第6話 幽愁の宴

「いやぁー、それにしても転生して間もないヨースケに窮地を救われるとは。人助けのつもりが逆に助けられちまったんだな。ハハハ!!」


酒が入ったルイスが豪快に笑う。

俺たちは銭湯で軽く汗を流した後、大衆酒場に来ていた。

服に関しては汚れが酷かったため適当なものをルイスが見繕ってくれた。


「一体どうやって倒したのですか?」


「あー……」


まさか棺を投げつけて怯んだ隙を一撃で刺したとは言えない。仮にも棺はロゼとルイスの魂のようなものだ。それを乱雑に道具として使われていい気はしないだろう。


「棺を投げつけて怯んだ隙を刺したのよ」


「ちょっ?!」


返答を考えていると、アメリアが横から口を出した。


「そんな手があったのね……」


「一撃で仕留めたのか?標的が大きいとはいえ、魔物の心臓を的確に突くのは至難の業だぞ」


「いや……たまたま急所に当たっただけだ。運が良かった」


謙遜するなよ、とルイスがご機嫌に俺の肩を叩く。

しかし、棺を使われたことを怒ってはいないらしい。てっきり棺は大切なものだと思っていたが、ぞんざいに扱われても怒りの理由にはならないのだろうか?


「1つ聞きたいことがあるんだが、聞いてもいいか?」


俺は彼らに尋ねる。

何も返答がなかったのをYESと捉えて俺は切り出す。


「アメリア。どうして魔法を使わなかったんだ?」


これはこの場で聞くことではないのかもしれない。

しかし、俺はどうしてもその答えを聞きたかった。


「それに、ロゼがあっけなく倒された時に『ロゼだから仕方ない』と言っていたがあれはどういう意味だ?」


アメリアは下を向いたまま答えない。

ルイスもロゼも黙っていた。

やはり、聞くタイミングを間違えたか。

俺は適当に話を逸らそうと口を開いた。


「私たちは、弱いんです」


ロゼの一言によって、別の話題を切り出そうと開いたままの口が中途半端になってしまった。

ロゼはナプキンで上品に口元を拭くと、アメリアの代わりに語り出した。


「私は……ロゼ=エルザベットは、勇者の家系の生まれでした。我が家では、生まれてすぐに勇者としての英才教育が施されます」


そこで語られたのは、エルザベット家とロゼの物語だった。


「女である私も例外ではなく、強くて聡明な勇者に育てられるはずでした。しかし私は生まれつき体が弱く、幼少期はほとんどベッドの上で過ごす生活を送っていました。両親も私の身を案じて決して無理はさせませんでした。


そんな私も、16歳になりました。この国では、16歳で大人と認められます。勇者の家系である私も、当然大人になれば勇者として街を守る役職につかなければなりませんでした。不幸中の幸いと言いましょう、私の体はその頃にはかなり丈夫になっていました」


俺はロゼの身の上話を黙って聞いた。

ロゼは悲しい顔で続きを話す。


「しかし、体が弱かった私は勇者としての教育をまるで教え込まれてきませんでした。体力もセンスもなかった私は、勇者としては落ちこぼれでした。それでも勇者の家系の娘ですから、両親はルイスとアメリアを側近として私に仕えさせて旅に出しました。こうして私たちはパーティーを組んだのです」


すると、今度はルイスが怒気を孕んだ口調で物語を紡ぐ。


「俺はエルザベット家の護衛をしていた両親の下に産まれたんだ。将来は両親の跡を継いで護衛をするように短剣の使い方を教わっていた。俺の武器はすばしっこいことだ。早さと手数の多さじゃ誰にも負けない自信がある。だけど、パワーに関してはまるで駄目。小物の魔獣を倒すのでやっとの実力だ。そんな俺にエルザベットの護衛が務まるわけが無い……なのに、ロゼにつくように言われたんだ。俺じゃ力不足だと何度も言った。でも、誰も俺の話を聞き入れなかった」


ルイスはとても悔しそうだった。

その日のことを鮮明に覚えているのだろう。


「私も同じようなものよ」


アメリアが自嘲して言った。


「私は魔法が使えない。魔女なのにね……笑っちゃうでしょ? この杖も格好も、全部見せかけ。お飾りなのよ。

……あぁ、転生者だから知らないわよね。私は、人間じゃないの。エルフっていう種族。魔法が使えて当たり前の種族なのに、私にはそれが出来ないの」


魔物を前に杖を構えて震えていたアメリアの姿を思い出す。


「生きてる価値なんてないと思ってた。なのに、ある日ロゼの両親の使者が私を雇った。きっと、ロゼに仕えさせる出来損ないをエルフの住む村に探しに来たのね。元から私は役立たずだったから、私の両親はすぐに私を売り飛ばした。厄介者が金になるんだもの。当然よね」


「アメリア……」


ロゼが労わるようにアメリアの手を握った。


「いいのよ、ロゼ。自分が役立たずなことなんて、私が一番よくわかってるの。今さら否定の言葉もないわ」


俺はようやく理解した。

彼女たちはいわば出来損ないの寄せ集め。

誰も彼女たちに期待していない。

自分たちにとって不都合なものを切り捨てて都合のいいように処分しただけだ。

……最低だ。

本当に最低な人種だ。


落ちこぼれ勇者と非力な護衛に魔法の使えない魔女。

待ち受ける未来は明るいものではないだろう。


「勇者って、なんだろうな……」


いつだって同じだった。

弱者が虐げられるのは、異世界でも変わらない。


「料理が冷めちゃったわね……」


ロゼが呟いた。



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