22.開演

「我こそは勇者、世界の平和を守る勇者なりーーー!!!!」


 令華高校、真琴のクラス。

『演劇祭』を翌日に控えた彼女のクラスで、最後のリハーサルが行われていた。



 パチパチパチパチ!!!


 足元に倒れる魔王役の男子高校生を前に、勇者である真琴が手にした剣を頭上に掲げる。大きなミスもなく最後の練習を終えた皆から大きな拍手が沸き起こった。



「真琴、すごいよ!! すごいすごい!!」


 同じクラスカースト下位の涼子が駆け寄って真琴に言う。彼女の仕事は舞台演出に使う小道具の作成。自分とは全く違う責任重い主役を演じきった真琴を心から祝福した。



「朝比奈さん、ほんと良くセリフ覚えたよね!」

「マジそれ。最初見た時、無理だと思ったわー」


 いつの間にか真琴の周りには劇で共演したり、一緒に練習したクラスメートが集まって来ている。

 明らかにカースト上位のカエデ達によって無理矢理やらされた真琴。誰もがこの難しい役をここまで見事に演じ切るとは思ってもみなかった。真琴が照れながら言う。



「みんなのお陰だよ。本当にありがとう」


 クラスで目立たなかった暗い女が今、皆に褒められその輪の中心にいる。『演劇祭』というイベント、そして皆で協力し作り上げてきた劇。その相乗効果が強い絆を作り、皆を団結させていた。

 魔王役の男子高生が立ち上がり皆に言う。



「明日頑張ろうな! 俺も派手にやられるから!!」


「あはははっ、そうだな。頑張ろう!!」

「頑張りましょ!!!」


 真琴はその輪の中心にいることが決して嫌じゃなかった。

 目立たぬよう生きてきた彼女が初めて感じる特別な高揚感。ここに居てもいい。必要とされている気持ちが安心感を生む。

 笑顔で皆と話す真琴。少しずつ彼女のクラスの中では、『カースト下位』という言葉はなくなりつつあった。



「何あれ。くだらない……」


 それを教室の一番後ろの席でカエデが取り巻きと一緒に見つめる。

 からかい半分、冗談半分で提案した今回の劇。ファンタジーという難しい劇に陰キャの主人公。カエデらにとっては最高の笑い話になるはずだったのに、予想外に上手くいっている劇に苛立ちを隠せない。



(絶対に上手くなんてやらせない!!)


 ここで劇が上手くいってしまったら、今回のを言い出したカエデ自身の信頼も落ちる。是が非でも何らかの邪魔はしなければならない。カエデはいつの間にかクラスの隅に追いやられてしまった自分達の状況に焦りを感じていた。

