第4話 国交樹立

新暦1025年/西暦2025(令和7)年8月23日 日本国東京都 都内高級ホテル


 この日、豪華客船「扶桑2」によって来日を果たしたベルリア王国外交使節団は、都内の高級ホテルに用意されたレセプション会場で、実務者協議に挑んでいた。


「船内での情報交換会でもお話いたしましたが、我が国は鉱物資源を求めております。対して貴国は、食料や木材等の天然資源を欲している、と…」


「その通りです。そして我が国は、食料を含む天然資源を求めております。何分砂漠ばかりの土地ですので…」


 高田総理の言葉に対し、ベルリア王国外交使節団代表のファハド国務局長官は答える。今双方が何を欲しているのかは、移動中に船内で行われた情報交換会で判明しており、共にそこを論点と定めていた。


「我が国には鉄鉱山や貴重な鉱石を産出する鉱山があります。が、現状の交通手段と港湾設備では、鉱石を大量に輸出する事は叶いません。ですので、貴国からはそれを解決するための輸送手段を提供してほしいのです」


「承知しております。我が国は交通インフラの整備に必要な技術のみならず、新しい農園を築き上げるための技術も有しております。その代わり、現地で新しい資源を開発する際、産出された資源を優先して利用する権利を10年は貸していただきたい」


 如何に自給体制が整えられているとはいえ、転移前の消費量に戻すには国内の生産量だけでは十分に賄いきれない。そして日本で運用されているものと同規模の農業プラントの生産力であれば、数か所だけでベルリア王国の食料自給率を100パーセントにする事が出来るが、商品作物に関しては倍の数を整備する事で十分に賄える様にしたいと考えていた。


「この権利租借の期間につきましては、定期的な協議にて更新するか否かを定めたいと考えております。よろしいですね?」


「異論はありません。それで貴国の、この進んだ技術を得られるというのならば…」


 斯くして、双方の貿易に必要な話が決まり、9月1日に国交樹立に至ったのである。


・・・


西暦2025年9月2日 樺太道東ハリコフ市 レオニード・カルツェフ記念東ハルキウ重機工場(LKZTO)本社


 冷戦期、極東人民共和国は労働者の楽園となるべく、良質な工業製品を安価で得られる工業地帯の整備と、産業の発展による賃金の高い共産主義経済の構築を目論んでいた。結果的に生産された利益の多くが共産党の高級幹部や農業プラント、工業地帯の管理者に優先的に流れる点は東側諸国と変わりはなかったが、北海道戦争時にソ連が押し進めた、ロシア人やシベリア送りの対象者の強制移住政策により、北日本の人口は急激に増加。絶頂期のピークであった1980年代末期には3千万を数えた。


 当然、その膨大な人口を支えるための外貨獲得手段たる工業は、軍事力強化の目的もあって急速に整備されており、中でもウクライナ出身者によって建設された人工都市ヴォストーク・ハリコフ、現東ハリコフ市には、軍事兵器や大型工業製品の開発と生産を担う国営工場が建設されていた。


 日本統一後は、建設に注力した技術者に敬意を称し、レオニード・カルツェフ記念東ハリコフ重機工場(LKZTO)へと改称。ロシア系ベースの兵器の生産や整備、重機の開発と生産、販売に力を入れたのである。


「久々の稼ぎ時が来た様だな」


 そのLKZTOの会議室にて、代表取締役を務めるオリガルヒが一人のイワン・クラコフはそう呟く。ベルリア王国との国交樹立が発表された直後、鉱山採掘に必要な重機や農耕機械、そして鉄道車両の注文が政府から送られてきたからである。


「今、政府は多くの重機と鉄道を欲している。今こそ労働者に雇用の機会をもたらし、南の企業に対して我が社の実力を見せつけるべきだろう。資源についてはどうだ?」


「樺太道内の資源備蓄基地にある分で、注文された分は生産可能です。が、我が社としてはベルリア王国の既存の鉱山の管理者とも関係を持ち、彼らからも資源を購入できる様にするべきだと考えております」


 クラコフ社長の問いに対して部下が答え、他の役員も頷く。確かに日本政府が一定期間、相手国の資源開発に干渉するのは国家が生き残るために必要な悪事であるが、本来あるべき付き合い方をも大切にするべきだとLKZTOの上層部は考えていた。


「ともかく、今は政府から求められている製品を作り、ベルリア王国に輸出するのみだ。我が社がより自由に動き回る事が出来るのは、一定の成果を出した後だ。アゾリア諸島なる罪深き地の再開発も必要だしな」


 斯くして、LKZTOのみならず日本全国の大企業が、限られた資源を有効的に活用しつつ、新たに遭遇した地の経済発展に寄与する生産活動を開始したのである。企業そのものが新世界の開拓者となった瞬間であった。

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