29.そこはラブコメですから。
「お、お風呂!? だ、大丈夫です!! ひとりで入れますから!!」
真琴は足を痛めた自分の入浴を手伝うと言ってくれた龍之介に、顔を真っ赤にして答えた。少し困った顔をした龍之介が言う。
「いや、その足じゃ危ないだろ? 滑って転んだら大変だ。まあ、気にするな。男同士だし、遠慮しなくていい」
真琴が首を振って答える。
「いいですって!! 大丈夫、ひとりで入れます!!!」
是が非でもそれは避けたい真琴。
男装をする時でも足の痛みがあって着替えにくく不安はある。だからと言って龍之介と一緒に風呂に入ることなど絶対できない。
「そうか、まあそう言うならいいけど。気を付けてな」
「う、うん、ありがとう……」
下を向いて礼を言う真琴。
「まあ、お前の裸なんざ俺も見たくないしな」
(……)
龍之介に全裸を見られる自分を想像し、再び真っ赤になる真琴。一瞬気まずい空気が流れたふたりの耳に、玄関のチャイムの音が響いた。
ピンポーン
「ん、何だろう?」
ソファーに座っていた龍之介が立ち上がり、玄関へと歩き出す。
「宅配便です!」
「あ、どうも」
それは真琴宛ての郵便物。龍之介がその小さな段ボールぐらいの箱を受け取った。
「マコー、これ、お前宛てに来てたぞ」
「あ、ありがとう」
真琴はそれを龍之介から受け取り、差出人の名前『朝比奈キヨ』の名前を見て喜ぶ。
「おばあちゃんからだ!!」
「キヨさん?」
真琴が笑顔で頷いて応える。
「どうしたんだ? 急に??」
真琴がすぐにその箱を開けて中にあったりボン付きの箱を取り出して言う。
「うわー、可愛い!!」
「え、なに?」
意味が分からない龍之介が真琴に尋ねる。真琴が答える。
「なにって、今日私の誕生日だよ」
「……は?」
驚く龍之介。今日が真琴の誕生日だなんて聞いていない。
「マジか? 何で教えてくれなかったんだよ!!」
真琴が箱のリボンを取りながら答える。
「え、だって聞かれなかったし……」
無論、それもある。
ただ、陰キャだった彼女にとって『誕生日を誰かに祝ってもらう』などということは想像の範囲外であり、誕生日を教えても忘れられることを恐れる自衛本能でもあった。
真琴がプレゼントの箱を開けて中に入っていたクマのぬいぐるみを取り出し、嬉しそうに言う。
「うわー、可愛い!! これ、欲しかったんだ!!」
「え?」
真琴が手にしたのは海外製の高級ぬいぐるみ。
名家朝比奈家のキヨが贈るものだから安いものではないのだが、龍之介はそのプレゼントに唖然とする。
「マ、マコ……、お前そんなもん貰って嬉しいのか……?」
キヨからのプレゼントを『そんなもん』呼ばわりされた真琴が一瞬むっとして言い返そうとする。だが気付いた。
(やだ!! 私、今って男のマコだった!!)
男子高校生がクマのぬいぐるみを貰って喜ぶはずがない。女の真琴だったら素直に喜んでいたのだが、今それはまずい。
真琴がぬいぐるみを箱に戻しながら引きつった顔で言う。
「や、やだ、おばあちゃんったら!! 妹と間違えてプレゼント買っちゃってる~!!」
「え、妹? マコ、お前妹なんていたのか?」
真琴が小さな声で答える。
「え、ええ。一応……」
妹がいることは事実。
ただあまり気が合わないし、数年話もしていない。龍之介が安心した顔になって言う。
「そうか、キヨさん、間違えたのか。そうだよな。ぬいぐるみ貰って嬉しい訳ないもんな」
「そ、そうですよ。こんなもの全然興味ないし」
あまり人を疑うことを知らない龍之介を見て、真琴の良心が少し痛む。龍之介が真琴をじっと見て尋ねる。
「それでその妹ってのは、可愛いのか?」
「はあ?」
きょとんとなる真琴。
同時に怒りがメラメラと沸いて来る。
「何考えているんですか!! やっぱりロリコンなんですか!?」
龍之介が頭に手をやり答える。
「ロリコンって、お前……、だってマコの妹だろ? それだけ兄貴が顔が整っているんだから、妹も可愛いのかなって思って」
「え?」
予想外の言葉に戸惑う真琴。
「美形の兄と妹ってよくあるパターンだろ? まあ男だったら『妹』と聞いて萌えない筈がない」
「知らないです。そんなの……」
