16.おさげの女の子を口説きます!!

「ただいまー、って誰もいないんだけどね」


 授業を終えマンションに帰って来た真琴が玄関のドアを開けて中に入る。



「はあ……」


 玄関に置かれた大きな全身ミラー。

 そこに映るのは艶やかな髪のおさげの女子高生。龍之介がひと目惚れしたというその姿を見て真琴が思う。



(本当に私なのかな……)


 自分で見ても暗い女。

 他者と交わらずまさに陰キャを体現したような存在。教室や図書館の隅で目立たなく学校生活を終える女の子。真琴が自分のおさげに触れながら思う。



「髪型変えたら、ちょっとは見栄え良くなるのかな……?」


 そう言って髪を束ねていたゴムをひとつずつ外して行く。



 ハラリ……


 両肩にかかっていた髪がほどかれ落ちる。真琴はその黒い髪を両手であげるようにしてから背中へと流す。そして前髪を指で少し整えてじっと鏡を見つめる。

 胸こそまな板だが、絹のような白い肌に艶のある黒髪。暗い表情に隠れて目立たないが、大きくてクリッとした目は笑えばさらに魅力的になる。



「いつもの私か……」


 心のどこかで自分は暗い女だと思っている真琴。自分の魅力に気付かない真琴は、いつもの見慣れた姿にため息をついてそのまま部屋へと入って行った。






「うーん、疲れた……」


 喫茶店のバイトを終えた龍之介が外の空気を吸いながら背伸びする。手にはお店で余ったケーキ。この季節の果物であるイチゴをふんだんに使ったもので、見ているだけで幸せになれるスイーツだ。



(マコは甘いもの好きなのかな? いつもご飯作って貰っているし、喜んでくれるかな?)


 龍之介はそのまま駅の改札をくぐりやって来た電車に乗る。

 少し暗くなった夕方過ぎ。帰宅を急ぐサラリーマンや学生の姿が目に付く。龍之介は貰って来たケーキが潰れないように気を付けながら電車のドアの辺りにもたれ掛かり、スマホを取り出して眺める。



(キヨさん、元気でやってるかな。そろそろマコ誘ってお見舞いにでも行かなきゃな……)


 そんなことを考えていた龍之介がスマホに映ったある物に目を引かれる。



「おいおい、これって嘘だろ……」


 龍之介は心奪われたかのようにその画面を見つめた。






「ただいまー、マコ」


 すっかり暗くなった夜道を歩き、龍之介がマコが待つマンションへと帰る。



「あ、おかえりなさい。龍之介さん」


 いつもの男装。

 深く帽子を被り丸い伊達メガネ。ゆったり目の服にジーンズ。少し声色を変えているが、エプロンをかけて現れたその姿はたとえ彼女が本当に男であっても可愛らしく見える。

 龍之介が手にしたケーキの箱を真琴に見せて言う。



「マコ、お前甘いもの好きか?」


「甘いもの?」


「ケーキ余ってたから貰って来たんだけど、食べる?」



(ケーキ……)


 祖母のキヨと暮らしていた頃は時々食べていたケーキ。無論大好きだ。ただ考える。



(今、私は男。男の人ってケーキなんて甘いもの見て喜んだりしなよね……)


 真琴はあえて難しそうな顔をしてそのケーキを見つめて答える。



「う、うん。まあまあかな……」


 龍之介はそれを見て答える。



「そうか。じゃあ俺が全部食べるな。俺ケーキ大好きだから」



(え?)


 予想外の回答。龍之介が甘いもの好きだなんて思っても見なかった。真琴が慌てて言う。



「あ、あっ、うそ。好き好き。食べるよ、ケーキ」


「ん? ああ、そうなのか。じゃあ後で一緒に食べようか」


「そ、そうだね……」


 真琴は今更ながら男を演じる難しさを痛感する。龍之介からケーキの箱を受け取り、歩きながら真琴が言う。



「そう言えば演劇の台本、できたよ」


「そうか? 見せて見せて」


「うん、ちょっと待ってて」


 真琴は急ぎケーキの箱をキッチンのテーブルに置くと、自室に走り貰ったばかりの台本を手にして戻って来る。



「これなんだけど……」


 恐る恐る真琴が台本を龍之介に手渡す。主役である真琴のセリフがぎっしり詰まった台本。予想よりも多いセリフに、本音では多少の戸惑いがあった真琴が龍之介の顔を見つめる。



「……」


 無言で台本を読み始める龍之介。真琴が思う。



(や、やっぱり龍之介さんの想像よりもずっとセリフが多かったのかな。そうだよね、あんな量、簡単には覚えられないし……)


 少し俯きかけた真琴に龍之介が笑顔で言う。



「すげえじゃん、これ!!」



(え?)


