19.初めての買い物?

(緊張するな……)


 土曜のお昼。駅前で龍之介を待つ真琴が周りをきょろきょろ見る。

 良く晴れた休日の駅前は多くの人で賑わい、家族連れやカップルなどで溢れている。基本陰キャの真琴。こうして外に出て誰かと買い物をした経験などほぼ皆無である。



「マコ、お待たせー」


 そこへ現れた龍之介。

 誰かと買い物に出かけたこともない真琴にとって、その初めてが男なのだから緊張しないはずがない。



「きょ、今日はよろしくお願いします……」


 深く被った帽子の真琴が頭を下げる。龍之介が答える。



「えー、なに改まってんだよ。たかが服買うだけじゃん。さ、行くぞ」


「あ、はい」


 誰かと買い物に出掛けるのもほぼ初めて。しかも相手が男で、さらに男物の服を買うと言うのももちろん初めて。真琴にとっては初めて尽くしであった。





「なあ、マコ。女子高生ってどんな服が好みなのかな?」


「……」


 一応真琴も女子高生であるが、一般的な女子高生が好む服など全く分からない。龍之介が言う。


「まあ、男のお前に聞いても分からないかもしれないけど、なんか流行っているやつとかあるか?」


「……」


 更に分からない。

 困った真琴が答える。



「ええっと、特にそんなのは知らないけど、私は龍之介さんが着る服なら何でも好きですよ」


「おい、マコ。別にお前の趣味を聞いているんじゃないぞ……」


「あ、ああ、そうでしたね。ごめんなさい」


 基本素直な真琴。気を抜くと思ったことを口にしてしまう。



「仕方ないな。あ、お姉さん!」


 龍之介はショップの若い女性店員に声を掛ける。そして高校生ぐらいの女の子が好きそうな服装について尋ねだした。



(私、全然役に立ってないじゃん……)


 現役女子高生。しかもそのお洒落を見せたい相手が自分だというのに、アドバイスのひとつも言えない。服などいつも祖母のキヨと一緒に適当に買っていた事を少し後悔する。



「おーい、マコ」


 そんな真琴の元へ両手に服を持った龍之介がやって来る。


「はい?」


「この服な、どっちがいい?」


 手にしたのは柄の違うシャツ。どちらとも感じの良い龍之介に似合いそうなデザイン。真琴は迷わずひとつのシャツを指差して言った。



「こっち」


 迷いたくなかった。

 せめてこれぐらいだけでも彼の役に立ちたかった。龍之介が笑顔で答える。



「おお、そうか。こっちか!! ありがと、これにするよ!!」


「あ、はい!」


 少しだけ、ほんの少しだけだが真琴は自分が一緒にいてもいいのかなと思えた。




(さて、私はどんな服を買えばいいのだろう……?)


 龍之介が会計に行っている間、真琴は自分の男装用の服を買う為にメンズコーナーを歩き回る。



(分からん……)


 そもそもレディースですらそんなに真剣に選んだことのない彼女。男物など分かるはずもない。



(やっぱりゆったり目の服がいいよね。胸の膨らみが目立っちゃ困るし……)


 胸の膨らみと思った真琴が、最近常に巻いているについてため息をつく。



(ただでさえまな板なのに、こんな窮屈なさらしを巻いて、これ以上成長しなくなったらどうしよう……)


 いつの間にか自分の貧乳をさらしのせいにし始める真琴。


(あと帽子も買わなきゃ。いつまでも同じものばかりじゃ駄目だし。でもこれから暑くなると大変だな……)


 男装も楽じゃない。

 というか本当にいつまでこんな男装を続けるのだろうかと、真琴は自分自身に心の中で問うた。




「ありがとな、マコ。いい買い物ができたぜ!!」


「あ、うん……」


 殆ど役に立たなかった真琴。それでも龍之介は笑顔でそう言ってくれた。

 真琴も結局、手持ちと同じようなパーカーにゆったり目のズボン、そして大き目のニットの帽子を購入。龍之介のお陰で無事に買い物を終えることができた。龍之介が時計を見ながら言う。



