第9話 初めてのクエスト
「御免ください」
木製の古い木戸を叩くと、中から老夫婦が出てきた。
「下級モンスターの討伐の依頼を受けて来ました。ロザリオ夫妻ですか?」
「えぇ。よくいらしたわねぇ。 ありがとう」
「お茶でも淹れようか」
ロザリオ夫妻は俺たちを暖かく出迎えた。
「いえ。お気持ちは嬉しいですが、早速依頼に取り掛かります。モンスターはどちらに?」
二人は俺たちを案内するために外へ出た。
夫婦について少し歩いていくと、農地の奥に石で出来た井戸のようなものがあった。その周辺にはスライムが集まっている。
「ここはうちの土地なんだが、吹き溜まりができて困っているんだ。あまり害がないから普段は放っていてもいいんだが、収穫の時期にはさすがにねぇ……」
「この辺りにいるモンスターを倒せばいいんですね。分かりました」
「ありがとう」
「お願いね」
二人が家に帰るのを見送り、俺は「よし!」と気合いを入れた。
異世界での初めての依頼だ。
「スライム狩りねぇ……どわっ!?」
不満そうに呟いたアメリアの顔面に水色のスライムがいきなり飛びついた。
「なっ、何よこいつ!! ちょっ……離してよぉ!!」
顔面から必死にスライムを引き剥がそうとするアメリアが滑稽で、俺はあえて手を貸さなかった。
貴重な依頼をバカにした罰だ。
「そういえば、あれはスライムの住処なのか?」
畑の隅には石製の井戸のようなものがある。
ロザリオ夫妻はそれを吹き溜まりと言っていた。
俺は井戸に吹き溜まりに近づいて、顔をぐっと近づける。
「ヨースケ?!」
「おいっ!? 何してるんだバカ!」
すぐさまルイスが俺を後ろから羽交い締めにして吹き溜まりから遠ざける。
「吹き溜まりに近づいてはいけない。近づくと魔界に吸い込まれるよ」
「そうなのか……悪い。軽率な行動をした」
俺は転生者だから、この世界について何も知らない。おそらく、吹き溜まりに近づいてはいけないという知識は幼子でも持っている常識なのだろう。
「魔物というのは本来魔界に住んでいるんだ。あの吹き溜まりは魔界とこの世界の境目、と言うとわかりやすいかな。強力な磁場になっていて、安易に近づくと危険なんだ」
「なるほど」
「スライム程度の下級魔物は放っておいても人間に害はないんだが、畑の近くだと農作物を荒らされるからな。これは吹き溜まりの場所が最悪だ」
まだスライムと格闘しているアメリアを見かねて、ルイスは短剣でスライムを突き刺した。
一瞬ぐにゅ、と弾力のある膜が抵抗するも、その後はぷすりと剣が奥まで刺さってスライムが溶けた。
「いやぁっ!?」
身体中に液状のスライムがべっとりとついたアメリアは悲鳴を上げた。いつの間にか涙目になっている。
「ヨースケ、やってみるか?」
ルイスは俺に短剣の柄を差し出した。
短剣とはいえ金属で出来たそれは手にしてみるとずっしりと重い。
俺は剣を体の正面に構えてスライムと対峙した。
抵抗の意思のない下級魔物を倒すのは拍子抜けするほど簡単だった。
スライムの体は90%が水分だ。
イメージとしては水風船に近い。
中身の液体は水のようではなく、粘度が高いのが特徴だ。
「ほら、ロゼも」
「えぇ……」
ロゼの剣は上等で、スライムを倒すにはあまりに仰々しいものだった。
「それ!」
ロゼは大きく振り上げた剣を思い切りスライムに向かって振り下ろした。
すぱっとスライムが切れて、べちゃりと地面に跡が残る。
「やった……やりました!!」
1人でスライムを狩れたのがよほど嬉しかったのか、ロゼは満面の笑みを浮かべた。
その姿はまるで金髪ハーフアップの天使だ。
「その調子だ。どんどん狩ろう!」
湧いているスライムはざっと20体。
吹き溜まりからはまた新しいスライムが出てこようとしている。
俺とルイスとロゼはとにかくスライムを狩りに狩りまくった。
ただ1人、アメリアはそんな俺たちを少し遠くでじっと見ていた。
「お……なんだこれ?」
スライムの死骸がきらりと輝いているのを見つけて近くに行ってみると、何やら銀色に輝く玉のようなものが落ちている。
「あぁ、ドロップアイテムだね。スライムは野菜や果物を主食にしているんだけど、たまに珍しいものを食べて育つものがいるんだ。それは質屋で売れるから持っておくといいよ」
