第2話 高野陽介、転生する。

眩しくて何度か瞬きを繰り返すうちにぼやけていた視界が回復する。


「ここは……」


頭の下には何かふわふわとした柔らかい感触。

そして目の前に、大きな2つの塊。

すると突然それが動き出し、女性の顔が現れる。


「大丈夫ですか?」


透き通った綺麗な声がその女性から発せられる。

どうやら俺は彼女に膝枕されているようだ。

状況を理解すると、俺はすぐさま起き上がった。


「元気そう、ですね」


「あ、いや……元気っていうか何というか」


女性は優しく微笑んだ。

どこかわからず混乱していた俺は、彼女の微笑みで正気を取り戻した。


一度、彼女を観察してみる。

金髪の長い髪はとても美しく、ハーフアップにして後ろで束ねられている。

瞳はエメラルドをはめ込んだような深く澄んだ碧色で、肌は陶器のように白い。

触れれば壊れてしまいそうな華奢な体のつくりだ。

そんな女神のような美しい女性は、その容姿に似つかわしくない鎧を身に纏っていた。

そのアンバランスな風貌がすごく不自然だった。


彼女の観察を一通り終えると、今度は周囲を見回した。

周りには何もない。

草木が見渡す限り続いている。

今どき田舎でもこんな大自然は滅多にない。

ここはどこなのだろうか。


「あの……」


1人で考え込んでいると、目の前の彼女が不思議そうな目を向けていることに気づいた。


彼女が何か言いかけた時、遠くの方から別の人の声がした。


「ロゼ! そいつから離れて!」


どうやら彼女の仲間のようだ。

振り返ると、若い男女が俺に敵意を向けていた。

女の方はグレージュの髪を三つ編みにして後ろに垂らしており、魔女のような格好をしていた。

そして男はブロンズアッシュの髪にゴールドの瞳をもち、手には短剣を握っている。


「待って、違うの!」


ロゼ、と呼ばれていた俺を助けてくれた女性は立ち上がって俺を守ろうとした。


「どういうこと? そいつ、何者なの?」


「わからない……でもきっと悪い人じゃないわ! そうでしょう?」


ロゼは俺を振り返って見た。

彼女の瞳は俺に問いかけた。

お前は何者なのか、と。


「俺は……」


その時真っ先に思い出したのは、弟のことだった。

記憶の中で弟は泣いていた。

生前、最後に見た弟の顔だ。


「うっ……あ、あ」


俺はその場に泣き崩れた。

弟の悲鳴と血生臭い空気、そして骨がぐちゃぐちゃに折れたあの時の痛みを鮮明に思い出してしまった。

気持ち悪い。

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い、気持ち悪い。


「うッ、うぇっ!! ぁあ……あぁっ!!」


俺は胃の中のものを吐き出した。

と言っても大したものは入っていなかったため、出てきたのはほとんど胃酸だ。


「はぁっ、はぁっ……お、俺は……ッ!!」


「落ち着いて!」


ロゼの声も、その仲間の声も遠く聞こえた。

全部が気持ち悪かった。

俺は自分が死んだということを思い出した。

それは受け入れ難い、けれど紛れもない事実だった。


「水っ! 早く彼に水を!」


あまりの俺の取り乱し様にロゼの仲間も敵意を忘れて、ロゼの言う通り水を俺に飲ませようとした。


「大丈夫、大丈夫だよ」


ロゼは何度も大丈夫と言いながら、俺の背中を優しくさすった。


「はぁ……はぁ……」


俺は次第に落ち着きを取り戻した。


「あの、なんか……ごめん」


魔女風の女がバツが悪そうに言った。


「とにかく、あんたが私たちに敵意を持ってないことはわかったから。 だからとりあえず、落ち着きなさい」


どうやら俺が取り乱したのは自分のせいだと思っているようだった。案外情が深いいい奴なのかもしれない。


その時、ぐぅ、とお腹が鳴った。

俺はそれが自分のものだとわかると恥ずかしくなった。


「ご飯にしましょうか」


ロゼは少しだけ笑って言った。それは馬鹿にしたような笑い方ではなく、優しくて温かいものだった。


彼女たちがリュックから取り出したのは、保存食のようなものだった。大きな葉っぱの包みを開くと、中から肉が出てきた。

それが何の肉なのか知らなかったが、食感は鶏肉に近い。保存食なので味付けは濃すぎるぐらいだった。


「ねぇ、あんた名前はないの?」


肉を食べながら魔女が言うと、それを男が横から制止した。魔女がしまった、というような顔をする。


「いや、いいんだ。俺の名前は……高野陽介」


俺は自分の名前を口にした。

19年間生きてきた俺の名前だ。


「タカノヨースケ? ヘンテコな名前ね! 私はアメリア=コースティーよ」


彼女は溌剌とした声で言った。

アメリア=コースティー。どこの国の名前なのだろう。少なくとも日本人ではなさそうだ。


「私はロゼ=エルザベット。よろしくね」


「俺はルイス=アーノン。よろしく」


アメリアにロゼにルイス。

どうにもずっと日本っぽくない名前だ。

彼らの容姿も日本人離れしている。


「あ……?」


肉を食べ終え、器の水を飲もうとした時、水面に自分の顔が映った。


「俺、じゃない……」


そこに映ったのは金髪に青い瞳の青年だった。

明らかに日本人ではない。


「待て、待て待て。俺は高野陽介だぞ? こいつは誰だ?」


「何を言ってるの? 大丈夫?」


「いや……そんなはずはない。 そうだ、俺は何か夢を見ているんだ。 じゃあ、死んだのも全部夢なのか?」


こんな設定信じられない。

19年間生きてきた自分の顔を見間違えるわけがない。こんな男、俺は知らない。

高野陽介はどこにでもいそうな黒髪で黒い瞳の純日本人だ。金髪青眼の青年じゃない。


これは全部夢だ、ありえないと自分に言い聞かせようとしていると、ぽつりとアメリアが呟いた。


「ねぇ、もしかしてあなた……転生者?」


「は……?」


転生とは、生まれ変わることだ。

確かに高野陽介は一度死んでこの青年に生まれ変わったとすると一応筋は通る。まぁ、転生したというならば青年ではなく赤子の姿でないとおかしいのだが。


「やっぱり転生者なのね。てっきりロゼを襲おうとした盗賊かと思ったけど。 まぁそういうことなら、私たちが街まで送ってあげる」


「街?」


アメリアの言葉をルイスが引き継いだ。


「この先の森を抜けると街に出る。そこなら魔物は出ないし、店もたくさんあるから頼めば雇ってもらえるさ。下宿付きの働き口もあるから、そうすれば衣食住には困らない。転生者ならこの世界の仕組みもわかってないだろうし、とりあえず街に出るのがいいだろう」


「なるほど……街か」


「街までは私たちが安全に送り届けるから安心して! 私たち、パーティーを組んでるのよ!」


アメリアがとん、と胸を叩いた。

頼もしい奴だ。


「わかった。じゃあ、街まで同行させてもらう」


「よし、そうと決まったら出発だ。今から行けば日暮れまでには街に出られるだろう」


俺たちは早速森に入る準備をした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る