第三章「女の子は可愛くなる権利があるんです!」
24.自撮り
(今日は龍之介さんが大好きなハンバーグね。うふふっ……)
学校帰りにスーパーへ寄った真琴が、夕飯の材料を考えながら思う。
龍之介のお陰で予想以上の大成功に終わった『演劇祭』。それは真琴にとってどれだけ感謝してもしきれないほど大きなものであった。
(楽しかったな……)
買い物をしながら真琴が『演劇祭』終了後の打ち上げを思い出す。
『乾杯ー!!』
劇を終えたその日の夕方。
教室に集まったクラスメート達が、自分達で持ち寄ったお菓子やジュースを前に打ち上げを行う。この日だけは劇の苦労を労うために学校側も特別に教室で飲み食いをすることを許可している。
『朝比奈、マジ凄かったよな!!』
劇で共演した人、小物を作ってくれた人、舞台設備を準備してくれた人。
役割はそれぞれ違うが、皆が『劇の成功』というひとつの目標に向かって努力して来たことが今日の大成功という結果につながった。
『みんなが頑張ったからだよ』
真琴が遠慮気味に言う。
これまでの学校生活ならば、彼女の居場所はこういった打ち上げでは教室の隅、もしくは参加すらしていない。それが今は皆の中心に座り祝福を受ける。
『そりゃそうだけど、でもやっぱり真琴があれだけやってくれたお陰だよ!』
正直居心地は悪い。いや、悪いというより恥ずかしいという表現の方がいいだろう。
だが慣れない状況に真琴は照れながらも、劇をやり遂げたという皆と共有している気持ちを祝う気持ちの方が今は強い。
『でも終わって見ればあっという間だったな』
『そうだね~』
皆が劇の練習を思い出し感慨深げに言う。もっとみんなで一緒にやりたかった、そんな雰囲気が周りに溢れる。友人の涼子が真琴の元へやって来て言う。
『ねえ、真琴。写真撮ろうよ!!』
『いいよ!!』
こんな場で友達と一緒に写真が撮れる。少し前の居場所がなかった自分からは考えられないような奇跡である。涼子が真琴の隣にやって来てスマホを掲げ写真を撮ろうとする。
『……真琴?』
一向にスマホを見ようとしない真琴。涼子が不思議がって尋ねる、
『写真撮るよ、真琴??』
『いいよ、カメラは?』
驚いた涼子が言う。
『え? これだよ、自撮り』
『地鶏? 鳥がどうかしたの?』
『……は? え、え、ぷっ、ははははっ!!!』
皆が笑いに包まれる中、意味の分からない真琴だけが顔を真っ赤にして下を向いた。
(そうよ、龍之介さんが私に写真の取り方教えてくれなかったのが悪いんだわ!!)
買い物をしながら皆に笑われたことを思い出し再び顔が赤くなる真琴。スマホで写真が撮れることなど知らず、大恥をかいてしまった。
(ハンバーグ食べさせる前に、きっちりとそのお礼はしなきゃね!!)
真琴はひとりにやにやしながら買い物を終えスーパーを出た。
カシャ
(うん、悪くないかな?)
マンションに戻り手際よくハンバーグの下準備を終えた真琴が、自分の部屋でスマホを見つめながら自撮りする。
(それから加工アプリで……)
そしてすぐに亮子達に教えて貰った写真の加工アプリで、撮ったばかりの自分の写真を鮮やかに加工していく。
「うわぁ……」
そこにはいつも暗い顔をして教室の隅に座っていた陰キャの女ではなく、表情の明るい少し化粧をしたような美少女が映っていた。
「これ、私のなの……??」
真琴自身あまりの変貌ぶりに驚きが止まらない。
龍之介がひと目で見抜いた素材の良さ。真琴自身、その凄さに未だ完全には気付いていない。
「ただいまー、マコ」
そこへ龍之介が返って来た声が聞こえる。
(あ、急がなきゃ!!)
