23.応援っ!!

『我こそは勇者なり!! この国を魔王の恐怖から救ってみせるぞ!!!』


 舞台の上、スポットライトをひとり浴びる真琴が剣を頭上に掲げて言った。

 元々主役である勇者のセリフが多い劇。堂々と役を演じる真琴は、まさに彼女によるのようであった。



「真琴、すごいよ、すごいよ!!」


 場面が他者の演技となり、真琴が舞台裏へと移動する。

 すぐに駆け付けて来た友人の亮子が真琴の肩に手を乗せ興奮気味に言う。何度も何度も練習を重ねた真琴の演技は、他者のそれよりもずっと迫力があり見に来てくれた観客をグイグイと引き寄せていた。



「真琴、真琴??」


 しかし真琴の肩に手を乗せた亮子はその小さな異変に直ぐに気付いた。



「真琴、大丈夫? すごい汗だよ……」


 その小さく細い真琴の体は、既に汗でびっしょりであった。

 練習は十分とは言え、極度の緊張、慣れない人前での演技。皆の重圧、観客の視線。陰キャの彼女には何ひとつプラスのものはない。



(楽しめ、楽しめ……)


 それでも真琴は龍之介の言葉を念じ、心に刻むことで辛うじて集中力を保っていた。だが手には大量の汗。汗で濡れた体は既に冷え始めている。



「真琴、無理はしないでね」


 亮子は冷たくなった真琴の手を握り心配そうに言う。



「朝比奈、出番だぞ!!」


 そんな真琴を舞台袖にいたクラスメートが呼ぶ。真琴は無言のまま瞬きもせずに立ち上がり舞台へと歩いて行った。






(龍之介君の気を引くには多少の嘘も必要。それぐらいはいいよね……)


 龍之介を呼び出したユリは、ひとり朝のファミレスで朝食を食べながら待っていた。店はそれなりに混んでいて講義前の大学生のグループや主婦、サラリーマンの姿も見える。



「あ、龍之介君。こっち!!」


 ユリは店に現れた龍之介の姿を見ると立ち上がって手を上げて呼んだ。


「あ、ユリちゃん!」


 龍之介が駆けて来る。

 ひとりで座っていた美しいユリ。スタイル抜群の金髪美女は、座っているだけで近くにいたサラリーマンや男子学生の視線をひとり集めている。

 そんな華のある彼女だが、龍之介がやって来ると皆が落胆の表情を浮かべ小さくため息をついた。龍之介が言う。



「どうしたの? 何があったの??」


 ユリは真正面に座る龍之介を嬉しそうな顔で見て言う。


「ありがとう来てくれて。待っていたのよ」


 龍之介はやって来た店員にコーヒーを注文してから再度尋ねる。



「それで何があったの、ユリちゃん?」


 ユリは持っていたフォークを皿に置き、紙ナプキンで唇を拭きながら答える。



「うん……、剛のことなんだけど……」


 新山剛。それはユリと一緒に龍之介をからかいながら振った男である。龍之介がその短い茶髪の男を思い出しながら聞く。



「あいつ、他に女がいて私と別れたんだけど、しつこく復縁を迫って来てね。暴力を振るうの、ほら……」


 ユリはそう言って顎のあたりに少しだけ黒っぽくなっている個所を見せる。無論これは嘘で事前に少し化粧で細工しただけのもの。そんなことは知らない龍之介が真剣な顔で言う。



