20.龍之介の夢?

『来たな、勇者!! 今日こそお前をやっつけてやる!! ガオガオガオ!!!』


「きゃっ!!」



 夕方過ぎの真琴のマンション。

 劇の練習をする龍之介と真琴がリビングで役を演じる。


「あー、ちょっと待った!! そんなに怖がってどうする?? それに何だ、その『きゃっ』って、女じゃあるまいし……」


 魔王から居候大学生に戻った龍之介が眉間に皺を寄せて言う。真琴が答える。



「ご、ごめんなさい。でも龍之介さんが怖くて……」


 迫真の演技をする龍之介に真琴が驚いてしまった。ソファーに座りながら龍之介が言う。



「まあでもマコもほぼセリフも覚えたし、頑張ったよな」


 そう笑いながら言う龍之介は、今では主役である真琴のセリフまでほぼ完璧に覚え、勇者が使う剣や盾などの小物まで作ってくれていた。



(龍之介さんがいてくれたからここまでこれた。本当に感謝しています)


 ひとりだったら何もできずに逃げていただろう。

 怖くて不登校になっていたかもしれない。前向きな彼が一緒にいてくれたから頑張れた。龍之介が言う。



「さあ、今日の練習はこの辺にしとくか」


「そうですね。夕飯の準備して来ます」


 手にしていた剣と盾を片付ける真琴。龍之介が言う。



「マコ、ありがとな。いつも」


 食事を作ってくれているお礼。


「あ、いえ。大したことじゃないので……」


 そう言って頬を赤くしながらキッチンへと向かう真琴。



(お礼を言うのは私の方です。ありがとうございます、龍之介さん)


 真琴はキッチンに立ち、エプロンをしながらソファーに座る龍之介に感謝した。






(ううっ、ちょっと飲み過ぎたかな……)


 夕食後、テレビをだらだら見ながら酒を飲んでいた龍之介。気が付けば結構な量を飲んでしまっている。一緒にいた真琴が時計を見て立ち上がって言う。



「私、お風呂に入って寝ますね。龍之介さんもそれぐらいにしておいた方がいいですよ」


「ん、あ、ああ。分かってる。おやすみ」


 酒で顔を赤くした龍之介が答える。真琴はそれに何か答えてから立ち去って行った。



(ああ、明日大学面倒だな……、最近、天使様とも会えていないし……)


 そう思いながら更に一本缶ビールを開ける龍之介。

 酩酊した龍之介はそのまましばらく時間の流れを忘れ、ぼうっとしながらビール片手にテレビを見つめた。



(トイレ、行きたいな……)


 どれくらい時間が過ぎただろうか。ビールの空缶がたくさん置かれたテーブルに、手持ちの缶を置き龍之介が立ち上がる。




 同時刻、同じくトイレの為に目を覚ました真琴は、部屋を出てまだリビングの方に明かりが点いていることに気付いた。


(あれ、龍之介さん、まだ起きてる?)


 少し心配になったが、今は髪を下ろした『女の真琴』。この姿でリビングに様子を見に行く訳には行かないが、トイレなら多分大丈夫だろうと少し油断した彼女が部屋を出る。その時、背後から声が掛かった。



「天使様……?」



(え?)


 その声に気付き真琴がゆっくり後ろを振り返ると、そこにはこちらを見て呆然と立つ龍之介がいた。



(し、しまったあああ!! 油断した!!!)


 廊下は暗くお互いはっきりと見えないが、この距離で髪の長い女がいることはどうやっても説明がつかない。狼狽える真琴に龍之介が近付きながら言う。



「やっとぉ、やっと、会えたよぉ。天使様ぁ……」



(あれ? 酔ってる??)


 呂律が回らず足取りもおかしい。一見してそれがしらふの龍之介でないことが分かった。『天使様』に会えた喜びで全身の力が抜けた龍之介が、ずるずると壁に滑るように床にうつ伏せになる。



「やっと、会えたよ……」


 廊下に倒れたままの龍之介が小さな声で言う。



(そんなに、私のことが……)


 罪悪感はある。

 ずっと彼を騙しているという辛い気持ち。同時に恥ずかしくてそんなことは決して言えないというジレンマ。



(こんなに暗い私が、太陽みたいに明るい龍之介さんのことなど想ってはいけない……)


 長年自己否定して来た真琴。今すぐそこに暗いトンネルの出口が見えかけているのに前へ進むことができない。



(でも……)


 真琴は龍之介の視界に入らないように後ろに回り、酔って倒れている彼に声を掛ける。



「起きて下さい、龍之介さん。こんな所で寝ると風邪引きますよ」


「う、うーん……」


 そう言われた龍之介だが酔っていて反応が鈍い。



(仕方ないですね……)