 真琴が龍之介を見つめる。



「ほぼマコの独壇場じゃん、これ!! めっちゃ目立てる、最高だよ!!!」


「最高……?」


「ああそうだよ! まさに主役のマコの為の劇。いいねえ~、こういうの」


 真琴が引きつった顔で応える。どういう思考が働けば一体そうなるのだろうか。龍之介が言う。



「なあ、マコ。この台本ちょっと貸してくんない?」


「え? 別にいいけど、どうして??」


「ああ、俺もマコの練習相手にならなきゃいけないんで、台本をコピーしたいんだ」


 真琴が頷いて言う。



「あ、うん、いいよ……」


「サンキュ!!」


 龍之介はそう言って台本をテーブルの上に置く。そしてスマホを取り出して真琴に言った。



「ところでさあ、マコ。スマホゲーって知ってる?」


「すまほげー? 知らないけど」


 スマホデビューしたばかりの真琴。そんなもの知るはずもない。龍之介が言う。



「要はスマホでできるゲームのことなんだが、さっき電車であるゲームの広告を見て俺は驚いたんだ」


「な、なんですか? 驚いたって……」


 龍之介は既にダウンロードしたそのスマホゲームを立ち上げ、そして真琴に見せる。




「あっ」


 それはいわゆるギャルゲー。そしてそこに登場していた女の子は黒髪のおさげの美少女。まるで女子高生の真琴にそっくりな子であった。龍之介が言う。



「これってさ、『おさげの天使様』にそっくりなんだよ!! 俺、ひと目見てびっくりしてすぐにゲーム始めちゃったんだ!! 可愛いだろ??」


「あ、ああ、そうですね……」


 動揺する真琴。

 画面にいる女の子は、自分が本当にゲーム化したらきっとこんな感じになるであろう女の子であった。ちょっと暗めの女の子。違う点と言えばゲームキャラなので、淑やかさや上品さが溢れている点だろうか。龍之介が言う。



「とりあえず始めたばかりだけど、何とかデートに誘いたくてさ。でもちっとも相手にしてくれないんだ」


「デート?」


「ああ、毎日駅前で待っていて、時々近付いたりするんだけど、いつも逃げちゃうんだよ」



(は? それじゃあストーカーじゃん……)


 龍之介はゲーム内の駅前を歩くおさげの女の子に近付く。その姿を見て逃げる女の子。龍之介が言う。



「ほら、逃げただろ? 何でなんだ!?」


 真琴が冷たい目で龍之介を見ながら言う。



「当たり前でしょ。それじゃあストーカーです」


「ス、ストーカー!!??」


 そんな気が全くなかった龍之介が驚く。



「え、だってまだ声も掛けていないし、時々近付いただけで……」


「十分ストーカーですよ!!」


「そ、そうなのか……?」


 悲しげな表情を浮かべる龍之介。そして言う。



「あ、女の子がこっちに向かって来た!! ど、どうしよう!? 逃げるか??」


 ストーカー扱いされたから逃げた方がいい。そう思った龍之介だが、真琴は画面の女の子をじっと見てから小さな声で言った。



「何か話したそうな感じですね。思い切って声をかけて見たら?」


「いや、だってストーカーだろ? 俺」


「ううん、この感じはちょっと違うかな。少しだけ興味を持っているというか……」


 それは真琴の女としての直感。



「そうか、じゃあ思い切って声をかけてみるか!!」


 ゲームの中の龍之介の分身がおさげの女の子に優しく声をかける。そして龍之介が驚いた。



「あ!! うまく行った!! すごい、すごいぞ、マコ!!!」


(まあ、私も一応女ですからね……)



 苦笑してスマホを見ている真琴に龍之介が言う。


「マコ、お前そんなに女心が分かるのに、どうして彼女が居ないんだ?? 不思議だな」



 真琴が赤くなって言い返す。


「か、彼女なんて要りません!! 要らないです!!!」


「何でだよ? 可愛い彼女がいる生活。ああ、考えただけでもハッピーだぜ!!」


 真琴が首を左右に大きく振って言う。



「とにかく要らないものは要らないです!! それよりそんなゲームして楽しいんですか??」


 龍之介がスマホゲームを見て頷いて言う。



「ああ、これ対象キャラを攻略すると、ちょっとなことできるんだ。膝枕とか耳かきとか……」



(エ、エッチィィィィ!!!!????)


 真琴はゲームの中で、自分そっくりのキャラが龍之介ににされる姿を想像する。真琴が大きな声で言う。



「そ、そんなゲーム認めません!! やめてください!!」


 驚く龍之介が反論する。


「なに言ってんだ。お前だって見たいだろ? 女の子のあんな姿やこんな姿」


 かあああ、と顔を真っ赤にする真琴。そんな姿、見ている。



「見たくないです!! 消して!! 消さないともうご飯作ってあげませんから!!!」


 さすがの龍之介も美味しい真琴のご飯が食べられなくなるのは辛い。残念そうな顔をして言う。



「わ、分かったよ。せっかく口説くいい練習になると思ったんだけどな……」


 真琴が思わず言う。


「そんななら私が練習台に……」


 そして口を両手で塞ぐ。青い顔をした龍之介が真琴に言う。



「いや、いいよ。なんで男相手に口説く練習せなきゃならんのだ……」


 真琴も苦笑いして答える。



「そ、そうだよね。さ、ご飯食べようか」


「おう、腹減ったぞ!!」


 真琴はいつか男装がバレて、目の前の男に本当に口説かれる日が来るのかなと思い、ひとり小さく笑った。

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