「へぇー。そんなものがあるのか」
「大した値はつかないけどね。他にもいろいろな形や色があるよ」
それでも貴重な資源に変わりはない。
俺は銀色の玉をそっとポケットに入れた。
☆
3人がかりだったため、スライム討伐は早く終わった。
吹き溜まりから湧いて出る魔物の量にも限りがあるらしく、やがてスライムは出てこなくなった。
ドロップアイテムも収穫出来てほくほくの俺は、成果を報告するために日暮れ前にロザリオ夫妻の家を訪ねた。
「あらあら、おかえりなさい」
「お疲れさま」
「スライムの討伐は終わりましたよ」
「ありがとう。助かったわ」
ロザリオ夫妻は俺たちを家の中へ招き入れた。
テーブルの上には食事が用意されている。
「お腹が減ったでしょう。温かいうちに食べてちょうだい」
「いいんですか?」
「もちろんよ。夜になることだし、今夜はこのままうちに泊まっていくといいわ」
確かに腹が減っていたし、疲れてへとへとだった。俺たちは夫婦の厚意に甘えることにした。
温かいスープを一口飲むと、体が芯から温まった。
ここの畑で採れたであろう野菜がふんだんに使われていて、自然な甘みが嬉しい。
「とても美味しいです」
ロゼも顔を綻ばせてスープを飲んでいた。
「たくさんあるから遠慮しないでね」
俺たちは賑やかな食卓を囲んだ。
それから温かい風呂に順番に入り、寝室を用意してもらった。
「本当に、何から何までありがとうございます」
アメリアとロゼが風呂に入っている間に、俺は夫妻に改めてお礼を言った。
「いいのよ。私たちも久しぶりに賑やかな夜を過ごせて嬉しいの。ねぇ?」
「あぁ。そうだな」
ふと、暖炉の上に置いてある写真立てが目に入った。
そこに写っていたのは、若かりし頃のロザリオ夫妻だった。奥さんの胸には赤ん坊が抱かれている。
「二人で暮らしているんですか?」
この家に息子の影はない。
家業があるというのに、息子はどこへ行ったのだろう。
俺は何気なくそう聞いてから、その質問をしたことを後悔した。なぜなら、ロザリオ夫婦の悲しそうな瞳を見てしまったからだ。
「すみません……立ち入ったことを」
俺は夫妻からも写真立てからも目を逸らした。
奥さんは立ち上がり、ポットの湯をカップに注いだ。カップは4人分。俺とルイスの分も用意されていた。
「今となっては昔話だね。僕たちには、一人の息子がいたんだ」
遠くを見つめながら、ロザリオ夫妻は過去を語った。
彼らには一人の息子がいて、不器用だけどとても優しい良い子だった。
しかし、息子は16歳の誕生日に置き手紙を残して突然家を出ていったという。
そこには、農家の暮らしが嫌になったから出ていくと記されていたらしい。
二人は息子が何か事件に巻き込まれたのではないかと思い捜索したが、息子は結局見つかっていないという。
写真立てから推測するに、息子が生きているとすれば40近くになっているだろう。そうなると、外見はまったく違うはずだ。もう見つけるのは無理だろう。
「昔話に付き合わせて悪いね。2人も風呂に入ってきなさい」
廊下の足音を聞いて、旦那さんが話を切り上げる。
その十数秒後にロゼとアメリアが風呂から戻ってきた。
俺は夫妻に何か言おうとしたが、何を言えばいいか分からなかった。
息子を見つける手伝いをすると言えば、夫妻は笑って言葉を濁すに決まっている。
夫妻のために何かしてあげたい気持ちばかりで、俺は自分の無力さを恥じた。
「風呂、行くぞ」
ルイスに肩を叩かれて、俺はようやく立ち上がった。
その夜眠る間際まで、夫妻とその息子のことが頭から離れなかった。
☆
翌日、夫妻は朝ごはんまで用意してくれた。
「本当にありがとうございました」
家を出る時に、俺たちはロザリオ夫妻に頭を下げて礼を言った。
「またいつでもおいで」
彼らは最後まで温かく、親切だった。
こうして初めてのクエストは無事に終わり、いつまでも俺たちを見送ってくれるロザリオ夫妻を背に、一行は再び街へ戻った。
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