真琴は急いでマコに男装し、帰って来た龍之介を迎えにリビングへと向かった。
真琴の劇を見てからバイトに向かった龍之介。遅番で入ったため閉店まで仕事をして帰りが遅くなってしまった。リビングに現れた真琴に気付いて龍之介が言う。
「あ、マコ。今日は凄かったな!!」
「龍之介さんのお陰です!! 見に来てくれてありがとう!!」
真琴が龍之介に深く頭を下げる。心からの感謝。真琴はそれを伝えたかった。
「マコならやれると思っていたよ!! 超カッコ良かったぜ!!」
『カッコいい』という女の子には微妙な褒め言葉に苦笑いする真琴。笑顔で頷く龍之介に真琴がちょっとだけむっとして言う。
「そう言えば龍之介さん、私に『自撮り』を教えてくれなかったですよね!!」
「自撮り? 写真のこと?」
「そうです!! 私知らなくて、大恥かいちゃいましたよ!!!」
腕を組んで龍之介を責める真琴。龍之介も驚きながら答える。
「あれ、教えてなかったっけ?」
「ないです!!」
「でも、スマホの裏にカメラ付いてるだろ? あれ見たら分かるじゃん」
「デザインだと思ってたんです!!」
「デザイン……?? ぷっ、あはははっ!!!!」
腹を抱えて笑う龍之介。それを見た真琴がぷっと顔を膨らませて怒る。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!! 本当に恥ずかしかったんですよ。『自撮り』を鳥と間違えて……」
それを聞き更に爆笑する龍之介。
「マコは本当に面白いなぁ、一緒にいて楽しいよ」
(え?)
その言葉を聞き一瞬どきっとする真琴。しかしすぐに下を向いて龍之介に言う。
「わ、私なんて暗くてつまらない人間だし……」
これまでマイナス思考で生きて来た真琴。それは心から思っていることである。
「そんなことねえじゃん。マコ、めっちゃいい奴だし、楽しい奴だぞ」
真琴が少し顔を上げて尋ねる。
「本当ですか?」
「本当」
「本当に?」
「本当だって」
真琴が小さく頷いて言う。
「ありがとうございます。龍之介さんがそう言うならそうだと思うようにします」
龍之介が真琴の隣に立ち、肩を組んで揺らしながら言う。
「なに訳分からないこと言ってんだよ~? お前はめっちゃいい奴だってのは俺が認めるし、舞台の上であんなに輝いていた奴がつまらない人間な訳ないだろ??」
(舞台……)
真琴は龍之介に肩を組まれどきどきしつつも、昼に経験した舞台を思い出し再びあの興奮を思い出す。
「龍之介さん、見に来てくれてありがとうございました。声かけて貰って、わ、私、本当にあれで助かりました」
下を向いてもぞもぞと話す真琴。照れ隠しのつもりだったが、龍之介にとってはどうしてもそれが女々しく映る。
「ま、まあ、そう思ってくれるのはいいけど、マコはそのカマっぽい仕草はちょっと変えた方がいいかもな……」
真琴が顔を上げて言う。
「カ、カマって、私、そんなんじゃありません!!!」
「わ、分かってるよ。だけどちょっと仕草が、その、なんだ……」
はっきり言わない龍之介に真琴が腕を組んでじっと睨みながら言う。
「ちゃんと否定してください。じゃないと今日はお祝いで作ったハンバーグをカップ麺に変更します」
「え、ええ!? それは勘弁。ごめんごめん。マコはカマじゃない! 歴とした男だ!!」
それもどうかと思いながらも納得した真琴が言う。
「はい、分かりました。じゃあご飯の準備してきますね」
「あ、ああ……」
真琴はそう笑ってキッチンへと歩き出す。
そして無意識にテーブルの上に置かれるスマホ。真琴にしては何げない動作だったが、そのスマホを見て龍之介が唖然とする。
「お、おい、マコ……、ちょっと待て。これって……」
真琴のスマホ。機械が苦手な彼女は、電源を入れたまま置いてしまっていた。真琴がやって来て言う。
「なに?」
そう言って彼女がテーブルの上に置かれたスマホを見つめる。
(あっ)
真琴の顔が青ざめる。龍之介がそのスマホを手にして震えた声で言う。
「なあ、マコ。どうしてお前のスマホに……」
真琴の顔が真っ青になる。
「どうして『おさげの天使様』が写ってるんだ……」
それは彼女が自室で撮って加工して遊んでいた『自撮り写真』であった。
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