第7話 世話役
宴はそのまま解散の運びになり、俺たちは安い宿を借りて一泊した。
「おはようございます。ヨースケ」
チェックアウトのためにロビーへ降りると、パーティーの一行は既にチェックアウトを済ませていた。
「ヨースケ。今後のことは考えてるの?」
「いや……街に出るのが目的だったから何も考えてないな。とりあえず一文無しだから就職するしかないだろう」
「そう、なら丁度いいじゃない。ロゼ」
アメリアがロゼを見上げる。
ロゼは唇の端をきゅっと結び、何かを決意したように突然片膝を床についた。
「おい、ロゼ……?」
「一晩、ずっと考えていました」
ロゼは覚悟を決めたように顔を上げる。
美しいエメラルドの双眸が俺をとらえる。
「私たちと一緒に、旅をしてくれませんか?」
白くて細い綺麗な手がそっと差し伸べられる。
まるで貴族の告白のようなその光景に、その場にいた誰もが注目している。
「おい……っ」
こんな場所で美女にこのような告白をされたら誰も断ることができない。
「なんとかしろ、ルイス、アメリア……!」
俺は傍観者に聞かれないように囁く。
しかし、ルイスもアメリアも澄まし顔で知らないフリをしている。
(くそ……こんな状況で断れるわけないだろッ)
俺はロゼの手をとった。
驚いた表情を浮かべたロゼをすぐに立ち上がらせると、その手を引いて足早に宿を出る。
終始無言でロゼをこの場から連れ去る俺の一連の行動を告白の了承と判断したのか、傍観者たちから祝福の野次が飛ぶ。
小っ恥ずかしいったらありゃしない。
前世でもこんな経験はなかったのに。
「どこへ行くのですか?!」
一旦人目につかないところに移動したい。
大通りから路地裏に入り、そこに誰もいないことを確認すると俺はようやくロゼの手を離した。
「ちょっと、待ってってば……!」
そこにアメリアとルイスも追いついてきた。
アメリアは肩で息をしながら呼吸を整える。
「急になんなの?もう……」
「それはこっちのセリフだ。どういうことか説明してもらおうか」
「今朝、全員一致でお前をパーティーに入れたいという意見になったんだ。
昨日話した通り、俺たちはポンコツ。このまま旅を続けていてもそのうち全滅するだろう」
俺は言葉に詰まった。
確かにこのままこいつらを野放しにすれば次はもうないかもしれない。
「だからって、俺がお前たちの力になれるわけじゃない。昨日はたまたま上手くいっただけだ。
いつもお前たちを守ってやれるわけじゃない。
だって俺は……」
どうしてこんな時に思い出すのだろう。
俺の前世の記憶を……。
「お願いです。どうか……
私たちの、勇者になってくれませんか」
どうしようもないぐらい純粋な強い眼差しが俺を射抜く。
きっとここで俺が断れば、彼女は大人しく引き下がるだろう。
そして二度とその美しい双眸を拝むことはできない。
「……無理だ」
その瞬間、ロゼの瞳が揺らいだ。
可哀想だと思うのは、悪いことだろうか。
俺は、ロゼの頭にぽん、と手を乗せた。
「俺は勇者にはなれない」
その瞬間、ロゼの瞳から透明な涙がぽろぽろと零れた。
それは、あの日見た弟の涙と同じだった。
(どうして似ているんだろうな……)
俺はこの涙にめっぽう弱い。
「泣くなよ……俺は勇者にはなれない。
だって勇者はお前だろう?」
パーティーに勇者は2人もいらない。
だから俺は、勇者にはなれない。
「その代わり、お前が立派な勇者になれるように俺が手助けしてやる」
「ヨースケ、それって……」
俺は静かに頷いた。
捨て猫を二度も捨てるような外道にはなれない。
最初はこの話を受け入れるつもりはなかったが、どうしても彼女たちを見殺しにするわけにはいかなかった。
俺は、ロゼを立派な勇者に育て上げると覚悟を決めたのだ。
「ヨースケ、愛してるわ!!」
それまで横で見ていたアメリアが俺に抱きついてきた。咄嗟にアメリアを支えるように手を回す。
「おいっ、やめろっ!」
「やめてあげない!!」
「よし、それなら俺もだ!!」
真似するようにルイスも俺の首に腕を回す。
むさ苦しいことこの上ない。
ふと2人の間からロゼを見ると、ロゼはまだ泣いていた。俺はその涙に動揺してしまった。
「待て待て。なんでまだ泣いてるんだ?」
アメリアとルイスを引き剥がし、俺はロゼの元へ向かう。
「これは……嬉しくて……」
「嬉しくても泣くのか?」
「馬鹿ねヨースケ!
女の子の涙はとっても純粋なものなのよ!?」
アメリアがロゼを優しく抱擁した。
「そうだ。パーティーならそれぞれに役職があるんだが、この場合ヨースケの役職は何になるんだ?」
ルイスが純粋な疑問を挙げる。
「ロゼが勇者でアメリアは魔女。俺は剣士だが、これ以外の役職となると……」
「それならいい役職があるわ!!」
一同の視線を集めたアメリアはふふ、と自信満々の笑みを浮かべる。
「ヨースケ、あなたは世話役よ!!」
こうして俺は、パーティーの世話役に就任した。
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