第5話 近寄る戦争

西暦2025(令和7)年9月8日 日本国東京都 保安省庁舎内会議室


 太平洋戦争の終結後、アメリカは内務省を解体し、秘密警察や情報機関の全てを消滅させたが、それは冷戦期初頭の共産主義者や反米主義者の暗躍とテロ行為の頻発、アメリカの支配に失望した旧帝国軍軍人や軍技術者の北日本への亡命を引き起こした。そのため政府は警察庁の創立に伴い、実働戦力を持つ情報機関の設立の許可をアメリカに申請。自衛隊設立後に警察庁の外局として、保安局が設立された。


 そして冷戦の終結後、北日本の解体に納得できない者たちへの警戒とテロ行為の事前阻止、そして都内での生物化学兵器によるテロ事件を引き起こし、北海道にて北日本軍残党と結託して武装蜂起を起こしたカルト宗教団体の様な危険分子の取り締まりのために、保安局は規模の拡大が企図された。実際、当時の警察庁は相次ぐ不祥事やテロ行為への後手後手とした対応の拙さから批判が高まっており、警察の組織刷新による強化は必然であった。


 そうして2004(平成16)年、アメリカや中東でのテロ事件を契機に、省庁改変によって保安省が設立。警察庁と保安局の立場が入れ替わったのである。さらにそこに、国土交通省の管轄下にあった海上保安庁も加わり、情報機関として広報局が設立。治安の守護者としての立場を明確にしたのだった。


 そしてこの日、新たに建設された保安省専用庁舎にて、保安省及び外務省、防衛省の三つの省庁からやってきた官僚たちによる会議が執り行われていた。


「それではこれより、会議を始めさせて頂きます。今回の議題は、新たな周辺世界に対する安全保障です」


 保安大臣を務める明石浩一あかし こういちの言葉とともに、会議が始められる。議題は当然ながら、転移によって変貌した安全保障についてであった。


「まず、我が国が現時点で国交を有するのは、モルキア亜大陸のベルリア王国のみであり、さらにアゾリア諸島と呼ばれる島嶼地域は、自衛隊が武装勢力鎮圧の名目で制圧下に置いております。アゾリア諸島はもちろんの事、ベルリア王国においても、盗賊や海賊の被害が頻発しており、ベルリア政府よりこれらの取り締まりの協力を求められております」


 現在ベルリア王国には数千人規模で日本人の技術者や労働者が派遣され、港湾設備の近代化や道路の舗装等といった工事が行われている。彼らの安全を守らぬ事には日本の影響力を拡大する事は出来ないため、政府では現在、自衛隊の派遣による治安維持作戦が計画されている。


「無論、保安省も都市部の治安維持協力や、ベルリア王国の警察機構育成を目的に実働部隊と教練部隊を送りますが、その根回しを外務省にお願いしたいのです。できますか?」


「分かりました。して外務省ですが、現在アゾリア諸島の宗主権を持っているとされているイベリシア亜大陸の国、パルトシア王国に対して接触を試みております。が、外交チャンネルの設立による関係改善を試みようとしておらず、大分苦戦しております。東方方面にも手を伸ばしてはおりますが、接触すら難しい状況ですので、当面はモルキア亜大陸に対して調査の手を伸ばす方針としております」


 日本としては様々な国と関係を持ち、経済圏を復活させたいところであるが、今のところ国交関係にあるのはベルリア王国のみであり、日本国内には不安が満ちていた。外務省としても無能のレッテルを貼りつけられぬ様に努力はしていたが、結果は芳しいものではなかった。


「ともかく、根気強く接触を試みていきましょう。そして国内の治安ですが、一部の反政府主義者が反乱を試みておりました。配給制における混乱も見受けられましたし、引き続き経済統制政策と配給制を続けて、過度な消費を戒める様にしましょう」


 明石の言う通り、現在の日本国は延命治療に等しい配給制度と経済統制政策によって、資源の払拭による滅亡を回避出来てはいるが、貿易相手が1か国だけでは国民を安心させられる程の物的余裕を得る事は出来ない。外務省の責任は重大であった。


「今は新たな国を探しつつ、モルキア亜大陸の開発と近代化に注力する事となります。その際に生じる治安問題を解決するのが、私たちの仕事です」


・・・


新暦1125年9月11日 パルトシア王国首都リスボア


 モルキア亜大陸から北に僅か100キロメートルの位置にあるイベリシア亜大陸。その東端に位置するパルトシア王国は、亜大陸以東の島々を支配し、広大な海洋経済圏を築き上げていた。その島々には豊富な海産物のみならず、金鉱や良質な木材などの資源も多数存在しており、さらに入植者の築き上げた農園では、オリーブやワインが大量生産され、モルキア亜大陸に対して高値で売りつけていた。


 その繁栄の象徴たる首都リスボアは、多くの建造物が立ち並び、道路上も多くの市民と馬車が行き交っている。空には定時哨戒任務に就くワイバーンが飛び交い、港には何十隻ものガレオン船が舳先を並べる。市民たちはその光景に自分たちの住む国の力強さを改めて認識し、誇りに思うのである。


 しかし、長らく平和にして繁栄の時を謳歌していたパルトシア王国に、突如として未知の国が接触。アゾリア諸島の総督府は「見知らぬ野蛮人などと対等な関係になるつもりはない」として、見せしめのつもりで外交官を処刑した事が、悲劇の始まりであった。


「アゾリア諸島は完全に未知の国家勢力に占領されており、連絡は回復しておりません。現在、軍は軍船300隻を動員し、将兵6万を派遣する予定です」


 首都リスボアにある巨大な王宮、その一室で将軍は国王アフォンス5世に報告する。が、国王は不満そうであった。


「その程度では周辺の下等国はもちろんの事、隣の忌々しいイスパニアにも示しがつかん。直ちに徴兵を実施し、1年以内に倍の数に増やせ」


「…御意に」


 国王の決定は絶対である。そして彼の言う通り、生半可な戦力でまた返り討ちに遭えば、パルトシア王国の名声は相当下落する。弱みを見せる事のリスクはそれだけ重いのだ。


「ですが陛下、倍の数を用意するには1年以内では少々難しいかと思われます。ですのでもう半年は延ばしていただけないでしょうか?であればより強力な武器も多数取り揃えられます。必勝のための方策ですので、ご再考願います」


「そうか、半年延ばせば勝てると言いたいのだな?」


「はっ…また、姑息ではございますが、現在アゾリア諸島には忌々しき亜人どもの奇襲部隊を送り込み、嫌がらせを実施しております。卑怯ながら必勝を得るための奇策だとご理解下さい」


 別の将軍の報告を聞き、アフォンス5世は顔を歪める。が、軍の勝利に対する執着心は理解できたので、それ以上は問い詰めない事とした。


 斯くして、パルトシア王国は王国全土に対して徴兵令と兵器増産令を公布。その動きは日本やモルキア亜大陸の知るところとなり、大東洋と称される海域の緊張は日増しに高まったのである。

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