第2話 或る日の国家安全保障会議

 太平洋戦争末期、帝国時代の日本は試練に見舞われていた。


 フィリピンに攻め込んできた連合軍に対し、旧帝国軍は残存戦力の全てを以て迎撃。上陸してきた敵陸軍の大半を壊滅させた他に、敵海軍にも甚大と呼ぶにふさわしい被害を与える事に成功したのであるが、それはソビエト連邦の参戦を招く事にも繋がった。


 4月7日の満洲侵攻に端を発した日ソ戦争にて、アメリカからの脅迫に近い要請で参戦した南米諸国の協力を得たソ連軍は、黒海や北海に存在していた戦力や、降伏したイタリアより賠償として接収した海軍艦艇を動員し、太平洋方面に集中投入。膨大な戦力を以て6月上旬に南樺太と千島列島に侵攻開始したのである。


 だが、日本とて全く対応できずに侵攻を受けた訳ではない。序盤に上陸してきた歩兵部隊と戦車部隊は、既存の中戦車や野砲で対応できるものであり、第91歩兵師団に属する第11戦車連隊は、本州に集中配備されていた三式中戦車を基幹とする第1戦車師団が救援として到着するまでの時間を稼ぐ事に成功したのである。


 それでもソ連軍の進撃は止まらず、7月末期には北海道北部に3個機甲師団が上陸。8月序盤に連合艦隊残存部隊がソ連海軍太平洋艦隊を撃破するまで、9個師団が道北を赤く染め上げたのである。


 9月に停戦が成立し、国内の混乱激化を危ぶんだイギリスの主張により、日本国が立憲君主制国家としての再スタートを切る中、樺太・千島・道北には日本共産党の生き残りを中心とする『極東人民共和国』が成立。南北に分断された日本は冷戦の真っただ中へと身を投じる事となった。


 だが、高度経済成長の波に乗り、白物家電や自動車、そして船舶の輸出で財を成す自由主義・資本主義国の日本国に対し、『北日本』の名称でも呼ばれる極東人民共和国は、北海道上の国境線を渡ってくる共産主義者や、北日本に対して理想を抱く者から得た西側技術によって技術水準を向上させるも、北朝鮮に対する食料輸出や、第三世界の国々に対して兵器を含む工業製品の輸出以外で外貨を稼ぐ手段がなく、第三世界における工業製品のシェアも南日本に奪われ始めると、80年代末期には深刻な経済危機に見舞われる事となった。


 そして1995(平成7)年8月、第三次天安門事件を発端とする保守派と改革派の内戦『天安門事件』が中国にて勃発し、共産主義体制の完全崩壊を危ぶんだ北日本は北海道の完全占領を目論んだ。だが首都ユジノサハリンスクにて、共産党の独裁に反発する者たちが蜂起。軍の青年将校もその動きに乗り、共産党体制は崩壊。『サハリンの雪解け』を迎えたのである。


 日本国はこの動きに対し、国連総会にて東アジアへの多国籍平和維持部隊の投入を要求。当時の人民中国政府では内乱と北朝鮮の怪しい動きを抑えきれないと判断され、自衛隊を主体とする平和維持部隊が派遣される事となったのである。


 結果として1996(平成8)年、台湾に亡命していた中華民国政府は南京に凱旋し、日本国は樺太・千島・台湾を統一。東アジア最大の島国となったのである。そして漸く訪れた安寧を享受する事30年が経ち、日本は突如として未知の世界へと迷い込んだのである。


・・・


西暦2025(令和7)年8月16日 日本国東京都 首相官邸地下 内閣危機管理センター


 原因不明の異常気象と地震、そして直後に訪れた全ての対外通信網とGPSの喪失は日本国全体に混乱をもたらしており、当然ながら政府は国家安全保障会議NSCを開いてこれの対応に当たる事となった。


「そうですか、無事に接触出来ましたか。それで、相手国は我が国に対して謝罪を求めてきましたか?」


 危機管理センターの中に設けられた会議室にて、高田和雄たかだ かずお内閣総理大臣は新藤しんどう外務大臣に尋ねる。


「いえ、まだそういった話は出てきておりません。が、我が方の哨戒機を用いた強行偵察に対して、説明を求める様子はあったそうです。当然と言えば当然ですがね」


「成程…外務省はこれから、どの様に対応する予定ですか?」


「そうですね…「はつはる」には外交官が乗っておりませんので、後日に外交官を乗せた船を派遣します。ともかく相手には我が国を理解してもらう事が肝要となります」


「分かりました。次に、現時点で我が国の抱える問題とその解決策について、報告をお願いします」


 この問いに答えたのは、農林水産大臣と経済産業大臣であった。


「まず食料問題ですが、北海道と樺太道の穀倉地帯、千島県の農業プラントで生産される分で、必要最低限の小麦と畜産業を維持できる分の飼料を生産できると見込んでおります」


 冷戦時代、常に極東人民共和国の潜水艦による通商破壊の恐怖にさいなまれていた日本では、科学技術の粋を凝らした温室式農業プラントを整備しており、コーヒー豆やカカオ豆といった輸入に多く依存していた作物の国産化に成功。統一後は温室の維持に温泉を用いている事から、『温泉コーヒー』や『温泉カカオ』などのブランド作物として少数輸出する事に成功していた。


 旧北日本地域も同様に、ソ連の政策によって強制的に増やされた人口を養うため、各地に温室を中心とした農業プラントを整備。『極東人民は常にチョコレートやコーヒーといった嗜好品を享受できる』という主張を具現化させていた。この農業プラントは北日本が消滅した後もなお生き残り、北海道のチョコレート産業を支えていた。


「燃料につきましても、国内備蓄のみで5年は維持できますし、樺太や北陸での石油採掘も安定しております。直ぐに致命的なまでの枯渇に陥る事は無いでしょう。ですがそれ以上に金属資源が深刻です。特にリチウムやニッケルが足りない状況であり、都市鉱山の活用による徹底したリサイクルを呼びかけております」


 かつて北日本は、主力商品であった兵器含む工業製品を量産するべく、北朝鮮やアフリカ諸国より大量の金属資源や石油を輸入。驚く程安価で良質な家電製品を第三世界や東側諸国へ供給していた。無論、その望むべき状態を維持するべく国内各地に備蓄拠点を設けており、今の日本の産業の命綱となっていた。


「ベルリア王国はどうやら豊富な金属資源を抱えている様であり、我が国からの需要に十分に応え得ると思われます。無論、他の国々にも同様に接触し、貿易を復活させたい所存です」


「分かりました。ともかく今は、何が起きたのかを正確に理解するための情報が重要です。我が国の現状を正確に把握し、然るべき対応を取らねば、我らは時間と資源を無駄にするばかりとなります」


 高田総理の言葉に、一同は揃って頷いた。

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