 ただカエデはまだ知らない。そんな強い決意を覆すような事実を明日知ることを。






『来たな、勇者!! 今日こそお前をやっつけてやる!! ガオガオガオ!!!』


「きゃっ!!」


 その夜、マンションで最後の練習を行っていた龍之介と真琴。魔王の迫真の演技に再び声を上げてしまった真琴に龍之介が言う。



「おい、マコ。いい加減慣れろよ」


「だ、だって。龍之介さんの演技、怖いし……」


 何度も練習するうちに魔王役の男子高生より上手になってしまった龍之介。苦笑して言う。



「きちんと演じないと見てくれる人が酔えないだろ。ただセリフを言えばいいってもんじゃない」


「そうだけど……」


 真琴は本当に龍之介が明日一緒に出てくれたらどれだけ安心できるかと内心思う。龍之介が言う。



「とりあえず明日は大丈夫だな。マコも本当に良くセリフ覚えたよ」


 そう笑顔で言う龍之介に真琴が返す。


「龍之介さんのお陰です。本当にありがとうございます」


 その言葉に嘘偽りはなかった。彼がいたからここまで来ることができた。一緒に暮らすことになったから生まれた奇跡。本当にこんな偶然があるもんなんだなと真琴が思う。

 真琴が一枚のチケットを取り出して龍之介に渡す。



「これ、明日のチケットです。どうぞ」


「お、ありがと、ありがと。応援に行くぜ!」


 嬉しそうに受け取る龍之介に真琴が尋ねる。



「明日、大学はよかったんですか?」


「サボるよ。どうせつまらん授業だし」


「それは……」


 悪いと思いつつも龍之介に是非来て欲しい。真琴は言い掛けた言葉を飲み込む。龍之介が笑顔で言う。



「さあ、今日は早く寝るぞ。明日に備えなきゃな」


「はい!」


 真琴もその言葉に笑顔で答えた。






 翌日、『演劇祭』当日。

『演劇祭』は三日間開催され、一日一学年が上演する。初日は真琴達の高校三年が担当。朝から準備をする高校生や、見学に来た親族などで学校が賑わう。



「真琴、準備はいい?」


「え、あ、うん……」


 昼前、いよいよ上演の時間が迫って来た真琴に、共演するクラスメートが声を掛ける。セリフをしっかり覚え、練習を重ねて来た真琴。ただ基本陰キャの彼女にとって、大勢の人の前で何かをするというのはやはりハードルが高い。



(あ、足が震えて来た……)


 舞台裏で待機する彼女らに、現在上演中の別のクラスの劇を観た観客の拍手が聞こえる。



(どうしよう、どうしよう……、怖くてセリフ全部忘れそう……)


 実は昨晩、ほとんど眠れなかった。

 ひとりになると襲う緊張感。これまでに経験したことのない重圧。真っ青になった真琴に友達の涼子が声を掛ける。



「真琴、大丈夫? 顔色悪いよ」


「あ、ううん。全然大丈夫。頑張ろうね」


 そう答えつつも手にした勇者の剣は汗でべったりしている。涼子が真琴の肩を軽く叩いて言う。



「リラックスね、リラックス。じゃあ、また後で!!」


「う、うん……」


 リラックスなんてできるはずがない。

 主役の自分。セリフも半分以上が勇者のもの。つまり自分がミスればみんなで準備してきた劇のすべてが台無しになる。

 舞台裏の隅にふらふらと歩いて行った真琴が震えながら思う。



(怖い、怖いよ、逃げ出したい……、龍之介さん、怖いよ……)


 真琴は自然とその同居人の顔を思い浮かべる。



『楽しめ!』



(あっ)


 そんな真琴の前に龍之介の映像が現れ、そして両手を彼女の顔に添えてそう言った。



『これは命令。何も考えずにただ楽しめ!!』


 真琴の中で緊張や恐怖と言った感情が徐々に薄れていく。



「そうよね、これは龍之介さんの命令。私、劇を楽しまなきゃいけないんだ」


 消え去った負の感情に代わって湧き出す自信。思い出せなかったセリフも徐々に頭の中に蘇る。



「真琴ー、そろそろ時間だよー!!」


「あ、今行くね!!」


 共演者が真琴を呼ぶ。それに元気な声で答える真琴。歩きながら誓う。



(龍之介さん、行って来ます。そして楽しんできますね!!)


 真琴は手にした勇者の剣をしっかりと握り、堂々とした足取りで舞台へと向かった。





「準備はいい?」


 その舞台裏の後方で同じクラスのカエデが、取り巻きの女子に言った。


「バッチリよ、カエデ」


 取り巻きがそれに笑顔で答える。



(絶対に上手くなんてさせない!! お前はずっと笑われ者でいればいいのよ、朝比奈っ!!)


 カエデは共演者と共に舞台へ上がる真琴を睨むように見ながら思った。





(あれ? ユリさんからのメール……)


 朝、真琴の高校へ行こうと準備していた龍之介のスマホに、ミスコングランプリのユリからメッセージが届いた。



『大変なことになったの! 龍之介君、今から来れる??』


(大変なこと? 何だろう……)


 龍之介は少し迷ったが、真琴のクラスの上演時間までにはまだ時間がある。少しだけ話を聞けばいいと思い龍之介がユリの待つファミレスへと向かった。




「それでは次は3年D組の劇です!!」


 真琴のクラスの上演時間となる。

 先のクラスの余韻を残したまま、大きな拍手が沸き起こる。様々な思惑が交ざり合った劇がついに幕を開けた。

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