9.男装ガールと同棲、始めます!!

「龍之介さんに、ここに住んで貰うってのは駄目かな?」


 そう言った真琴をキヨと龍之介が驚いて見つめる。キヨが尋ねる。



「真琴、それって龍之介さんとあなたが暮らすってこと?」


 改めてそう言われた真琴が顔を真っ赤にして答える。



「そ、そうだよ……」


「だって、あなた……」


 そこまで言いかけたキヨを真琴が『それ以上言わないで』とばかりにじっと見つめる。龍之介が言う。



「それはいいよ。幾らなんでも迷惑かけちゃうし、気持ちだけで嬉しいから」


 真琴が龍之介に言う。



「迷惑じゃないよ!! 部屋だっていっぱい余ってるし、私だってひとりじゃ怖くて住めないし、それに私がご飯作れば龍之介さんだってもうカップ麺ばかり食べなくて済むでしょ?」


「それは確かに有り難いが、俺にこんな家の家賃払える訳ないだろ」


 真琴がキヨに言う。


「おばあちゃん、家賃なんて要らないでしょ? 一緒に住んでくれるだけで安心だし、そうじゃなきゃ私……」


 キヨは真琴とその両親の関係を思い、目を閉じる。

 あまりに強い両親の束縛に耐えきれなくなった真琴が、半ば無理やり家を出たあの日。辛うじて自分が一緒にここで住むことで丸くは収まってはいるが、真琴をひとりにしたらまた何が起こるのか分からない。



「龍之介さんはいいのかい?」


 そう言ったキヨに龍之介が答える。


「そりゃ、ここに住まわせて貰ったら有り難いとは思うけど、でも……」


「家賃は結構ですわよ。その代わり真琴を守ってあげて欲しい」


 それを聞いた真琴の顔がぱっと明るくなる。龍之介が尋ねる。



「守るって、どういうことなんです?」


 高校生とは言え真琴も男。何から守るのかいまいちよく分からない。



「怖がりなんです、私……」


 真琴が恥ずかしそうに言う。


「別に誰かに狙われているって訳じゃないんですけど、この広い部屋でひとりで寝るのが怖いんです……」


「いや、お前とは寝ないぞ」


 そう言った龍之介に顔を赤くして真琴が言う。



「ち、違います!! そう言う意味じゃなくて。オバケとか……」



「オバケ? おい、マコ。さすがにその歳で『オバケ怖いです』は引くぞ……」


「違うの!! そう言うんじゃなくて……」


 両手で顔を抑えながら恥ずかしがる真琴。キヨがそれを見て笑いながら言う。



「怖がりなんですよ、この子。龍之介さんが一緒に暮らしてくれるなら私も安心ですわ。真琴もまだ高校生。家賃はこの子の見守り代ってことで結構です」


「だ、だけど……」


 確かに最近仲良くさせて貰っている朝比奈家。だからって家賃不要でこんな豪華なマンションに住ませて貰うとなるとやはり気が引ける。



「いいんですって。真琴も龍之介さんと一緒に住むことを望んでいるようだし」


「ちょ、ちょっと、おばあちゃん!! 私は龍之介さんが可哀想で助けてあげようと……」


 焦りながら答える真琴。キヨはそんな彼女の肩に手を乗せ龍之介に言う。



「ちょっと確認したいことがあるので少し席を外すわ。おいで、真琴」


「おばあちゃん?」


 キヨはそう言う真琴の手を引き別室へと向かう。




「さてさてさて。本当に良いのかい?」


 隣の部屋に入ったキヨはドアを閉め真琴に尋ねる。もちろん寝室は別とは言え、女子高生と男子大学生がひとつ屋根の下で一緒に暮らすことはひとつ間違えば大問題となる。



「分かってる。このまま男装して暮らすから平気」


「男装って、あなた……、一緒に暮らしたらすぐにバレちゃうわよ」


 キヨの言っていることも最もだ。だが逆に自分が女だと知ったら、きっと龍之介は一緒に暮らしてはくれないだろう。真琴が言う。



「バレない様にする」


「やっぱり家には帰りたくないのね?」


「……」


 真琴の無言がそれを肯定する。

 キヨもしっかり自分の病気を治したい。きちんと病気を治して『トラさん』に会いたい。今の真琴に強制は無理。だとすれば真琴を頼める人物は龍之介以外いないであろう。



「分かったわ。あなたのお父さんとお母さんには私から上手く言っておく。心配しないで」


「ほんと? おばあちゃん!!??」


「本当よ」


「ありがと!!」


 そう言って真琴がキヨに抱き着く。キヨが真琴の背中を優しく撫でながら尋ねる。



「真琴は、龍之介さんのことが好きなのかい?」



「え!?」


 思わずキヨの顔を見つめる真琴。すぐに真っ赤になって否定する。


「そんな訳ないじゃん!! 頼れるお兄さんって感じだよ!!」


「そうなの? それにしては一緒に居る時は楽しそうにしているし、まさか自分から同居を言い出すなんて思っても見なかったわよ」


 かあああ、と全身が熱くなる感覚を感じながら真琴が言う。



「ち、違うって!! それに龍之介さんモテるし、好きな人がいるって言ってたし……」


 真琴は龍之介が言った『おさげの天使様』と言う言葉を思い出し少し悲しくなる。キヨが言う。



「あら、そうなの? でもそれってあなたのことじゃないの?」


「ち、ちちち違うって!!! 私みたいな暗い女なんて……」


「あなたは十分可愛いと思うわよ。そんなに自分を卑下しないの」


「う、うん……」


 キヨはいつも真琴の味方だ。厳しいことも良く言われるが、そこにいつも愛情を感じる。



「さて、龍之介さんが待っているわ。部屋に戻りましょう」


「うん!」


 キヨは真琴の肩を軽く叩きながら龍之介の元へと戻る。





「あ、キヨさん」


 リビングでひとり待っていた龍之介がキヨと真琴の姿を見て声を出す。


「お待たせしました」


 龍之介が立ち上がってキヨに尋ねる。



「あの、本当にいいですか。お世話になっちゃっても」


 キヨが呆れた顔で言う。


「龍之介さんらしくないですね~、私が良いって言ってるんですよ。大丈夫です」



「ありがとうございます!! じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます!!」


 龍之介もできるなら家には帰りたくなかった。

 今のアパートと変わらない広さの実家。そこには多分母親と知らない男が住んでいる。そんなとこで一緒に暮らせない。キヨと真琴の申し出が本当に有り難かった。



「あれ……?」


 気がつけば龍之介の目に涙が溜まっていた。慌てて袖で涙を拭う。キヨが尋ねる。



「龍之介さん、もしかして嬉しくて泣いているの?」


「ち、違います!! 目にゴミが……」


 真琴が笑って言う。



「私と一緒に暮らせるのが嬉しいですね!!」


「違うって、マコ!! そうじゃないって、ゴミだって……」


 自然と龍之介も笑顔になる。龍之介が真琴に手を差し出して言う。



「よろしくな、マコ!! しばらく世話になる」


「う、うん。よろしくね……」


 真琴は恐る恐る差し出された手を握りしめた。

 大きくて硬い手。龍之介の手を握りながら真琴はこれから始まる彼との暮らしを思い顔を赤くした。


 こうして龍之介と男装した真琴との同棲生活が幕を上げた。

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