第3話 二つの邂逅

新暦1025年8月19日 ベルリア王国北東部 港湾都市シータ


 東西に伸びた地形をしたモルキア亜大陸は、内陸部の大半が砂漠で構成されており、住民の大半は沿岸部に集中している。生活の糧を海産物にも求める関係上、造船や海上物流が発達しており、時には首都よりも栄えている事が多かった。


 ベルリア人の治める国ベルリア王国の港湾都市シータもその一つであり、桟橋には数百隻ものガレー船やジーベック船が錨を降ろし、造船所では木槌の音が常に響く。海に面した場所には多くの建物が立ち並んでいる。


 そしてこの日は、ニホンなる未知の新興国家より新たにやってきた1隻の船に、町中が大騒ぎとなっていた。


「見ろ、あんなところに島でもあったか?」


「いや、動いているぞ!アレは船だ!」


 野次馬の面々が大騒ぎとなる中、市役所を担うシータ城のバルコニーでは、シータ太守のルボスが、沖合に留まる1隻の巨大船を見つめていた。


「何と巨大な船か…ニホンとやらの工業力は凄まじいものがあるな…」


「閣下、あれはニホンなる国より、外交官を乗せてきているそうです。恐らくは我が国と本格的な外交交渉を行うためのものでしょう」


 部下が太守に説明を行う中、沖合に停泊する豪華客船「扶桑2」のレセプションルームでは、外務省外交使節団が議論を行っていた。


「マフマド提督からの話によると、この国は鉱物資源に恵まれた国で、ここからさらに西にある国とも貿易関係にあるそうだ。だが港湾設備の近代化に余り協力してくれないため、輸出量は少ないという」


 日本人と日本国に亡命してきたロシア人のハーフであるユーリ・岸田きしだ外務次官の言葉に、同席する経済産業省職員の田中は頷く。


「であれば、そこに我が国が関係を結ぶ事の出来るきっかけがありそうですね…本国からは何を通せと?」


「未開発状態にある地域での資源開発と、交通インフラの開発整備の権利の10年単位での租借…相手の経済にとことん食い込んで来い、という事だ。いずれにしろ、新たな貿易相手国を見つけなければ、我が国はあっという間に干上がる。何としてでも、経済状態を以前の状態に戻さねばならん」


 岸田の言う通り、今の日本は貿易が出来ない状態に陥っており、輸出メインで稼いでいた企業は苦難に陥っていた。失業者も数十万発生している状況を改善するためには、利益を得る機会を生み出さなければならず、彼らに課せられた責任は重大そのものであった。


「ともかく、現在我が国は全方位に対して捜索の手を伸ばしているが、我ら以外は余り芳しくない。特に九州付近にて発見された島嶼地域に向かった者は、悲惨な目に遭ったそうだからな…」


「まさに危険と隣り合わせ、ですね。まぁ、最も不幸なのは、我が国の外交官を無下に扱った者たちなのですが」


・・・


西暦2025(令和7)年8月21日 福岡県より北西に300キロメートル


 太平洋戦争の終結後、連合軍との激戦によって壊滅していた日本軍であるが、極東人民共和国が成立した事や、ソ連が北朝鮮や人民中国に対して膨大な軍事支援を行った事をきっかけに、1947(昭和22)年に国家警備隊が設立。4年後に勃発した朝鮮戦争を経て自衛隊が組織され、極東人民共和国の正規軍である極東人民防衛軍と対峙する事になった。


 そして21世紀を迎え、その間に設立時から冷戦期に配備されていた装備は引退していったのだが、代替できる存在が無かったがためにしぶとく生き残ったものもあった。


「艦長、港湾部の城塞とおぼしき施設にて、白旗を視認。こちらからの降伏勧告が通じた模様です」


 艦橋下部に設けられた戦闘指揮所CICにて乗組員の一人が答え、艦長のタロウ・ポーター一等海佐は頷いた。


「やはり、暴力のみを外交の解決手段と考える様な野蛮な者には、同じ暴力が効くな。本来は話し合いで全てを定めるべきなのだが」


「まさか外交官を追い払うどころか処刑して磔にするとは…非道であるにも程がありますな。その結果がこの有様ですよ」


 副長の言う通り、彼らの視線の先には、甚大な被害を被った港湾都市の姿があった。


 今ポーターたちの乗る艦、大型護衛艦「ふじ」は、『北海道戦争』の後にアメリカ海軍から海上自衛隊に供与されたアイオワ級戦艦の1隻で、9門の16インチ砲のみならず多数の対艦ミサイルに対空ミサイルをも装備した本艦は、護衛艦隊における打撃戦力として、就役から80年も経った今も尚、最前線に姿を現していた。でなければこうして、穏便に接触を試みた外交官を処刑した、無礼な都市を主砲で焼き払うという光景などあり得ないだろう。


 実際、16インチ砲やミサイルのみならず、5インチ単装速射砲4門や旧ソ連で開発されたものを北日本でライセンス生産した30ミリガトリング砲8門を持つ「ふじ」の近接火力は圧倒の一言であり、近距離からの砲撃戦や乗り込みによる白兵戦を挑んだガレオン船を、本来ならば対空戦闘で用いられるべき火力で吹き飛ばしていったのである。そして都市の城塞部分に接近するや否や、多量の砲弾を流し込む様に投射し、現地住民に恐怖を与えたのである。


「この2時間後に、第2空挺団が強襲降下を実施し、完全に占領する事となる。習志野の第1じゃなくて豊原の第2だぞ?それぐらい政府は怒り心頭に達したという事だ」


「…相手は本当に残念な事をしましたね。我が国とて暴力で解決したくないのですが…」


 二人はそう話しながら、致命的な打撃を被った都市『だったもの』を見つめた。この数週間後、この地で起きた一つの悲劇は、さらなる悲劇を招く事となる。

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