「それは酷い。酷いことをする……」


 ユリが泣きそうな顔で言う。


「助けてよ、龍之介君。私と付き合ってくれればあいつも諦めると思うの」


 龍之介は真面目な顔をして少し考え、そして答える。



「それはできない。俺、今好きな人がいるし」


 ユリがちょっとむっとした顔になって言う。


「いいじゃんそんなの。私と付き合ってよ。ユリって可愛いでしょ? 私、付き合うと尽くす女になるんだから!」


 必至にアピールするユリ。黙り込む龍之介に続けて言う。



「あとさ、一緒に住もうよ」



「は?」


 驚いた顔をする龍之介。



「龍之介君って今一人暮らしでしょ? 私と一緒に暮らそ」


「いや無理だって」


「どうして? 一緒に暮らして、色々な事……、龍之介君が望むのなら、ちょっとだけならエッチなこととかしても良いんだよ」


 ユリが顔を赤くして言う。

 ミスコングランプリの彼女。他の男や少し前の龍之介なら一発で落とされた提案であっただろう。だがしかし今の彼には微塵も響かなかった。



「一緒には暮らせない。それに俺、今あそこには住んでいないんだ」


「え? 引越ししたの??」


 驚くユリ。全く知らない。



「ああ、ちょっとした知り合いのところに。まあ、居候みないなもんかな」


「知り合い? まさか女……??」


 ユリの顔が険しくなる。龍之介が首を振って答える。



「違うよ、違う。男だよ。男子高校生のマンション」


「男子高校生……?」


 更に意味が分からないユリ。龍之介が言う。



「ほら前に部屋に来た時に奥にいたろ? まあ、色々あって今彼のところで世話になってるんだ」


「そうだったの……」


 男と聞いて少し安心したユリ。龍之介に言う。



「じゃあ、ユリも一緒に住んじゃダメ?」


「はあ??」


 今度は龍之介が驚く。



「ダメダメ!! 俺だって居候なんだから!! あ、俺そろそろ行くな!!」


 龍之介が店内の時計を見て言う。



「え、なんで!? 来たばかりじゃん!!」


「ちょっとこの後大切な用事があって。あの男にはもし会ったら俺が言っておくよ。じゃあ!!」


 龍之介は財布からお金を取り出してテーブルに置くと、そのまま手を上げて去って行った。



「なによ、あれ!!」


 ひとり店内に残されたユリがむっとして言う。そして同時にその新しい居候先の男子高生のことを少し考えた。






『勇者様、我々のことは気にせずに、先に行って魔王を討ってください!!』


『分かった、後は任せよ!!』


 勇者役の真琴が壇上で迫真の演技を続ける。

 ひとりスポットライトを浴び大きな声で勇者を演じる。観客達はそんな真琴に釘付けになり静かになって見続ける。



(龍之介さんがいない……)


 真琴がそれに気付いたのは、自分の出番を終えステージ脇に移動してからのことであった。演技を続けながらも舞台から観客席を見て龍之介の姿を探す。休憩に入っても脇から同じく彼の姿を探したが見当たらない。

 自分を鼓舞しながら役を演じて来た真琴に、その事実は少しずつ彼女の心を潰しかけていた。



(いない、いない、龍之介さんがいない……)


 出番を終え、舞台裏で椅子に座りながら真っ青になる真琴。

 体は震え、唇は白くなる。元々彼女には荷が重かった主役の仕事。龍之介という支えがあってここまで来られたが、彼がいないという現実を知っていつもの弱気な真琴に戻りつつあった。





「うわー、遅れちゃった!!」


 ようやく龍之介が真琴の高校にやって来て劇が上演されている体育館に姿を現す。真っ暗な館内。空いている椅子を見つけ静かに座る。



(お、やってる、やってる!!)


 真琴の姿は見えなかったが、彼女のクラスメートが演技をしているのを確認。毎日のように練習をしていた龍之介はそれがすぐに真琴達のクラスだと分かった。



(もう少しで真琴が出てくるな)


 ほぼすべてのセリフを把握している龍之介。椅子に座りながら間もなく出番が来る真琴を楽しみに待つ。

 だが同じ舞台袖で同じようにを待つ女がいた。



(もう少しよ。次、あいつが出て行った時が、くくくっ……)


 そう物陰からカエデが顔に笑みを浮かべて笑う。




「朝比奈さん、ラストだよ。頑張って!!」


 そんな彼女に別のクラスメートが、最後の演技の為に舞台に向かう真琴に声をかける。



「あ、うん……」


 龍之介が居ないという不安が既に彼女を包み込み、真琴自身、何を見ても聞いても恐怖でしかなかった。




(お、出て来た!! 頑張れ、マコ!!!)


 暗い観客席に座り舞台を見ていた龍之介の目に、スポットライトが当たる舞台に現れた真琴の姿が映る。ただその姿は最初の頃の堂々としたものではなく、不安で体が震えるとても勇者とは思えない怯えた姿であった。




『来たな、勇者!! 今日こそお前をやっつけてやる!!』


 魔王役の男子生徒が大きな声で勇者である真琴に言う。



『わ、我は、ゆぅ者であり……』


 龍之介のおまじないが切れた真琴。いつもの暗い女に完全に戻ってしまっていた。



(ど、どうしよう……、怖くて体が震えて、ちゃんと話せない……)


 焦れば焦るほど体の震えは大きくなり、全身から汗が噴き出る。

 少しざわつき始める観客席。これまでとは人が違ったような主役を見て皆が小声で何かを話し始める。



(マコ……)


 観客席から真琴を見つめる龍之介。



 そしてそれは起こった。



 バチン!!!



「え!?」


 突然、体育館が真っ暗となった。

 煌々と明かりを灯していた照明が突然消え、カーテンなどを全て閉めていた体育館が突如闇に包まれる。



「うふふふっ……、上手くいったわ」


 それを声を殺して笑うのが同じクラスの橘カエデ。

 彼女が仕組んだ嫌がらせこそが、最後のクライマックスのシーンでの停電。取り巻きに劇の最高のタイミングで照明を消させ、真琴を動揺させる計画。

 カエデが完璧なタイミングで暗闇となった舞台を見て必死に笑いを堪える。



(さあ、もういいわよ!!)


