14.諦めないユリちゃん
龍之介が通う大学キャンパスにあるカフェ。
オープンテラスのお洒落なそのカフェには、講義の間の時間つぶしやお喋りの場としていつも多くの学生で賑わっている。桜も終わり、外の風が気持ち良くなったテーブルに九条ユリがひとりカフェラテを飲んでいる。
「あれ、あれってミスコンの子じゃね?」
「ひとり? 声かけちゃう?」
そこへ軽そうな二人組の学生が現れ、ひとりで座っていたユリに近付き声を掛けた。
「ねーねー、ひとり? 次の講義まで時間あるんだけど、一緒に座っていいかな?」
ひとり静かに座っていたユリは、突然声を掛けてきた二人組の男を見上げため息をつく。そして勝手に同じテーブルに座ろうとする男達に向って言う。
「誰もいいなんて言ってませんが」
男達は笑いながら答える。
「え、いいじゃん。ちょっとだけ。ヒマしてんでしょ?」
「……」
金色の長髪が注がれる太陽の光に当たり美しく輝くユリ。ミスコングランプリでスタイルも抜群の美女。殆どの男は遠慮して遠くから眺めるだけだが、時折このように無謀に声を掛けてくる連中がいる。
「はあ……」
ユリは飲みかけのカップを手にし、鞄を持って立ち去ろうとする。
「えー、どこ行くのぉ~?」
それをユリの前に立ち邪魔する男。ユリがむっとして言う。
「私、これから講義なんです!! 邪魔しないで……」
そんな彼女の目に、少し離れた場所をひとり歩く男の姿が映る。ユリが叫ぶ。
「あっ、龍之介くーん!! ここだよ!!!」
そう言ってユリはキャンパスを歩く龍之介の方へと走り出す。
「ちっ、彼氏持ちか」
そう言うと男達はつまらなそうな顔をして立ち去って行った。
「ユリちゃん!?」
突然声を掛けられた龍之介が驚いてユリを見つめる。
白いブラウスに春を感じる薄手のカーディガン。色っぽい足を大胆に出したショートパンツは自然と男の視線を集める。ユリが言う。
「龍之介君、これから講義?」
「ううん、ちょっと早く来すぎちゃってぶらぶら歩いていただけだよ」
ミスコングランプリのユリが話す相手の男である龍之介に視線が集まる。
「じゃ、一緒に歩こ!」
そう言ってユリは龍之介の腕を組んで歩き出す。
「ちょ、ちょっとユリちゃん!?」
戸惑う龍之介をよそに、ユリはどんどん芝生広場がある方へと歩いて行く。
(ユリちゃん、胸が当たってる……)
胸の大きなユリ。わざとそれが腕に当たるように龍之介に密着する。ユリはそんな彼の視線を感じながら広場にあるベンチにやって来ると、スマホを取り出して一枚の写真を見せて言った。
「これ、買ったの」
「なに?」
ユリが見せた写真は、バニーガールのような色っぽい白の衣装。その背中部分に翼が生えている。良く分からない龍之介が尋ねる。
「何これ?」
ユリが恥ずかしそうな顔で言う。
「龍之介君、天使が好きなんでしょ? だからネットで探して買ったの。天使コス」
「は?」
そう言って恥ずかしそうな顔をしてその画像を見るユリを龍之介が見つめる。
「いや、別に天使コスとかが好きじゃないんだけど……」
ユリが顔を上げて言う。
「えー、だって龍之介君『天使様が好き』って言ってたじゃん」
『おさげの天使様』のことだろうか、と思いつつ龍之介が言う。
「いや、俺はコスが好きってんじゃなくて、好きになった女の子が天使に見えたって意味。女子高生の天使様」
普通に聞いたら引くような発言だが、女子高生と言う既に自分にはない要素を切り出されたユリがむっとして言う。
「女子高生なんかより、ユリの方が絶対いいよ!! ね、そうでしょ??」
隣に座ったユリが自慢の胸を押し付けるようにして龍之介の腕にしがみつく。
「いや、女子高生とか別にいいんだ。俺が好きになったのがたまたま彼女だったってこと。ひと目惚れ。だから天使様って呼んでんだ」
「ユリだって可愛いでしょ?」
「もちろんそう思うよ。だからユリちゃんはこんな俺なんかよりももっとずっといい男がいるって」
「ユリは龍之介君の彼女になりたいの!! ね、いいでしょ??」
龍之介はすっと立ち上がって笑顔で言う。
「ユリちゃんは俺には勿体ないって。可愛んだから!! あ、もう講義行かなきゃ。じゃあね!!」
「あっ……」
龍之介はそのまま笑顔で手を振りながら走り去って行く。ひとり残されたユリがむっとした顔で思う。
(絶対に諦めないんだから!! 私が彼女になるんだから!!!)
