31.可愛くなる権利
「おはようございます、龍之介さん」
「あ、おはよ。マコ。ふわ~あ……」
朝、起きて来た龍之介に挨拶をする真琴。
いつも彼よりずっと先に起きて男装し、朝食の準備をする。早く起きたり朝の準備をすることに苦にはないが、毎日の男装はやはりストレスである。
先日、勇気を出してひとりでショッピングセンターで買って来た男物のシャツを着た真琴が思う。
(自業自得と言えばそうなんだけどね……、でも女として一緒に暮らすなんてやっぱり無理だし……)
最近芽生えてきた『もうバラして楽になりたい気持ち』と、恥ずかしい気持ちがぶつかる。そんなことを全く思っていない龍之介が声を掛ける。
「マコ、いつもありがとな。朝ごはん」
「いえ、いいんです。好きですから。それより今日お店に行ってもいいですか?」
真琴が龍之介の働く喫茶店『カノン』に行きたいという。
「いいけど、どうしたの? 急に」
「ええ、考えてみればまだきちんと一度もお店でコーヒーを飲んだことないなあって思って」
「そうだな。確かにそうだ。夕方まではいるからおいでよ」
「はい、お邪魔しますね」
真琴は笑顔のまま龍之介に答えた。
夕方、喫茶店でバイトをしていた龍之介が、その華奢な同居人がやって来たことに気付いて声を掛けた。
「いらっしゃーい、マコ。待ってたぞ」
男物のシャツに深く被ったニット帽、丸い伊達メガネをかけた真琴が店内にやって来る。店内には主婦やサラリーマン姿がちらほら見える。龍之介が言う。
「ここ座りなよ、カウンター」
「ありがとうございます」
真琴が龍之介にすすめられたカウンター席に腰を下ろす。龍之介が尋ねる。
「何にする? 暑いからアイスコーヒーでも飲む? アイスラテもできるよ」
「あ、じゃあラテで」
「了解!」
そう答えると龍之介はすぐに準備に取り掛かる。そこへ水を持って桃香が現れた。
「いらっしゃーい、真琴ちゃん」
「あ、桃香さん。こんにちは」
真琴がなぜか恥ずかしそうに下を向く。
ピンク色のふわっとした髪に同性でも目が行ってしまうほど立派な胸。辺鄙な場所ならがサラリーマンが多いのは絶対彼女のお陰なんだろうと思う。
桃香が真琴の隣のカウンター席に座って言う。
「相変わらず可愛い顔してるわよね~、真琴ちゃん」
「そ、そんなことないですよ!!」
照れて下を向く真琴。
「冗談じゃないんだよ~、ホントのこと」
「は、はい……」
真琴はそう答えながらじっと桃香の顔を見つめる。
(桃香さん、綺麗……)
雰囲気やスタイルもそうなのだが、綺麗に整えられた彼女のメイクに真琴の心が釘付けになった。陰キャだった自分。高三になったとは言え、化粧なんてまともにしたことがない。視線に気付いた桃香が尋ねる。
「あれ~、どうしたのかな? 真琴ちゃん。お姉さんに見惚れちゃった??」
桃香が笑みを浮かべて言う。
「あ、いや、その……、ごめんなさい」
「ふふっ、謝ることじゃないわよ」
「マコをからかうのはやめてくださいよ、桃香さん」
そこへアイスラテを作り終えた龍之介がやって来る。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
真琴は目の前に置かれたアイスラテを見てお礼を言う。桃香が言う。
「だってー、真琴ちゃん、本当に可愛いんだもん」
桃香が真琴を覗き込むようにして言う。恥ずかしくて下を向く真琴。龍之介が言う。
「まあ、それは確かに。マコは可愛い弟みたいなもんですからね」
(弟……)
真琴がその言葉を頭の中で繰り返す。
「マコ、俺、今日早出だからあと一時間ぐらいでバイト上がるけど、一緒に帰るか?」
「え、あ、はい! じゃあ、ここで飲みながら待ってますね!」
真琴が元気に返事をする。桃香が笑顔で言う。
「じゃあ、真琴ちゃん。お姉さんとお話がしたくなったらいつでも呼んでね」
「あ、はい……」
「ここ、そう言う店じゃないんですけど。桃香さん」
龍之介がすぐに突っ込む。
「ふふふっ……」
真琴はそんな彼らのやり取りを笑って見つめた。
「おまたせー、マコ」
店の前でひとりで待っていたマコに、私服に着替えた龍之介がやって来る。龍之介が尋ねる。
「ラテ、美味しかった?」
「はい、美味しかったです!!」
真琴がそれに笑顔で答える。
「じゃあ、帰ろうか」
「ええ。ちょっと帰りにスーパーに寄ってもいいですか? 食材を買いたくて」
「おう、もちろん。手伝うよ!」
「はい!」
龍之介と真琴は仲良くふたりで歩き始めた。
(え、あれって朝比奈だよね?? 何であんな格好で三上さんと……?)
