第10話 外交幕間
西暦2027(令和9)年2月27日 イベリシア亜大陸南部 イスパニア王国港湾都市アルヘシリア
その日、イスパニア王国最南端の港湾都市アルヘシリアに、数隻の艦艇の姿があった。目的は無論、イスパニア王国に対する公式接触であった。
「しかし、わざわざ接触のために、この大兵力か…」
大型護衛艦「いわみ」の艦橋で、外交全権を担う
海上自衛隊最新鋭の航空機搭載護衛艦「しょうかく」や、防空戦に優れた性能を持つミサイル護衛艦、マルチな作戦に対応できる汎用護衛艦で構成されるその光景は、イスパニア王国側に大きな圧力を仕掛けるに十分だろう。
「何せパルトシア王国との接触でああも
艦長の言葉に、藤田も頷くしかない。アゾリア諸島やパルトシア本国への接触時には、海上保安庁の巡視船を用いたが、それが却って相手の日本に対する認識を誤らせてしまったのだろうと政府や自衛隊は考えたのだ。
「艦長、藤田さん、迎えの船が来ました」
「よし…では、会いに行きますか」
・・・
アルヘシリア市内
海上自衛隊第1護衛隊群の到着から30分後、藤田ら外交使節団の面々は市内の公立会館にいた。ここではたびたびイベリシア諸国やモルキア亜大陸諸国の貿易に関する交渉が行われており、交渉の場として最適であった。
「どうも初めまして。私は日本国外務省より派遣されました、外交官の藤田です」
藤田の名乗りに対し、茶髪のいかにも貴族といった風貌の男は腕を組みながら名乗る。
「お初にお目にかかる。私はこの街の行政官を務めているジモンだ。此度は我が国に何用であるか?」
「現在、我が国は周辺の国々に対して接触を試みており、何らかの外交関係を有したいと考えております。貴国への来訪もその一環です」
「成程…実を言えば、国王陛下は貴国に対して強い関心をお持ちだ。出来れば正規の国交と貿易条約を結びたいと考えておられる」
相手の意外な反応に、藤田は眉を顰める。こういう反応の場合、何かしら裏があると踏んでおいた方がよいと、藤田は考えていた。
「前以て言っておきますが、我が国は貴国の属国となるつもりは皆目ありません。それを求めたパルトシア王国が現在どうなっているのか、貴方がたもご存じの筈でしょう?」
「卿らが警戒するのも無理はないだろう。だが、貴国と強い関わりを持っているベルリア王国の発展ぶりは耳にしている。争うよりも手を取り合う事の方が利益がある事は十分に理解しているつもりだ」
「であれば、貴国より我が国に対し、使節団の派遣をお願いします。今回のパルトシア王国との武力衝突は、双方の理解の低さと価値観の相違により生じました。貴国も二の轍を踏まぬ様に、冷静な判断をお願いします」
「承知した。我らとて、今港に錨を降ろす巨船たちを敵に回す様な無礼は働かんよ」
ジモンは腕組をほどき、指を鳴らす。と直後に数人の侍従が現れ、テーブルの上にある書類を片付け始め、そして代わりに食事を並べ始める。
「さて、我が国では来客には十分なもてなしを施す事が貴族の誉となっている。安心したまえ、毒は盛っておらぬよ。我らなりに卿らへの誠意を見せたいからな」
「では、お言葉に甘えて…」
この後、双方は食事を交わしつつ、自国の文化について語り始める。そして最初の会談から4日後、イスパニア王国は日本に対して外交使節団を派遣したのである。
・・・
イベリシア亜大陸より西に1万5千キロメートル バルカニア帝国首都ウィニス
イベリシア亜大陸より西に1万5千キロメートルの位置にある、バルカニア大陸。その地を支配するバルカニア帝国は、南北に位置する国々との対立や衝突を経て、多民族国家としてその名を轟かせていた。近年では東に位置する大国フランキア帝国との対立も起きており、周辺国の情報収集に余念を欠かさなかった。
その首都ウィニスにある外務省では、国際情報局のトップを務めるロレンス局長が、エッケナー外務卿に報告を上げていた。
「閣下、東のイベリシアが騒がしい事になっている模様です。どうやらイスパニア王国が新たな新興国と外交交渉を始めた模様です」
「例の、モルキアに肩入れしている国か?近年、ベルリアは何処から買ったのか分からぬが、高性能の貨物船を用いて輸出を進めてきているからな…」
1年前より東の果ての小国であったベルリア王国が、大型の貨物船を何隻も投じて大量の鉱石を輸出してきたり、時々高性能な工業製品を売りつけてきているという情報は多くの国々に衝撃を与えており、外務省直属の情報機関である国際情報局は、バルカニアとベルリア双方と貿易関係にある国を中心に情報を収集。東方での出来事をキャッチしたのである。
「して、これから如何致しますか?」
「決まっておろう。ニホンとやらに接触を計るのだ。フランキアにも十分な警戒をせねばならぬしな…皇帝陛下や宰相閣下にも同様の報告を上げる。資料の製作は任せた」
「ははっ…世界が、変わり始めましたな」
ロレンスの言葉に、エッケナーは小さく頷き返した。
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