 そして騒ぎ始めた観客席や舞台裏のタイミングを見計らって、取り巻きが再び照明のスイッチを入れる。




(あ、点いた)


 同時に明るく照らされる舞台。

 そこに立ったままの魔王役の男子高生と真琴が浮かび上がる。ざわついていた客席を見て、慌てて出てきた司会役の高校生が謝罪する。



「大変申し訳ございませんでした。電気間関係のトラブルで照明が落ちてしまいました。復旧しましたので、どうぞこのまま劇をお楽しみください!!」


 それを聞いた観客席から安堵の声が上がり、やがて静かになって行く。



(ダメ……、体が動かない……)


 しかし、舞台の上で再びスポットライトを浴びた真琴はどん底に落とされていた。

 ただでさえ恐怖であった注目される舞台。劇の成功と言う重圧。みんなの期待。無意識に頼りにしていた龍之介の姿もなく、体が震える中での突然のアクシデント。



(怖い、逃げたい……)


 真琴の足がガタガタと震え始める。

 停電と言うイレギュラーが、崩れかけていた真琴の精神を完全に崩壊させた。



「おい、どうしたんだ? 主役の子」

「震えてないか、大丈夫??」


 停電時よりも大きく騒めく観客席。

 混乱する真琴だが、なぜかその観客席の声だけははっきりと聞こえる。



「朝比奈さん!! どうしたの??」


 魔王役の男が小さな声で真琴に言う。



「……」


 剣を持ったまま震えて動けない真琴。彼の言葉は届いているが反応ができない。




「ぷっぷぷぷっ……、最高だわ~」


 震えて何もできなくなる真琴。それを舞台袖で見ていたカエデが会心の出来に笑いだす。真琴が心の中で思う。



(怖い、ヤダ、怖いよ……、怖いよ、龍之介さん……)


 舞台の上で震える真琴。

 ざわつく館内。そしてその声が響いた。



「マコーーーーっ!!!」



(え?)


 真っ暗だった観客席。

 突然ひとりの男が立ちあがり、大きな声で真琴の名前を叫んだ。



「頑張れ、マコーー!!! ガオガオガオ!!!!」



 男は両手でライオンのように両手を上げ、そう大声で叫んだ。



(龍之介さん!!!)


 真琴がそう小さく口にした。



 同時に頭に蘇る彼との練習の日々。

 何度も何度も練習したセリフ。

 そして同じぐらい褒めてくれた彼の言葉。


 真琴の体の力が漲る。



『我こそは勇者なり!!! 魔王を倒して平和を取り戻す!!!』


 真琴は魔王役の男子高生に剣を向け、大きな声で言った。



(いいぞ、マコ!!)


 それを見て安心する龍之介。

 周りが自分を見つめる視線を感じながら椅子に座った龍之介。その目にはいつもの、それは毎日練習した自信いっぱいの真琴がしっかりと映っていた。



(龍之介さん、私、頑張ります!!!)


 その後も自信をもって勇者を演じた真琴は、周りの想像を超える迫真の演技で皆を魅了した。




(え、あれって、あれって、まさか……、三上さん!?)


 真琴への嫌がらせを阻止されたカエデ。

 本来ならここで激怒するはずだったが、予想もしなかった人物の真琴への応援に放心状態となっていた。



(三上さんが、どうして、どうして三上さんが朝比奈の応援をしているの……??)


 真琴と龍之介。

 初めてその繋がりを知ったカエデはしばらく何も考えられなくなっていた。





「お疲れ、真琴!!!」


 アクシデントはあったものの、劇を無事に終え舞台裏に帰って来た真琴に皆が声をかける。



「凄かったよ、迫真の演技!!」

「停電とかあったけど、マジよくやったわー、朝比奈!!」


 これまであまり仲良くなかったクラスメート達も次々と真琴の頑張りを称える。特に劇後の皆での挨拶は、スタンディングオベーションが出るほどの大きな拍手が沸き起こった。興奮冷めやらぬクラスメート。真琴も溢れ出る涙を拭きながら言った。



「ありがとう、全部みんなのお陰。本当にありがとう!!」


「真琴っ!!」


 友人の亮子を始め、女子が真琴を抱きしめて喜ぶ。雑用や小物づくり取った脇役達も集まって来て皆が拍手を送る。



(龍之介さん、ありがとう。あなたのお陰で私、こんなに頑張れました……)


 真琴は止まらぬ涙を拭きながら皆と抱き合って喜びを分かち合った。

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