その日、三上に会う為に喫茶店にやって来たカエデが、龍之介と真琴がふたりで仲良く歩く姿を見て思わず身を隠す。笑顔で見つめ合い楽しそうに会話するふたり。初めて見たその光景に思わずカエデが口にする。
「あれって、まるで付き合ってるみたいじゃん……」
カエデは真琴の妙な格好にも驚いたが、それ以上に『友達』だと聞いていたふたりの関係に疑念を抱いた。
マンションに帰る前にショッピングセンター内のスーパーに寄った龍之介と真琴。
夕飯の準備為に買い物にやってきた主婦達に混じって、真琴とカートを押す龍之介が一緒に歩く。
「あ、このじゃがいも新しくて美味しそー」
そう言って龍之介が押すカートに食材を入れる真琴。
「このミニトマト、美味しいですよねー!!」
そう言って再び真琴が食材をカートに入れる。龍之介が思う。
(ほんと楽しそうだな、マコ)
同じ男なのに料理好きな真琴。食材の買い物など龍之介にとっては苦痛でしかないのに、真琴は色々品物を見て楽しそうに買い物をしている。真琴が尋ねる。
「そう言えば龍之介さんって、好き嫌いとかあるんですか?」
「好き嫌い? うーん、特にないかな……」
基本何でも食べる龍之介。特に今は作って貰っているので出された物はすべて食べるようにしている。
「そうですか。じゃあ、色々と作って見ますので食べて下さいね」
「ああ、ありがとう……」
龍之介は感謝しつつも、一瞬これが『男同士の会話』に思えなくなってくる。ただ純粋な龍之介。すぐに考えを切り替えて思う。
(マコは本当に料理好きなだな!! それはそれで全然ありだよな!!)
龍之介はカートを押しながら楽しそうに買い物をする真琴の後を歩いた。
「重くないですか、龍之介さん?」
たくさん買い物をしたふたり。食材でいっぱいになった袋を龍之介が持つ。
「大丈夫だよ、このくらい」
龍之介が笑顔で答える。
「すみません、私、非力で……」
細い真琴の腕。龍之介は首を振って答える。
「いいって、いいって。気にすんな」
「はい」
真琴は嬉しそうに返事をする。
(あっ)
そんな彼女の目に、ショッピングセンターの並ぶ化粧品コーナーが映る。
先程会った桃香のような美しい女性のポスターがたくさん貼られており、並び立つ店員は皆ばっちりメイクされている。真琴が尋ねる。
「龍之介さん……」
「ん、なに?」
スーパーの袋を持った龍之介が答える。真琴が言う。
「あの、例えばですけど、すっごく暗い女が、陰キャっぽいような女の子が、あんな化粧をするのっておかしいですか?」
真琴は小さくその化粧品コーナーを指差して見つめる。龍之介もそれを見てから真琴に答える。
「女の子が化粧? いや、それって普通じゃねえの?」
「普通……」
真琴が顔を上げて龍之介を見つめる。
「女の子って誰もが可愛くなる権利があるんだから、暗いとか陰キャだからダメってのはおかしいだろ?」
「全然化粧なんてした事のない女の子でも?」
龍之介が首を傾げて答える。
「誰だって最初は初めて。可愛くなろうと頑張ろうとしている女の子を馬鹿にするようなことは許されないぞ」
(頑張ろうとしている女の子……)
真琴がその言葉を頭の中で繰り返す。龍之介が尋ねる。
「あー、もしかしてマコの好きな女の子がそう言うタイプの子なのか??」
「え? ち、違いますって!!!」
「隠さなくてもいいぞ。高校生って色々悩むもんな!!」
「だから違いますって!!!」
そう言って笑いながら先を歩く龍之介の後を、真琴が追いかけるようにして後について行った。
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