戸惑いながらも何だか面白くなくない真琴がぶっきらぼうに言う。龍之介が言う。
「まあ、マコの妹なんだからきっとモテるんだろうな~」
「どういう意味ですか??」
「そう言う意味だよ。兄貴はそっち系の趣味で彼女もまだいないけどな」
「そっち系の趣味って……」
真琴がむっとした顔で言う。
「だってお前、彼女いないだろ? っていうか、好きな人とかもいないのか??」
「いますっ!!!」
(あっ)
そう口にした真琴が一瞬固まる。
龍之介に言われてむっとして言ってしまったが、その言葉の意味を考えて青ざめる。龍之介が頷いて言う。
「そうか、好きな子がいるんか。まあ、そりゃ当然だろうな。可愛い子?」
じっと見つめて尋ねる龍之介。真琴が顔を背けて答える。
「知らないです!!」
「今度紹介してくれな」
「……」
無言になる真琴。
仕方がないとはいえ、龍之介に嘘をついていることへの罪悪感が強くなっていく。
「ご飯、準備しますね」
そう言って立ち上がろうとした真琴に龍之介が声をかける。
「大丈夫なのか? 足痛むだろ?」
「平気です」
そう言って立ち上がった真琴が足の痛みを感じふらつく。
「マコ!」
すぐに龍之介がやって来て真琴を支える。
「大丈夫ですから……」
そう言って歩こうとする真琴を龍之介はソファーに座らせて言う。
「今日は俺がカップ麺を作ってやる。喜べ」
「え、でも……」
カップ麵作りが得意だという龍之介。だがここに来てからは毎日真琴が料理を作ってくれており、ほとんど食べたことが無い。
「いいから、いいから」
龍之介はそう笑顔で言ってから、軽く手を上げてキッチンへと向かう。
(ま、いっか。たまには)
真琴もそれを有り難く受けることにした。
「美味しいだろ、俺のラーメン」
「うん」
美味しかった。
いやカップ麺が美味しいというよりは、龍之介と食べるご飯なら何でも美味しかった。例えそれがカップ麺でも、残り物のご飯でも。
「ありがとうございます、龍之介さん。本当に美味しかったです」
食事を終えた真琴が手を合わせて感謝する。龍之介が言う。
「いいって。いつも作ってくれてるんだし。それより絶妙の麺の硬さだったろ?」
「え、ええ……」
正直ほとんどカップ麺など食べない真琴にはその違いがよく分からなかった。片づけを始める龍之介に真琴が言う。
「お風呂入ってきますね」
「おう、気を付けてな!」
真琴はそのまま浴室へとゆっくりと歩く。
(まだ痛むな……)
捻挫した足をかばいながら真琴が浴室へ入り鍵を閉める。
「はあ……」
深く息を吐きながら帽子を取る。
最近少し暑くなってきて、ずっと被っている帽子が蒸れて来て頭がかゆい。
(服脱ぐのも大変だ……)
痛めた足を庇いつつゆっくりと服を一枚ずつ脱いでいく真琴。いつもよりもずっと時間をかけ服を脱ぎ、浴室へと入る。
「でもやっぱりお風呂はいいよね~」
昼間かいた汗をシャワーで流し体を洗う真琴。鏡に映った自分の体を見て思う。
(いつになったら桃香さんみたいに大きくなるのかな……)
情けない程の貧乳。ただ今はその貧乳が男装に大いに役立っている。
(まあ、すぐに大きくなって貰っても困るけど……)
巨乳になったらすぐにバレるであろう男装。真琴がひとり苦笑する。
そして髪を洗い終え、浴槽に浸かろうとした彼女が足の痛みにふらつきバランスを崩す。
「きゃっ!!」
ドボーン!!!
バランスを崩した真琴がそのまますべるように浴槽へと落ちる。
「いったー!!!!」
幸い頭などを打つことはなかったが、捻挫した足とは反対の足を浴槽に強くぶつけてしまった。そのまま浴槽に座り込む真琴。痛む足を押さえながら苦悶の表情を浮かべる。そして気付いた。
(……あれ?)
真琴が痛む足をぐっと押さえながら思った。
「力が入らない……」
強くぶつけた足に力が入らない。もう片方の足は捻挫で使えない。真琴が青ざめる。
「それって……、それって私、ひとりじゃ立てないってこと??」
浴槽に浸かったまま真琴はその非常事態に体を震わせた。
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