写真の束とアルバム

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

 これは、一体どうしたものだろう。妻に子供時代の君の写真が見たいと訴えたら、上等な厚紙の束と、粗末な封筒の束を渡された。どう見ても、写真館で撮られたものと、学校の行事で撮られたものなのだ。

おか家には、アルバムという文化が無いのか」

 なんだ。見てみたかったのに。諸事情により、私はごく質素なアルバムしか持ちえていない。溜息を吐く。

「どうしてだろう。我が家に香里かおり君のような美少女が居たら、普通の親ならば写真を撮らずにはいられないはずなのに」

「ほら」

 妻は、複数の厚紙を開いてみせる。おお。思わず声が洩れる。見事なまでに顔が全て同じ角度で写っている。要するに、人の視線が苦手なのだろう。

「中程から妹専用になりますが」

 注釈を添えられた一冊のアルバム。途中から意図的に写真の枠に納まることを嫌がっている。これは、これは。あごに手をやり、私は唸る。そして、すぐさま写真の束を片付ける妻。こんなもの見てもつまらないでしょうとでも、言いたげだ。澄まし顔で、退室する。廊下で、妹御につかまる。

 あら、姉さまの写真ですか。なつかしい。等々。手を叩く音がする。

「お手伝いさんが私たちのアルバムを作っていたのですよ」

 妻は妹を急かし、その場を去る。当然、私は立ち上がる。捜査開始である。

松本まつもとさん」

 首尾は上々である。なんなく目的の物を得る。

「これは、隠し撮りなのです」

 老女は、茶目らしく言う。私は頷く。

「香里お嬢さまは、表向きには結里ゆりお嬢さまを邪険にしているようにお振る舞いになります。その実、あんなに情の深い方は他にはありません」

 私は分厚いアルバムを手繰る。赤ん坊を抱く幼い少女。ミルクを与えている。これは、妹を背に抱えている。そんな記録が幾数枚も在った。私は目を瞬き、微笑む。

「確かにこれは妻には見せられませんね」

 道理で歳の離れた妹が姉に懐くわけである。それでも、妻は妹を好かないと言う。それは、妻の求めるものと違うから。双方、一方通行なのである。こんなにチャーミングな姉妹が他にあるだろうか。

「ああ、それでか」

 私は一つの真実に、行き当たる。老女は顔を上げる。

「私が香里君に初めて会った日。少女は、自分の妹が嫌いなのだと言いました。彼女はすでに育児ノイローゼだったのですね」

 二人は声を上げて笑った。となると、長女と母親の反りが合わないのも得心がいく。姉は妹が嫌いで、妹は姉を家族中で誰よりも好いている。表を見て、裏を知らない母は納得いかないだろう。それも仕方ない。

 やがて、自ら子を産み育てることを恐れていたかつての少女は杞憂だったことを知る。そして、少女の母もまた知るのだろう。私の娘は、母が唾棄すべき子供ではなかったと。きっと多かれ少なかれ姉妹の母もまた育児について思い悩んでいたのだ。感情の起伏が解りにくい長女。誰にでも優しくする代わりに、母にもその態度を一貫する次女と。私は手元のアルバムを元あった場所に戻した。

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写真の束とアルバム 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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