないが」

「つまり……まだ使える物を探す、ってことね」

「イエス」



 ミルクティー色のぬいぐるみのくまが、ビデオカメラが陳列されているショーケースの上を駆けずり回り、ターザンのように器用に下のガラス棚に飛び込んでは、ビデオカメラの状態をひとつひとつチェックしていく。


 あたしもそれに加わりつつ、並行してバッテリーを探しては充電器にセットして、別の売り場から拝借してきたコンセントに次々としていく。十二口もあるのなんてはじめて見た。



「そうだ、マッティ! ここならオモチャ売り場もあるみたいだから、あれも使えそうだよ!」

「?」


 不思議そうな顔つきのマッティを右手でさらうと、あたしはオモチャ売り場に急いだ。プラモデル――ゲーム本体とソフト――ジグソーパズル――ボードゲーム――あった、これだ!


「じゃーん! ……なんだと思う?」



 そう言いながら、あたしは早速箱のうわぶたを慎重に開け――あとで返すためだ――白くてパーツに合わせた形にでこぼことしたブリスターをすっかり引っ張り出した。マッティが興味深くのぞき込む中、あたしは箱の中に残っていた説明書を開き、手順どおりに組み立てていった。


 男の子向けのオモチャなんだと思うけれど、櫂君がまだ小さいから、あたしが代わりに組み立てることが多かった。こんなところで役に立つなんてね――と思い出しながら、ずきり。



「はい! 完成! ……凄いでしょ? 意外とこういうの、得意なの」

「これは……小型偵察機か?」

「あははは。大袈裟おおげさだよ、マッティ。これはね、ドローンって言うオモチャ。見たことあるでしょ?」

「ああ――」


 そうこたえながらマッティは、しげしげと完成したドローンを興味深げに観察していた。四つの大きなプロペラのまわりには、怪我をしないようガードが付いている。箱の説明を薄暗い緑の灯りを頼りに苦心して読むと――初心者でもスマホでカンタン操作――Wi-Fi通信でリアルタイム映像――最長飛行距離四〇メートル(障害物のない広い場所)――と書いてあった。


「最長四〇メートルか……少し近づかないと使えないみたいだね。あとスマホが必要だって」

「それならここにある」

「そっか。……ん? マッティ? 何をしているの?」


 あたしが取扱説明書から目を上げると、マッティはまだ完成したドローンのそばで、触れたり、ひっくり返したりして観察しているところだった。


 マッティは振り返ってあたしに尋ねる。


「これには武器が装備されていない」

「ぶ、武器!? そんな物、付いているワケないでしょ!? ここ、日本なんだよ?」

「……理解した」

「ホントに? たまにマッティってとんでもないこと言い出すよね……驚かせないでよ……」


 いくら他の国だって、電気屋さんで誰でも買える殺人兵器なんてありっこない。一体、マッティの住んでいた国って、彼が置かれていた環境って、どんな感じだったのだろう。あたしとはあまりに違いすぎるように思えて、想像することすら難しい。



 感情の起伏も少ないし、人間というよりはまるでだ。

 でもそれは――あまりに残酷で、可哀想に思えて仕方なかった。



(マッティは――戦うことも、殺すこともできる)


 けれど。

 それ以外のことってどうなんだろう。



 誰かを愛することや、慈しむこと。

 誰かと笑ったり、泣いたり、怒ったり、はしゃいだりすること。


 もしかしたら、マッティは知らないのかもしれない。



 でもね。

 あたし、知ってるんだ。



(ひ、卑怯だ、とマッティはマッティの権利を主張する!)

(断固! 断固黙秘する!)


 不意をかれて、照れて子どもみたいに怒ってねていたマッティ。でも、それは本気じゃない。きっとはじめての感情で戸惑とまどっていたんだって。だから、恥ずかしくってあんなに――。



「ふふふ――」

「なぜ笑う? アオイ?」



(あたしがマッティと出会ったのは――そういう役目を神様から授かったからなんだ、きっと)



 あたしは不思議そうに身体を斜めに傾けて見つめているミルクティー色のふわふわでハンサムなくまのぬいぐるみに、くるり、と背を向けてこうこたえた。


「なんでもありませんよーだ! さあ、次の作戦、どうすればいいか教えて? マッティ?」



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