30.誕生日プレゼント
捻挫した足で無理してお風呂に入った真琴。
そのせいか浴室で足を滑らせ、もう片方の足までぶつけてしまう。
「足に力が入らない……」
足以外大した怪我はなかったのだが、肝心な両足に力が入らずひとりで立てなくなってしまった。
(どうしよう、どうしよう、お風呂出れないよ……)
今家に居るのは龍之介ただひとり。
だが助けて貰う訳には行かない。女であることが知られることは勿論、全裸を見られてしまうことが死ぬほど恥ずかしい。
(考えろ、考えろ……、とりあえず足のマッサージでもしよう……)
真琴は湯船に浸かりながら痛めた足や、昼に捻挫した足を優しくマッサージする。少しでも歩けるようになれば這ってでも脱衣所まで行き、服を着る。そこまで行けば龍之介の助けも借りられる。
「あ、でも髪の毛、乾かさなきゃ! このままじゃバレる……」
今更ながら男装して一緒に暮らすという計画が無謀だったと思える。純粋で疑うことを知らない龍之介だからここまでやって来れたが、勘の鋭い男だったら直ぐにバレていただろう。
(とりあえずマッサージ、マッサージ……)
真琴は湯船の中で必死にマッサージを続ける。
だが、ただでさえ熱いお湯。その中で動揺で焦り、マッサージを続ける真琴の体はすぐに熱くなってきた。
(何だか汗が出て来て、暑いわ……)
真琴は必死にマッサージを続けた。
「マコの奴、遅いな……、本当に大丈夫か……?」
夕飯の片づけを終え、リビングで寛いでいた龍之介が時計を見つめる。
(もう一時時間以上入ってる……)
男にしては長風呂である真琴。それにしても今日は長い。ずっとスマホをいじっていた龍之介が立ち上がり浴室へと向かう。
「マコー!! マコ!!!」
龍之介は浴室の前に来て真琴の名前を何度も呼ぶ。しかし返事がない。
「おい、マコ!! どうした!? 返事をしろよ!! 開けるぞ!!!」
そう言ってドアノブに手をかけるが、もちろん鍵が掛かっていて開かない。龍之介が真剣な顔で真琴の名前を呼びながら、ドアを何度も叩く。
ドンドンドン!!!
「マコ!! 大丈夫か!! 返事してくれ!!!」
龍之介はこのまま返事がなければドアをぶち壊して中に入るつもりであった。
「りゅ、龍之介さん、大丈夫です……」
そんな彼の耳に真琴の弱々しい声が聞こえた。龍之介がドアに近付いて大声で言う。
「大丈夫なのか? 全然大丈夫そうに思えないけど、何があった!?」
真琴の無事が確認できてとりあえず安心した龍之介。真琴が答える。
「ちょっとのぼせちゃって……、大丈夫ですから、本当に……」
真琴はあの後必死にマッサージをしてようやく足の痛みが引いて来て立てるようになったが、熱いお湯にずっと浸かっていたため完全にのぼせてしまった。
今は何とか床を這いずって脱衣所まで来て、ぐったりしたまま体を拭いている。龍之介が言う。
「マコ、ここ開けてくれ。俺も手伝うよ」
「だ、大丈夫ですって!! 本当に!!」
まだ半裸状態の真琴。今開けたらとんでもないことになる。
何度も断られた龍之介が心配そうな声で言う。
「分かった。だけど無理するなよ」
「う、うん。出たらそっち行くね……」
真琴は龍之介が立ち去るのを確認してから、くらつく頭で無理をして体を拭きドライヤーで髪を乾かし始める。
(だめ……、気持ち悪い……)
めまいも少しする。
足も痛む。
真琴は必死に髪を乾かし帽子をかぶると、ドアを開け浴室から出てリビングへと向かった。
「マコ!!」
戻って来た真琴の姿を見た龍之介が名前を呼ぶ。
「龍之介さん……」
真琴は薄手のトレーナーに長ズボン、真っ赤な顔をしているくせにやはり頭には深くニット帽をかぶっている。龍之介が真琴に駆け寄り肩を貸す。そしてソファーに座らせながら言った。
「大丈夫か? 今、水持ってくる!」
龍之介はすぐにキッチンに走り水をコップに入れて真琴の元へと戻って来る。
ゴクゴクゴク……
よほど喉が渇いていたのか、持って来た水を真琴が一気に飲み干す。
「もう一杯下さい……」