ユリは手にしていたカフェラテの残りを一気に口に流し込み、小さくなっていく龍之介の背中にその想いを新たにした。
令華高校、真琴のクラスはHRの時間を迎えていた。
「それでは『演劇祭』についての話し合いを始めます」
前に立ったクラス委員の声で皆に緊張が走る。
『演劇祭』、それは令華高校の晩春に行われる各クラスで催される劇のお祭り。脚本に衣装、小物まですべて手作りで劇を行う。想像力とクラスの協和を学ぶため、学校創立以来行われている伝統行事である。
(私には関係ないこと……)
陰キャで目立たぬ真琴。
クラスでも人気者が役者を演じる『演劇祭』。真琴のような生徒はほぼ小物や衣装づくりの手伝いをして終わる。ただ今年はその雲行きが少しおかしかった。
「じゃあ、演目は『勇者が魔王を倒すファンタジー物語』でいいですね?」
これまであまり聞かない演目。クラス委員がそのあらましを黒板に書き、皆に尋ねる。
パチパチパチ!!
教室に拍手が起こる。
これで可決。恋愛ものや友情ものが多く選ばれる中、このようなファンタジーものはあまり多くない。小物や衣装が大変なのがその大きな理由でもある。そして異変が起きる。
(私はまた隅っこで小物でも作っていよう……)
そう思っていた真琴の耳に予想外の言葉が入って来た。
「主役の勇者は、朝比奈さんが良いと思います」
(え!?)
真琴は驚き、その発言をした人物を見つめる。
(橘さん……)
赤いボブカットの苛めっ子のカエデ。
真琴を見下ろす目は明らかにからかい半分の色が混じっている。
「そ、そんな、私……」
何かを言おうとした真琴より先に、カエデが皆に向かって言う。
「朝比奈さんに頑張って貰おうと思うんです。そうでしょ、みんな!! 賛成する人は拍手して!!!」
パチパチパチパチパチパチ!!!!!
クラスカースト上位のカエデの言葉は絶対であった。
表立って反対すればどんな仕打ちが返って来るか分からない。それは司会を務めるクラス委員と手同じこと。担任は生徒にすべて任せているので黙認。圧倒的賛成の下、主役に朝比奈真琴が選出された。
(うそ、うそ。そんなの絶対無理だよ……)
真琴は鳴りやまない拍手の中ひとり顔を青くした。
「ただいまー、マコ。腹減ったな~」
その夜、バイトを終えて帰って来た龍之介が真琴に言う。しかしリビングで青い顔をした真琴を見て龍之介が声を掛ける。
「ん、どうしたんだ、マコ??」
黙り込む真琴。真っ青な顔は見た瞬間何かあったのだと分かる。真琴が泣きそうな顔になって言う。
「龍之介さん、私、どうしたらいいのか分からなくて……」
真琴は涙を堪えながら昼間あった『演劇祭』に話し合いで主役に抜擢されたことを話した。龍之介は驚いた顔をした後、笑顔で言った。
「へえー、そりゃすげえじゃん!! やったじゃん、マコ!!」
一体何が『やった!』なのか分からない。
絶望的状況。ただ喜ぶ龍之介を見ていると、真琴は不思議と何とかなるような気がして来た。
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