 真琴は彼の手を自分の肩に回し、立ち上がらせる。



「重っ!!」


 酔った相手、しかも男なので女性の真琴にとっては予想以上に重い。真琴が言う。



「ちゃ、ちゃんと歩いてください!! 部屋に行きますよ!!」


「う、うーん……」


 真琴は龍之介に肩を貸しながら部屋へと連れて行った。






「お、おはようございます。龍之介さん」


 翌朝、二日酔いで顔をパンパンに腫らした龍之介に真琴が声を掛ける。

 目も腫れて髪もボサボサ。二日酔いなど見たことがない真琴にとってはそれはもう病人にすら見えた。龍之介が言う。



「ああ、おはよ。マコ……、昨日は飲み過ぎたな……」


「そうですね……」


 真琴は平静を装っていたが、もしかしたら『おさげの天使様』であることがバレているんじゃないかと不安に思っていた。龍之介が顔を上げ笑顔で言う。



「昨日さ、夢を見たんだ」


「夢?」


 そう聞き返す真琴に龍之介が言う。



「ああ、夢。『おさげの天使様』に会った夢を見たんだ」



(良かった。バレていない……)


 かなり酔っていた龍之介。

 大丈夫だと思っていたが一抹の不安があった真琴はそれを聞いて安堵した。龍之介が言う。



「夢の中でさ、俺、天使様と愛し合うようにずっと抱き合ってたんだ」


(ん?)


 何か違うと思った真琴がそのまま話を聞く。



「天使様もきっと俺のことが好きなんだろうな。いつまでも俺に抱き着いて、もうちょっとでキスもできそうだった」


「ちょ、ちょっと何言ってるんですか!!」


 そんなことは全くしていない真琴。思わず反論する。



「何って夢の話だよ。お前だって見たいだろ、可愛い女の子と抱き合う夢」


「見たくないです!!!」


 むきになって否定する真琴に龍之介が言う。



「でも、なんか不思議と匂いは覚えているんだよな……」



(え?)


 真琴が龍之介を見つめる。


「なんか懐かしい匂いと言うか、安心する匂いと言うか……、これも夢なのかな?」


 肩を貸していたのは事実。

 そして匂いだけは幾ら男装しようとも、香水などつけない限り変わらない。真琴が言う。



「よ、良かったですね。いい夢が見られて……」


「あ、ああ。そうだな。今日はいい日になりそうだ。でもとりあえず、カップ麺作って来る」


 驚く真琴が尋ねる。



「朝からラーメンなんですか?」


「ああ、二日酔いにはラーメンが一番だ……、じゃあな……」


 龍之介はそのままふらふらとキッチンに向かって歩き出す。そんな彼を真琴は安心した顔で見つめた。






 喫茶店『カノン』。

 夕方バイトに入った龍之介に、先輩である綾瀬桃香が声を掛けた。



「お疲れ~、龍之介君」


 ふわっとした長いピンクの髪。近くを歩くだけで香る甘酸っぱい香り。喫茶店の制服ですら色っぽく見せてしまう桃香に、いつもながら龍之介が一瞬どきっとする。



「お疲れ様です。桃香さん」


 龍之介にとってはバイトの先輩。随分とお世話になっている人だ。桃香が言う。



「ねえ、龍之介君。今晩ひま?」


「え、今晩?」


 驚く龍之介。彼女を誘おうとする者は多いが、彼女から誘うことはまずない。



「特に予定はありませんけど……」


 戸惑いながら龍之介が答える。桃香が笑顔になって言う。



「良かった~。今日ね、合コンがあったんだけど男の子がひとり欠席して、更に女の子がひとり増えちゃって困っていたの。龍之介君、来れないかな~?」


「合コン……」


 そう言えばしばらく行っていない。すぐに答える。



「いいっすよ。行きます!」


 桃香が喜んで言う。



「ありがと!! 助かるわ!! で、もうひとりお友達呼べないかな~??」


 そう言われた龍之介に、今一緒に住んでいるのことが思い出される。



「いますよ。高校生なんでお酒はダメだけど、いいっすか?」


「いいよ~、高校生だなんて可愛いね~、お姉さん達、我慢できるかなら~??」


「やめてくださいよ、あいつ結構うぶなんで!!」


 龍之介が苦笑して答える。



「ちょっと電話してみますね」


 そしてスマホを取り出し真琴に電話をかける。



『あ、マコ? 今家にいるの?』


 すぐに電話に出た真琴が答える。


『そうですけど……』


 そう答えた真琴に龍之介が言う。



『今日、合コンに誘われたんだ。マコも一緒に行こうぜ』



(え!?)


 合コン。

 聞いたことはあるがもちろん高校生の真琴は参加したことなどない。どうしようと迷っている内に、いつの間にか参加が決まってしまった。


『じゃあ、後で迎えに行くから。またな!』


『あ、ちょっと……』


 真琴がそう言うもすでに電話が切られた後だった。



(ど、どうしよう……!?)


 初めての合コン。

 基本陰キャで、できるなら部屋に居たい真琴にとっては、その未知のイベントに参加しなければならなくなったことを思い頭が痛くなった。

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