「ああ」
すぐに龍之介がキッチンへと走る。そして水を真琴に渡すと用意していたうちわで真琴を扇ぎ始める。
「涼しい……」
少し落ち着いた真琴を見て龍之介がほっとする。
「足が痛くて長風呂になっちゃたんか?」
真っ赤な顔をした真琴が答える。
「うん、ごめんなさい……」
あれほど龍之介の手助けは要らないと断っていた手前、まさか風呂で転んでもう一方の足も痛めたとは言えない。龍之介が笑って言う。
「足は怪我するし、風呂はのぼせるし、本当にマコはしっかりしているようでおっちょこちょいだな」
「はい……」
もう何も言えない。龍之介が立ち上がって言う。
「確かうちにも湿布あったろ? 取って来るよ」
「あ、はい。ありがとうございます……」
龍之介は団扇を真琴に手渡すと、別室にある湿布を取りに部屋を出た。
「おっちょこちょいか……、否定はできないかな……」
真琴は龍之介に言われた言葉を繰り返し、少し笑う。
「マコー、持って来たぞ。足、出しな」
湿布を手にした龍之介が部屋に戻って来て真琴に言う。真琴がそれを首を振って断る。
「だ、大丈夫です! 自分で貼れますから!!」
余り素足を見られたくない。
『ひ弱な男』として認知されているが、流石に女の子の足を間近で見せて男だと思わせる自信はない。真琴が龍之介から湿布を受け取り、背を向けて自分で二か所貼る。龍之介が尋ねる。
「明日、学校は行けそうか?」
「うん、一晩寝れば多分大丈夫」
「俺が免許取れば車で送って行ってやるんだけどな」
「免許?」
龍之介はまだ自動車教習所に再び通おうと思っていた事を真琴に話していないことに気付いた。
「そうなんだ。免許か、いいなあ……、で、車は?」
「あ、車がないか。じゃあ、送れねえな」
「何それ? ぷぷぷっ……」
少し元気が出たのか真琴がクスクス笑う。龍之介が何か思い出したかのようにスマホを持って真琴に言う。
「マコ、スマホ持ってごらん」
「スマホ? いいよ」
真琴はテーブルの上にあった自分のスマホを手にする。龍之介は何やら自分のスマホをいじり真琴に差し出す。
「ちょっといい?」
「あ、うん……」
真琴は自分のスマホを色々押しまくる龍之介を見つめる。あまりに速くて何をしているのか全然理解できない。そして何かを終えた龍之介が言った。
「このアルバム、開いてごらん」
「アルバム?」
一瞬意味が分からなかった真琴だが、それが写真のファイルのことだと気付いた。龍之介が言う。
「送るよ」
「え、何を?? あれ、何これ??」
真琴のスマホに突然何やら文字の書かれた画像が送られてきた。龍之介が笑顔で言う。
「誕生日プレゼント。さっき買ったんだ」
「え? 誕生日プレゼント??」
真琴がその画像をよく見る。
「遊園地の……、チケット!?」
そこには有名な遊園地のチケットの名前と、二名分との記載がある。龍之介が説明する。
「さっきネットで買ったんだ。遊園地のチケット、二名分。そこのQRコードで入場できるんだ。期限はないからいつでも使えるよ」
「え、それって……」
真琴は自分が龍之介に誘われているのだと理解した。しかし彼の口からは思わぬ言葉が発せられる。
「好きな女の子がいるんだろ? 誘ってみな、そのチケットで」
(え?)
嘘をついて『いる』と言ってしまった架空の片思いの女の子。
もちろん龍之介に悪気はない。誕生日を祝ってくれる彼なりの気遣いだ。
「あ、ありがとうございます……、でも、あの、一緒に行きませんか? 龍之介さん……」
咄嗟に出た言葉。
真琴自身その言葉に驚き、龍之介を見つめる。龍之介が笑って答える。
「何言ってんだよ、マコ。男ふたりで遊園地なんてあり得ないだろ?? 勇気出して誘ってみなよ」
「そ、そうですよね。冗談です、冗談!」
(私、なに言ってんだろう……)
真琴は下を向き、スマホの画面に映し出された遊園地のチケットをじっと見つめた。
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