第6話 変わりゆくモルキア

西暦2026(令和8)年/新暦1026年8月15日 ベルリア王国北東部 港湾都市シータ


 日本国が異世界へ転移して丁度1年が経ち、ベルリア王国最大の港湾都市シータは、見違えるほどの姿となっていた。


 近代化された港湾には、巨大な貨物船が何隻も来港し、内陸部で採掘され、鉄道で輸送された鉱石を詰めたコンテナを積み上げでいく。別の埠頭では1隻の自動車運搬船が何十台もの自動車を降ろし、貨物船は日本本土で生産された製品が入ったコンテナを積み上げていく。その光景はシータ市民からすれば壮観そのものだろう。


「ニホンなる国の国力には凄まじいものがあるな…これには驚きしかない」


 シータ城のバルコニーにて、シータ太守のルボスはそう呟きながら、様変わりを果たした港湾部を見つめる。現在日本国はここベルリア王国のみならず、複数の部族が乱立する西のアルジャ地方にも進出を進めており、沿岸部を中心に複数の計画都市が築かれていた。


 広大な砂漠に築かれた太陽光発電所と淡水精製プラントを中心に、日本の最新の技術が注ぎ込まれたビルが立ち並び、道路上には日本製自動車が走る。都市間の長距離移動には鉄道が用いられ、在来の住民は日本の脅威的な技術力と生産力にただ驚愕するばかりであった。


 無論、ただ自分たちの技術力を見せつけるだけで都市を築いたわけではない。アルジャ地方での調査の結果、化石燃料や鉄鉱山、そしてリン鉱山が確認されており、これらを開発・輸出する拠点として植民都市が建設されたのである。現地住民にも雇用の機会は生まれ、建設従事者として日本の技術力の一端を知る事となったのだ。


「日本より様々な技術が来る様になって、我が国の生活は見違える程に良くなった。だが、パルトシア王国からはそれが疎まれているらしい…」


「先のアゾリア諸島に関する問題を受けて、パルトシア王国軍は現地を奪還するべく、国内全ての教練場にて徴兵者を訓練し、造船所も軍船の建造にひっきりなしになっているそうです。それも本国のみならず海外の領土でも同様にです」


 彼らが住むこの世界には、魔法と呼ばれる技術がある。しかし万能の技術という訳ではなく、木造船の建造に関しては樹木の促成栽培と木材の加工、そして船舶の建造に関して用いられ、普通なら数年はかかるであろう建造を1年以内に収める事が出来ていた。


 日本の軍事力であれば、直ちに戦略的行動に移って先に叩く事も出来るが、国家予算の多くを友好国の経済成長に充てている現状、燃料と弾薬の消費は抑えたく思っており、また戦争に関する大義も求めていた。


「ニホンは大義を尊重する国ですからね…自身をフォローしてくれるくにがほとんどない状態で、信頼を失う様な行為を取る事の難しさを理解して、敢えて不利な立ち回りをしているのでしょう」


「だが常に受け手でいるのも厳しすぎるだろう。さて、彼の国は如何様に立ち回るのか…」


・・・


西暦2026年9月8日 日本国東京都 首相官邸地下


 その日も東京の首相官邸地下、戦術核兵器ごときでは破壊出来ぬ場所にある危機管理センターにて、高田首相ら内閣メンバーは会議を行っていた。


「どうですか、相手はこちらの言い分を聞いてくれましたか?」


「全くです。こちらは謝罪と賠償さえしてくれれば直ちに撤退すると申し上げているのですが、『悪いのはお前たちの方だ』『何故侵略者相手に頭を下げなければならない』との一点張りでして…」


 高田の問いに対し、新藤外務大臣は首を横に振る。続いて口を開いたのは飯田いいだ統合幕僚長であった。


「あと破壊工作も激しさを増しております。どうやら通常の人類とは全く異なる種族を用いて、船舶への破壊工作や自衛隊駐屯地への妨害を行っているらしく、これらの対処にも苦慮しております」


「成程…自衛隊はパルトシア王国の戦力強化に対して、どの様に対処する方針ですか?」


「はい、基本的に我が自衛隊としましては、洋上ないし沿岸での侵攻軍撃退を主軸に考えております。相手の主要な海上戦力は木造帆船であり、艦砲はおろか対空用の機銃でも十分に破壊可能です。ですので1個護衛隊群をアゾリア諸島のベステラーノ島沖合に展開し、先ずは敵艦隊を大アゾリア島近海まで誘引。遠隔操作式の機動機雷によって進路を制限し、一か所に纏めます。そして陸自特科部隊及び護衛隊群の砲撃によって包囲殲滅し、上陸を事前阻止します」


 かつての東西冷戦時、極東人民共和国はミサイルを主体とした小型艦艇のみならず、函館に対する強襲上陸作戦をも想定した大型戦車揚陸艦10隻を持つ海軍歩兵旅団を有しており、陸軍北海道方面軍団や空軍空挺旅団と連携しての北海道全土占領部隊を有していた。統一後も対馬の領有を目論む大韓民国や、人民中国を満洲に追いやった中華民国の水陸両用作戦能力の向上を受けて、沿岸迎撃用の装備・戦術の研究に余念がなかった。


 その例が陸上自衛隊の空挺輸送可能な155ミリ牽引式榴弾砲を装備し、大型輸送ヘリコプターによる空中機動で山岳地帯や森林地帯に展開し、奇襲に等しい砲撃を見舞う機動砲撃戦術を得意とする機動特科部隊である。現在アゾリア諸島には西部方面隊に属する第1機動特科隊が配備されており、地対艦ミサイルを有する特科部隊も含めれば、数百隻規模で襲い掛かってきても十分に対応できると統幕は考えていた。


「次に、航空機搭載護衛艦と大型護衛艦を主力とした海上機動部隊をパルトシア王国本土の首都リスボアへ展開し、奇襲攻撃を実施。港湾設備及び軍事拠点を破壊し、戦略的な打撃を与えます。その辺りで護衛艦艦載機による降伏勧告ビラの散布を実施し、戦争終結の道筋を探します」


「分かりました。戦争は虚しい結果しか生み出しません。さっさと終わらせますよ」


・・・


西暦2027(令和9)年/新暦1127年2月14日


 日本国が異世界に転移して1年半が経ったこの日、パルトシア王国は首都リスボアにて、壮大な出陣式を執り行っていた。


「いざ征かん、我らが偉大なる無敵艦隊よ。蛮族に奪われし地を取り戻し、この大東洋に安寧をもたらすのだ」


 特設ステージ上にて、国王のアフォンス5世が拡声魔法で呼びかけ、多くの将兵が敬礼を返す。この地には造船技術の粋を凝らした木造帆船600隻に、それらを運用する18万人の将兵が集い、その倍はいる市民たちに見守られながら、戦場へ赴こうとしていた。


「我ながらなんと素晴らしい光景であるか。これなら蛮族どもはもちろんの事、イスパニアにも勝てよう」


「その野望は、ニホンなる生意気な国を叩き潰してからでお願いいたします、陛下」

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