「あ、もうこんな時間だ。マコ、お昼まだだろ?」


 時刻はお昼を大きく過ぎてしまっている。昼ご飯を食べていない真琴が答える。



「う、うん。まだだよ」


「じゃあ食べに行こっか。美味しい店知ってるよ」


 そう言って歩き出す龍之介の後に続く真琴。そんな彼女の目に化粧品コーナーに並べられた色とりどりの化粧品が映る。



(ああいうのしたら、私も少しは綺麗になるのかな……)


 龍之介の部屋にやって来たミスコン美女のユリ、喫茶店で働く色気たっぷりの桃香。真琴は自分とは比べものにならないほど美しい女性達を思い化粧品を見つめる。



(でも私みたいな暗い女が化粧なんて……)


 これまでほとんど化粧なんて興味がなかった。

 だが少し前を歩く男の背中を見ながら、少しはそう言ったものをした方が喜んでくれるのかなと思った。





「何食べる?」


 連れて来られたのはショッピングセンター内にある大きな中華料理店。休日と言うこともあって家族連れでにぎわっている。このような店に来たのは初めての真琴が答える。



「あ、な、何でもいいです」


 良く分からない。それが本音。



「そう、じゃあ俺が適当に頼むな」


 そう言って龍之介は手にした注文用タブレットを打ち込む。そもそも機械音痴の彼女にとってそのタブレットの意味が分からないし、使い方も分からない。苦笑する真琴に注文を終えた龍之介が言う。



「最近な、全然『おさげの天使様』に会えてないんだよ……」


 珍しく悲しげな表情の龍之介。

 元々龍之介と時間が合うのは週に一日程度。それも最近は公園で着替えたりしているので時間が遅くなったりする。



「い、忙しいんじゃないですか、彼女も……」


 真琴はグラスに入った水を口にしながら答える。


「それならまだいいんだけど、まさか嫌われてたりしないかなって……」


 グラスをテーブルに強く置いた真琴が言う。



「それはないです!! 絶対ないです!!!」


 少し驚いた龍之介が言う。



「そうかな。そうだといいけど。……で、そろそろ紹介してくれるの?」


(え?)


 それはできない。そんな恥ずかしくてややこしいこと絶対できない。真琴は深く帽子をかぶり直して答える。



「それは、できないかな。私もそんなに仲がいい訳じゃないし……」


 精一杯の嘘。龍之介も頷いて答える。



「そうだよな。マコも結構奥手だもんな。ごめん、無理言っちゃって」


「あ、いえ、そんなことは……」


 何とかしてあげたいと思いつつも、それが絶対できないことだというジレンマが真琴に圧し掛かる。



「例えばさあ……」


 そう話し始めた龍之介を真琴が見つめる。



「彼女の前で物を落としたり、転んでみたりしてきっかけを作るってのはどうかな?」


「え?」


 なんて幼稚な。

 真琴は思わず吹き出しそうになる。そもそも朝の人が多い時間にそんなことをしている余裕などない。年上で色々と頼りになる龍之介の意外な一面が見られて真琴はおかしくなった。



「朝の時間帯にそんなことできないと思いますよ。くすくす……」


 真琴が笑いを堪えて言う。


「そうだよな。やっぱマコに頑張って貰わないとな」


 そんな話をするふたりに料理が運ばれてくる。



「お待たせしました!! ラーメン餃子チャーハンセットです!!」



(え?)


 真琴は次々とテーブルに並べられる料理を見て目が点になる。龍之介が笑顔で言う。



「マコ、遠慮しないで食べてくれ。いつも飯作って貰ってるお礼だ」


 テーブルの上にはラーメンに餃子、そして山盛りの餃子が置かれている。



「あ、あの、これ全部食べるんですか……」


 余りの量の多さにマコが震えながら尋ねる。



「ああそうだ。マコはもっと食べて強くならなきゃな。腹減った時の最強の組み合わせだろ、これ」


 そう言って龍之介が笑顔でガツガツ食べ始める。


(食べられるわけないじゃん、こんな量……)


 箸を持ったまま料理を見つめ固まる真琴。同時にそろそろ自分が女であることを話してもいいんじゃないかと秘かに思えて来た。

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