18.龍之介尋問する
(三上さん、今日も素敵……)
カエデは学校帰りに寄った喫茶店『カノン』で、彼が淹れてくれたアイスコーヒーを飲みながら思った。カウンターに立ち慣れた手つきでコーヒーを淹れて行く。その姿にカエデはいつの間にか目を奪われている。
「ねえ、カエデ。聞いてるの?」
「……え?」
友達に名前を呼ばれたカエデが気付いて返事をする。にやにやと笑う友達。小さな声で言う。
「また三上さんに見惚れてたんでしょ」
「ち、違うわよ。コーヒー。そう、コーヒーに興味があるの」
顔を赤くしてそう答えるカエデ。誰が見ても嘘だと分かる。
「やだぁ、龍之介君ってば!!」
「本当ですよ!!」
そんなカエデの目に、龍之介と仲良くする女性店員の姿が映る。
ふわっとして艶のあるピンクの髪。男性客の注目をひとり集める大きな胸。愛嬌のある可愛らしい笑顔。女性から見ても憧れてしまうような彼女。龍之介といつも仲良くしている。
(本当に魅力的な人。三上さんもやっぱりああいう人が好みなのかな……)
少し前に学校を聞かれて以来、注文以外の会話はしていない。
カエデはまな板ではないが到底あの女性店員には敵わない胸、そして子供っぽいボブカットに手をやり思う。
(もうちょっと大人にならなきゃ興味を持って貰えないのかな……?)
龍之介からすればカエデと会話したのは、『おさげの天使様』と同じ制服でありその学校が確かめられれば良かっただけの話。お店のお客である女子高生を口説こうなどとは夢にも思わない。
そしてカエデ自身もまさか自分がクラスで苛めている相手と憧れの龍之介が、一緒に同棲しているなどとは夢にも思っていなかった。
その日の夜、リビングでひとりテレビを見ながらビールを飲んでいた龍之介が立ち上がり歩き出す。
「マコ、まだ風呂入ってんか」
向かったのはお風呂場。
男のくせにやたらと風呂が長い真琴の元へと向かっていく。
(ふう、さっぱりした)
一方の真琴はお風呂から出て脱衣所で長い髪をタオルで拭いている。この髪を乾かすのに時間が掛かりすぐに出ることはできない。
これまでは自分の部屋でゆっくり髪を乾かしていたが、『真琴』の姿で外を歩くわけにはいかずどうしてもここで乾かさなきゃならないため時間が掛かる。そこへ龍之介がやって来た。
コンコンコン
「おーい、マコ。まだ風呂入ってんのか!?」
(え、龍之介さん!? ど、どうしてここへ!!??)
お風呂は絶対に覗かない約束。どうして彼がここへやって来たのか分からない。真琴が言う。
「ど、どうしたんですか……??」
「いや、風呂長げーなって思ってさ。ちょっと聞きたいことがあるんで待ってたんだが」
「聞きたいこと? 何ですか?」
「『おさげの天使様』のこと」
「……」
一瞬、女であることを疑われたと思った真琴が安堵する。そして同時に強い口調で言い返す。
「とりあえずリビングに戻ってください!! お風呂場には来ない約束でしょ!!」
「あ、ああ。そうだったな。ごめん、戻るわ」
龍之介は頭に手をやりながらリビングへと戻って行く。ドライヤーを持ちながら固まっていた真琴の緊張が解けていく。
(び、びっくりした……、バレていないようで良かったわ。でも、髪を洗った後ってあまり会いたくないんだけどな……)
そう思いつつ真琴はドライヤーで髪を乾かし、あまり気は進まないが帽子を深く被った。
(マコ、遅せえなあ……)
ひとりビールを飲みながらリビングで待っていた龍之介。そこへお風呂を終えて頬を赤く染めた真琴がやって来た。
「お、お待たせ……」
お風呂上りという状況が何故かとても恥ずかしく感じる真琴。そんな真琴を見て龍之介が思う。
(え、な、なんだ!? 男のくせに妙に色っぽいというか……)
龍之介が飲んでいたビール缶を持つ手が止まる。
見た目こそいつもと変わらぬマコだが、赤く染まった肌や仕草、そして部屋に漂う石鹸のいい香りが龍之介の男の何かを刺激する。
「わ、悪かったな。さっきは……」
「あ、いや。ちょっと驚いただけですから……」
そしてぎこちないふたりの会話。明らかにふたりともいつもと違う雰囲気に戸惑っている。龍之介がテーブルに置かれた缶ビールを差し出して言う。
「飲むか?」
「飲まないです!! 高校生だし!!」
龍之介は苦笑いして答える。
「そうだったな。ごめんごめん」
真琴が尋ねる。
「それで話って言うのは何なんですか?」
少し和んだ空気。龍之介が思い出したかのように言う。
「そうそう。あれからどうなった? 『おさげの天使様』のサーチ」
「……」
サーチも何も本人なのだから何も調べる必要はない。黙り込む真琴に龍之介が言う。
「あー、何にも調べてないんだ! 約束が違うぞ~」
その言葉に真琴が思わず反応してしまう。
「し、調べました!! 多分あの子じゃないかと……」
それを聞いた龍之介が目を大きく開けて言う。
「本当に知っているのか? 誰なの? 名前は??」
興奮して尋ねる龍之介。一方の真琴は少し軽はずみなことを言ってしまったお思いつつ答える。
「ま、まだ確定じゃないから分からないです!!」
「知り合いなんだろ? 彼氏とかいるのかな??」
「いないです!!」
(あっ)
思わず出てしまった言葉。両手で口を塞いだ真琴だが時すでに遅し。龍之介が笑顔になって言う。
「よっし!! やったああああ!!!!!」
立ち上がりガッツポーズを取る龍之介。そしてビールを差し出し真琴に言う。
「よくやった、マコ!! 飲むか??」
「い、要らないです!!!」
根は素直な真琴。やはり咄嗟の嘘は苦手である。龍之介がビールを飲みながら笑顔で言う。
「そうかそうか、彼氏はいないか~、うんうん」
「た、多分ですから……」
今更言っても遅いと思いつつ真琴が言う。
「なあ、マコ」
「な、なんですか?」
缶ビールを一気に飲み干した龍之介が言う。
「今度さあ、一緒に服買いに行かないか?」
「服?」
真琴が聞き返す。
「ああ、バイト代出たし、高校生が好きそうな服ってどんなのか分からないから、お前一緒に来てくれよ」
「わ、私だってそんなのは……」
そう思った真琴だが、自分も男物の服を買ういい機会だと気付く。ひとりで買いに行くのはできないが龍之介と一緒なら大丈夫。
「わ、分かった。一緒に行きます」
「本当か? 助かるぜ!!」
「それでいつ行くの?」
「明日。休みだしちょうどいい」
明日は土曜日。学校も休みだ。
「バイトが午前中で終わるから、午後から行こう。駅前で待ち合わせでいいか?」
「あ、うん……」
誰かと待ち合わせ。
そんな経験がほとんどない真琴にとってはそれは嬉しい言葉だった。
「分かった。じゃあ、また明日ね」
「ああ、よろしくな!」
龍之介は上機嫌でビールを飲み続ける。
真琴は初めて男の子と一緒に出掛ける買い物に、もう既にどきどきして地に足がつかなかった。
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